★歴史

源頼朝は平家滅亡後、何故源義経を討伐したのか ★歴史

源頼朝は平家滅亡後、何故源義経を討伐したのか

1185年(文治元)長門の壇之浦で平家が滅亡。 平家滅亡後、源頼朝と源義経の対立。兄頼朝が弟義経を討つかたちとなる。何故、兄弟同士が争う羽目になったのか。今回はその経緯を述べたい。   平家滅亡 1185年(文治元)平清盛出現後に栄耀栄華を誇った平家一門は、源義朝の遺児「源義経」を総大将と…
啄木鳥戦法、武田信玄と上杉謙信の一騎打ち。第4次川中島の戦い ★歴史

啄木鳥戦法、武田信玄と上杉謙信の一騎打ち。第4次川中島の戦い

戦国時代、甲斐の武田信玄・越後の上杉謙信は、川中島で度々対峙した。凡そ5回ほど対峙。 中でも最も激しく干戈を交えたのが、1561(永禄4)年に行われた第4次の合戦。   此の戦いでは珍しく、大将同士の一騎打ちもあったと伝えられている。 川中島の戦い迄の流れ そもそも戦国時代で有名な戦いの一…
一世一代の大博打『中国大返し』を成功させ、天下を取った男『豊臣秀吉』 ★歴史

一世一代の大博打『中国大返し』を成功させ、天下を取った男『豊臣秀吉』

天正10年(西暦1582年)6月2日未明、当時の英雄「織田信長」が京都の本能寺にて、臣下「明智光秀」の謀反に遭い、あっけない最後を遂げた。   同じ頃、信長の臣下「羽柴秀吉」は中国の雄「毛利氏」と備中高松城で対峙していた。 突然主君の横死の報を受け、秀吉は直ちに毛利氏と和を講じ、居城の姫路…
織田・徳川軍が武田騎馬隊を撃破 戦法の転換期となった「長篠の戦い」 ★歴史

織田・徳川軍が武田騎馬隊を撃破 戦法の転換期となった「長篠の戦い」

天正3年(西暦1575年)5月21日、奥三河の長篠城の攻防を巡り、織田・徳川連合軍と武田軍との戦闘が行われた。有名な「長篠の戦い」である。 この戦いにて織田・徳川連合軍は、当時最強と言われた武田の騎馬隊を撃ち破り、勇名を天下に轟かせた。 長篠の戦いは今までの戦法に変化を齎し、以後の戦いに大きな影響を…
豊臣家滅亡の戦い「大坂の陣」、遅れて来た悲劇の英雄「真田幸村」 ★歴史

豊臣家滅亡の戦い「大坂の陣」、遅れて来た悲劇の英雄「真田幸村」

今回は豊臣家滅亡の戦いとなった「大坂の陣」、戦国の世の最後を飾るに相応しい遅れて来た悲劇の英雄、「真田幸村」について述べたいと思います。 真田幸村の死をもって、戦国時代が終了したと言えるでしょう。   関ヶ原後の豊臣家   関ヶ原の合戦は別の機会に詳しく述べる為、今回は関ヶ原以後…
奇襲の大勝利『桶狭間の戦い』織田軍が何故、大軍の今川軍に勝てたのか ★歴史

奇襲の大勝利『桶狭間の戦い』織田軍が何故、大軍の今川軍に勝てたのか

「桶狭間の戦い」。それは織田信長が歴史の表舞台に踊り出た瞬間。 戦い以後の信長の活躍は言うまでもない。今回、織田信長が全国に名を轟かせた桶狭間の戦いを述べたい。 今川義元の上洛 1560(永禄3)年5月12日、駿河・遠江・三河を治める「今川義元」は京にて天下を号令せんと欲し、約2万5千人の兵を率いて…
「織田信長」を本能寺で抹殺 三日天下で終わった男「明智光秀」 ★歴史

「織田信長」を本能寺で抹殺 三日天下で終わった男「明智光秀」

来年のNHK大河ドラマは、「明智光秀」が主人公として放映される予定です。今回それに因み、明智光秀をとり挙げたいと思います。 謎の多い武将「明智光秀」 以前ブログにて、本能人の変での黒幕が誰かをテーマに描きましたが、その時に実行者は明智光秀で間違いないと書きました。今回はその、明智光秀について述べてみ…
稀代の英雄『織田信長』を葬った明智光秀。背後の黒幕は? 最終編 ★歴史

稀代の英雄『織田信長』を葬った明智光秀。背後の黒幕は? 最終編

信長を葬った実行犯は光秀。背後にいた黒幕は? 最終編   本能寺の変、直前 信長が京都で茶会を催していた時、光秀は出陣の準備をしていた。戦勝祈願の名目で愛宕神社に参籠する。その時、連歌会を催した。 その時の有名な初句が    「時は今雨が下しる五月哉」   ここ迄読まれ…
稀代の英雄『織田信長』を葬った明智光秀。背後の黒幕は? 続編 ★歴史

稀代の英雄『織田信長』を葬った明智光秀。背後の黒幕は? 続編

信長を葬った実行犯は光秀。背後にいた黒幕は? 続編 それでは前回述べたように、一つ一つ検証していきたいと思う。   各動機の検証 ①光秀怨恨説 これは昔からよく言われていた動機。事実信長の人遣いは厳しいものだった。気性も激しく、人を人と思わない処があった。此れは何も光秀に限ってた事ではなく…
稀代の英雄『織田信長』を葬った明智光秀。背後の黒幕は? ★歴史

稀代の英雄『織田信長』を葬った明智光秀。背後の黒幕は?

信長を葬った実行犯は明智光秀。では背後にいた黒幕は?   織田信長を本能寺で葬った実行犯は明智光秀で間違いない。ではその犯行を唆した人間(達)がいるのでは? そんな疑問が頭をよぎる為、此れまで述べられてきた数々の論を吟味したい。 既に様々な人物が各論議を展開し、語り尽くされた感は否めないが…