権威ある西洋美術評論家と贋作 松本清張『美の虚像』

・題名       『美の虚像』  

・新潮社      新潮文庫  

・発行       昭和57年 9月発行 【憎悪の依頼】内

・発表       昭和41年 3月『小説新潮』

 

登場人物

♦都久井

某新聞社の学芸部に所属する。

以前社で名画展を催した際、幾つかを石浜庫三氏所蔵のコレクションから借りた。

その中に、今回贋作ではないかと疑わた作品が含まれていた。

事実を確認する為、東奔西走する。

 

♦梅林章伍

若手の美術評論家。年齢は、約35,36才。

国立大学出身でないが、なかなか鋭い批評を行う。

鏡画廊に売り出されたファン・ダイクのスケッチが贋作ではないかと疑念を持つ。

 

♦遠屋則武

有名な美術評論家。西洋美術の権威でもある。長い間、国立大学で西洋美術史の講義を受け持つ。

西洋美術のボス的存在。その為、多くの弟子を持つ。

現在の西洋美術は、遠屋系が牛耳っていると云っても過言でない。

 

♦小坂田二郎

遠屋則武に見いだされた、若手画家。主に抽象画を扱う。

遠屋に推挙され若くにして名を挙げたが、遠屋の死後没落。

今はどこで何をしているのかも分からない状態。

 

♦石浜庫三

財界の実業家。先代は大正期から綿紡で財を築く。

最近事業が思わしくなく、所蔵してた美術品の何点かを画廊に降ろす。

その中の一つに、贋作ではないかと疑われる作品が見つかる。

 

♦杉原

鏡画廊の社長。

経営が思わしくない石浜氏から、ルーベンス、セザンヌ、ファン・ダイクのスケッチ画を譲り受ける。

作品中で、ファン・ダイクのスケッチの贋作疑惑が浮上する。

 

♦大村

千草画廊の社長。

遠屋則武の推薦でドラクロア1点、セザンヌ2点、ファン・ダイクのスケッチを譲り受ける。

調べに来た都久井に、当時の詳細を述べる。

石浜氏に収めたファン・ダイクのスケッチは、本物と信じている。

 

♦小西

東都画廊の社長。

記者の都久井に、石浜氏所属のコレクションが売りに出された事を伝える。

更に都久井に、作品のファン・ダイクのスケッチが宙に浮いている状態を告げる。

 

あらすじ

都久井は、某新聞社の学芸部に所属する記者だった。

7,8年前、社が西洋画展を開催する為、西洋画を所蔵してた石浜庫三氏から7,8点ほど借りた。

作品中に、ファン・ダイクのスケッチ画が含まれていた。

 

そのファン・ダイクのスケッチが石浜氏の手から離れ、画廊に出回った。

画廊に出回り、即座に売れると予測され、実際に買い手も見つかり、受け渡す寸前だった。

 

その時、横槍が入った。横槍を入れたのは、梅林章伍という新進の美術評論家。

梅林は買い手に対し、ファン・ダイクのスケッチは贋作ではないかと助言した。

買い手は梅林の助言を聞き、買い渋っているとの事。

 

梅林の根拠は、ファン・ダイクが描いたのにしては、何かタッチが弱いとの事。

画廊から話を聞いた都久井は、梅林に直接話を聞きにいった。

 

梅林から話を聞いた都久井は、徐々に本当のような気がしてきた。

梅林が贋作と疑う根拠に、なかなか説得力があった為。

 

だがスケッチが偽物とすれば、作品にお墨付きを与えた西洋美術の権威、遠屋則武に盾突く事になる。

現在の西洋美術界は、遠屋の弟子が支流の為。

 

都久井は真偽を確かめる為、東奔西走する。都久井は調べを進めるに従い、数々の推理が頭に浮かんだ。

数々の推理を解く為、先程の梅林の協力を経て、推理を一つ一つ解いていく。

全ての推理を解いた時、西洋美術界の深い闇を知る事になる。

 

要点

有名コレクター所蔵の西洋画が、画廊に出回った。

出回った作品の一つに、ファン・ダイクのスケッチ画が含まれていた。

その作品は7,8年前、都久井が勤める新聞社が主催した絵画展に出品されたものだった。

 

都久井はある画廊で、売りに出された作品が贋作ではないかという噂を聞きつけた。

噂の真偽を確かめる為、贋作だと主張する梅林章伍を訪ねた。

贋作と主張する梅林の話を聞いた都久井は、梅林の話は満更嘘ではないと感じた。

真偽を確かめるべく、都久井は調査を始めた。

 

調査を進めるに連れ、都久井は嘗て西洋画の権威だった、遠屋則武の過去に何か疑問を解く鍵があると睨んだ。

遠屋則武は7、8年前になくなったが、当時日本では西洋美術のアカデミーの権威で、評論も第一人者だった。

遠屋が亡くなった後も、その弟子たちが遠屋の跡を継ぎ、学会と評論界を牛耳っていた。

遠屋は云わば、西洋美術界の神様とも云える存在だった。梅林は、その神様に盾突こうとしていた。

何故なら贋作ではないかと疑われた作品は、遠屋則武が本物と、お墨付きを与えた作品だった。

 

都久井と梅林は協力して、遠屋の過去を洗った。

遠屋の過去を洗う中に、遠屋には戦後間もない頃、女がいた事が判明した。

その女は勿論、妻とは別の女。つまり愛人だった。

 

愛人の存在が、今回の謎を解く鍵となった。

遠屋は愛人を囲う金を捻出する為、嘗て遠屋が外国に留学していた際、評論の参考として模倣した絵を贋作に利用した。

つまり自分が模倣した作品を本物と偽り、自分自身でお墨付きを与えた事になる。

画廊と買い手は、当時の第一人者のお墨付きがある為、よもやそれが贋作とは、疑いもしなかった。

遠屋は鑑定料と贋作の代金の、云わば二重取りをして金を捻出した。

 

更に遠屋の愛人は、まだ売れない画家小坂田の妻だった。

小坂田は抽象画を描いていたが、当時は実力があるとは言えないレベル。

遠屋は愛人を失う事を恐れた。更に小坂田に弱味を握られ復讐を果たす為、彼を必要以上に持ち上げた。

 

遠屋が小坂田を褒め称えた為、小坂田の作品と名声はうなぎ上りとなった。

小坂田は有頂天になり、この世の春を謳歌した。まさに人生の絶頂期だった。

小坂田は知らない中に、遠屋の復讐劇に嵌ってしまった。

 

軈て遠屋が亡くなり、小坂田は没落した。

小坂田は元々実力がなく、後ろ盾も失った。遂に化けの皮が剥がれた。

遠屋の復讐は、見事に達成された。

 

遠屋は自分の描いた贋作にお墨付けを与え世間を欺き、更に実力のない小坂田の作品を持ち上げ、再び世間を欺いた。

如何に世間は、権威というものに騙され易いかと云う事を、見事に具現した遠屋だった。

遠屋にすれば、さぞ愉快だったであろう。

 

所詮何もしらない人間は、如何に評論家の存在に騙され易いのかという良い見本。

清張は皮肉を込めて、作品を書いたのではないかと思わせる内容だった。

相変わらず権威や評論家と云う存在に、厳しい視線を送るのは、如何にも清張らしい。

 

追記

毎度お馴染みと言えば何だが、清張特有の学会、美術界等の権威の批判とも言える作品。

今回は美術界における権威と批評のいい加減さを皮肉っている。

市井の考古学者の為、東大などの権威の象徴である学者たちに、世紀の発見を握りつぶされた「石の骨」等、同じ流れ。

 

日本の西洋美術界を牛耳っている遠屋則武とその弟子に対し、新手の批評家が異を唱える。

初めは半信半疑だった記者の都久井も、新鋭の批評家の話を聞き、徐々に疑惑が生じ軈て真実を追求する。

追求の結果、遠屋則武の意外な過去を掘り起こす形となった。

今日でも確かな真実と思われた事実も、ほんの僅かな出来事により、定説が覆る事がある。

それは往々にして、如何に人間の真贋が危ういのかを思い知らされる。

今回の作品は、そんな事を感じさせてくれる内容だった。

 

(文中敬称略)