現代社会でも、然程変わらない話 森鴎外『山椒大夫』

今回取り挙げる作品は、森鴎外の『山椒大夫』。大昔、映画化もされた作品。

最も『安寿と厨子王』と云った方が、馴染みが深いかもしれません。

子供の頃、絵本・TVの昔話等で、一度は見聞きしたのではないでしょうか。

 

・題名    『山椒大夫』 

・作者     森鴎外

・発表     1915(大正4)年 1月発表

 

登場人物

 

◆安寿

元陸奥国の掾、平正氏の娘。弟厨子王と供に、丹後国の金持ち山椒大夫に売られる。

大きくなり、弟の脱出を手助けする。弟の脱出後、自らは入水自殺を図る。

 

◆厨子王

元陸奥国の掾、平正氏の息子。姉と一緒に山椒大夫に売られるが、大きくなり脱走。

京に上り出世。丹後国守として、山椒大夫の許に戻る。

 

◆玉木

平正氏の妻で、安寿・厨子王の母。人買いに騙され、親子共々生き別れとなる。

哀しみのあまり、入水自殺を図ろうとするが、無理やり人買いに止められる。

其の後越後の置屋に売られる。老母となり、成長した厨子王と再会する。

 

◆姥竹

安寿・厨子王の一家に付き添う女中。人買いに騙されたと悟り、海に飛び込み入水自殺を図る。

 

◆山岡大夫

越後の船乗り。実は人身売買の仲介人。

 

◆佐渡の二郎

山岡大夫から、玉木と姥竹を買い取る人買い船頭。

 

◆宮崎の三郎

山岡大夫から、安寿と厨子王と買い取る人買い船頭。寄港地でなかなか二人の買い手がみつからず、いつも買って貰う丹後国、山椒大夫に二人を売りつける。

 

◆山椒大夫

丹後国に住む、大金持ち。多くの奴婢を従え、野良仕事をさせ暮らす。

数年後、脱走した厨子王が、丹後国守として赴任。奴婢は解放される。

 

◆曇猛律師

厨子王が山椒大夫の許から逃げ出した際、手助けした丹後国分寺の律師。厨子王を京に逃がす。

 

◆藤原師実

時の権力者で関白。養女が病んでいる時、厨子王が持っていた仏像を拝み、養女は回復する。

その後厨子王を引き立て、出世させる。

 

◆平正氏

元陸奥国の掾。上官の罪で連座。筑紫に左遷され、現地で亡くなる。安寿・厨子王の父。

 

作品概要

 

平安時代、母と子供二人、女中は筑紫国(現在の福岡)を目指し旅していた。

旅の目的は、筑紫に左遷された父に会いに行く為。

 

父平正氏は陸奥の国(現在の青森)の掾であったが、上役の罪の連座により、筑紫の国の安楽寺に左遷された。4人は父に会う為、旅をしていた。

 
掾とは
掾とは、昔の律令制度の官職の事。官職の位は四等官に分類されている。掾は国の位の三等官。国では上位から「守・介・掾・目」に分かれている。

 

旅の一行は、越後国(現在の新潟)の春日(上越あたり)に着いた。旅の宿を探していたが、あいにく何もない。

越後国守は「人買い」が横行していた為、「旅人に宿を貸すと罰する」とのお触れを出していた。

その為、誰も宿を貸そうとする者はいなかった。

 

4人は仕方なく野宿をした。野宿をしていた時、山岡大夫という男が近づいてきた。

山岡太夫は親切そうに振ふるまうが、実は人買いの仲介人だった。

そうとも知らず4人は男の言葉に従い、舟で旅を続けようとした。

 

二人の船頭が操る舟に親子が分かれて乗った途端、舟はまったく別の方向に進み始めた。

漸く騙されたと分かった4人だったが、後の祭り。

母と女中(姥竹)、二人はそれぞれ別の方向に向かい始めた。

 

女中(姥竹)は前途を悲観し、入水自殺を図った。

母玉木も同じく入水自殺を図ろうとしたが、船頭に無理やり止められ、そのまま行方知れずとなった。

 

安寿と厨子王を乗せた舟は、数々の日本海の港に着いた。船頭は港に着く度に、二人の子供を売り歩いた。

しかし二人は、なかなか売れなかった。

船頭は売れない場合、いつも買い取ってくれる丹後国(京都の北部)の山椒大夫の許に行き、二人を売り捌いた。

 

売られた安寿と厨子王には、毎日過酷な仕事が待ち受けていた。

二人は過酷な仕事を熟しながら、何とか此処を抜け出す計画を立てた。

 

山椒大夫の家に来て、既に1年が過ぎていた。

安寿と厨子王は、山に芝刈りに行った時、姉の安寿は厨子王に脱走を勧めた。

安寿は厨子王だけ逃がし、自分は沼に飛び込み自殺した。

 

脱走した厨子王は、国分寺に逃げ込んだ。寺の曇猛律師が、厨子王を匿ってくれた。

追っ手の三郎(山椒大夫の息子)が寺に来て捜索を求めたが、曇猛律師は毅然とした態度で三郎を追い返した。

 

追っ手を追い返した後、曇猛律師は厨子王を京まで送った。

京に上った厨子王は東山の清水寺に泊まった。

 

翌日、厨子王は時の権力者、関白藤原師実の使者の訪問を受けた。

事情を聞けば、関白師実の養女は病気で苦しんでいた。

 

師実は夢の中で、

「清水寺にいる小僧が持っている仏像を拝めば、娘の病気は治るであろう」とお告げがあった。

 

早速使いを寄越し調べさせた処、厨子王がいたという状況。

厨子王は使者に仏像と、今迄の経緯を話した。

 

厨子王から仏像を借り拝んだ処、娘は治癒した。

師実は厨子王に恩義を感じ、師実は厨子王を元服させ、自ら厨子王の鳥烏帽子の親となった。

※鳥烏帽子の親とは、庇護者(後見人)の事。

 

関白師実の命で(厨子王の)父の消息を調べてみれば、父は既に亡くなっていた。

厨子王は師実の計らいで出世。除目(役人の人事)にて、丹後の国守に任命された。

国守は実際任地に赴かず、代理を置く事も可能であったが、厨子王は自ら丹後国に赴いた。

 

厨子王が丹後国に赴任しての初仕事は、人身売買の禁止だった。

山椒大夫は、奴婢を解放。給料を払う事にした。一時的損失はあったが、給料を払う事で、反って生産性は向上した。

 

厨子王を助けた曇猛律師は、僧の最高位に出世した。

自分を助け、自殺した安寿の魂と弔う為、池の側に尼寺を建てた。

厨子王は一通りの事を済ませると、休暇を貰い佐渡に向かった。

 

佐渡で生き別れた母を捜したが、なかなか見つからなかった。

厨子王は宿を離れ、あてもなく歩いていると、大きな百姓家があった。

百姓家にはボロを着た、盲目と思われる女がいた。

厨子王が哀れに思い女を見つめていると、女は唄を呟き始めた。

 

厨子王は何気なしに老婆の歌を聞いていた。

やがて歌が進むにつれ、厨子王には歌詞がはっきりが聞き取れた。その瞬間、厨子王には涙にくれた。

女が呟く歌詞の内容は、自分と亡くなった姉を恋しがる内容だった。

厨子王は、老婆が生き別れた母と悟った。

 

要点

 

作品は或る意味、勧善懲悪ものかもしれない。

厨子王が都にて出世。丹後国守に任命され現地に赴き、丹後国内での人身売買を禁止する法律を作る。

丹後国では人身売買が禁止され、山椒大夫は奴婢達を解放。賃金を払う事で、反って生産性が向上する。

物語は山椒大夫が更に栄えた処で、話は終了している。

 

しかし本当の原作は、山椒大夫は捕らえられ処刑判決が下る。

 

処刑方法は、

息子の三郎に山椒大夫の首を生きたまま、ノコギリで曳かせる「ノコギリ曳きの刑」。

 

手を下した三郎も同じ運命を辿り、越後の山岡大夫も捕らえられ、処刑される。

あまり残酷な為、変更したものと推測する。

 

安寿と厨子王は、脱走を計画。夢の中で三郎にバレたとなっている。

原作では三郎に立ち聞きされ、罰として二人は、焼き鏝(ごて)を押されている。

これもあまり残酷な為、変更されたものと思われる。

 

因みに、山椒大夫の長男太郎は出家。

まともだった二郎は、山椒大夫の後を継ぎ、家業を繁栄させる。

 

映画版では、母役に「田中絹代」。成人した安寿役は「香川京子」。

厨子王の子供時代は「津川雅彦」が演じている。

 

映画版では、山椒大夫の長男「太郎」は、父のやり方に反発。出奔する。

厨子王が脱走して国分寺の「曇猛律師」に助けられるが、助けた曇猛律師が、実は太郎と云う設定。

 

上越市直江津地区の関川近くに、「安寿と厨子王の供養塔」が存在していた。

しかし1987年の河川工事の為、移転。現在、琴平神社の一角に存在する。

 

追加

 

地方では表だって公言しないが、明らかに目に見えない階級が存在する。

歴代の先祖がその地域に住み続けた結果、出来上がった社会的階級。

階級内の「特権階級」に属していれば、一生安泰。

 

しかし初めから属していない、反対勢力にいる、又は一度でも特権階級から外れた場合、二度と這い上がる事は不可能に近い。

其の後、一生冷や飯を喰う。

 

山椒大夫は、まさに各地方に巣くう、特権階級的存在。

これは間違いない。地方に行けば行くほど、その傾向が強い。

そんな組織・集団には、自ずと閉鎖的で昔からの因習・しきたりが存在する。

 

江戸時代の徳川治世を思い浮かべれば、分かり易い。

幕藩体制下、色々な村が無数に存在した。一つ一つの村には必ず有力者がいた。

 

有力者以外の村人は、たいがい有力者の使用人、小作人、或いは奴隷扱いとなる。

この構造は、一生変わらない。

まさにこれと同じ。現代になっても、まだ生き続けている目に見えない階級・順位制と云える。

 

時代背景はおそらく平安時代(関白が藤原氏の為)と思われる。

しかし時代は平安、江戸、そして現代であっても、社会の構造は然程変わらない。

支配者が、貴族から武家。

現代社会で表向き国民主権になろうとも、支配者は古来から全く変わらない。

 

そんな地方に生まれた場合、生まれて間もなく人生の全てが決まる。

既に自分の人生の先が見えてしまう。枠からはみ出でた者には、チャンスなど一生ありえない。

その為、あぶれた者はチャンスを求め、大都市に移り住む。勿論、地方の階級・頸木から逃れる為。

 

今回のテーマである「山椒太夫」が、此のパターン。

 

以前「限界集落」と言う言葉がクローズアップされたが、私の両親がまさに、限界集落の出身。

両親はそんな田舎に嫌気がさし、可能性を求め地方の中都市に越してきた人間。

私は地方の中規模な都市で育ち、進学で上京した。

 

卒業後は地元に戻らず、現在は仕事の赴任先に住んでいる。

現住している都市も長く住めば、自分の地元と同様、その地方に存在する階級に気づかされる。

 

結局何処にいっても、同じなのかもしれない。

大都市の場合、たまたま見えにくいというだけかもしれない。

 

地域の大小に係らず、エリアでは必ず山椒大夫の様な人物が存在し、その中で順位制・階級が存在する。

私は此れが地方の発展を妨げている要因の一つと推測する。

 

所謂、「村社会」という言葉が当て嵌るであろうか。

 

実際、両親の集落は既に限界集落と化し、いつ消滅しても可笑しくない。

住民の平均年齢が既に70歳以上という現実が、如実に物語っている。

 

稀に冠婚葬祭で訪ねる事もあるが、未だに信じられない風習・しきたりが存在。暫し、驚愕する。

現代社会には、とても理解しがたいモノもある。

 

だが集落の人々は、可笑しいという疑問すら湧かない。

偶に「村おこし」の為、新しい住民を受け入れるという話も聞く。

 

しかし数年後、折角越してきた住民も、再び村を出ていく事が多い。

詳細は述べないが、此れは両親の故郷も同じ。

親が村出身で子孫の私ですら、なかなか受け入れられていないと実感する。

 

今回は実体験で話してみたが、「山椒大夫」は現代においても十分通じる話ではないかと思われる。

流石に現代では、「人さらい・奴婢制度」は存在しないが。

しかし現実は、昔から構造はあまり変わっていない。

 

子供の頃作品を読んだ際、安寿と厨子王、そして母の薄幸さに涙した。

大人になり読み返した時、何か社会の矛盾を突き付けられた様な思いがする。

人間のやる事は、昔からあまり変わらないものだと再認識した。

 

(文中敬称略)

 

他の森鴎外作品

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映画版   

・題名 : 『山椒大夫』

・監督 : 溝口健二

・製作 : 永田雅一

・脚本 : 八尋不二、依田義賢

・公開 : 1954年大映配給

・製作 : 大映