四国と福岡で起きた事件を結び付けたもの 松本清張『渡された場面』

★松本清張作品シリーズ

 

・題名     『渡された場面』

・新潮社     新潮文庫  

・昭和56年   1月発行

・昭和51年   11月発表

 

登場人物

 

◆下坂一夫 :唐津市在住の作家志望の文学青年。地元同人誌に暫し投稿する。

◆真野信子 :佐賀県坊城町の旅館に勤める仲居。下坂と恋仲になる。

◆小寺康司 :文芸界では名の知れた、中堅作家。信子の勤める宿に投宿する。

◆古賀吾市 :坊城町の漁船員。下坂と同じ同人誌の会員。密かに信子を慕う。

◆香春銀作 :四国某県警の捜査一課長。或る事件の関連で、下坂を知る。

◆恵子   :東京出身で博多のバーに勤める女性。店の客だった下坂と結婚する。

◆越智達雄 :香春と同じ某県警捜査一課に勤める警部補。

◆門野順三 :四国の某県芝田警察署に勤める巡査部長。

◆鈴木延次郎:四国某県で起きた強盗殺人事件の容疑者。後に殺人を否認する。

◆末田三郎 :強盗殺人で鈴木が殺人を否認した後、新たに浮上した被疑者。

 

あらすじ

 

下坂一夫は、佐賀県唐津市の陶器商の倅だった。家業を手伝う傍ら、作家などの真似事をして地方の同人誌などに投稿していた。

小説好きな人間の趣味が高じ、物を書くと言ったシロモノ。

 

下坂には、同時に付き合っている恋人がいた。

一人は、坊城町で旅館の女中をしている真野信子。もう一人は、博多でバー勤めの恵子。

 

下坂は二人に、もう一人恋人がいる事など悟られず、付き合いを続けていた。

或る時、二人の恋人が同じ時期に妊娠した。下坂は考え抜いた挙句、真野信子の殺害を決意。

犯行に及び、信子を此の世から抹殺してしまう。

 

或る日、下坂の許に四国某県の刑事が訪ねて来た。

訪ねてきた理由は、下坂が投稿した作品の一部が、東京の権威ある文芸誌に評価された為。

 

評価された文章中には、四国で起きた事件現場と酷似する場面が描かれていた。

実は下坂が投稿し、評価された文章は、真野信子が勤める旅館に投宿した東京の中堅作家(小寺)が破棄した原稿の一部だった。

 

つまり下坂が投稿した文章は、小寺が信子の勤める旅館に投宿。

小寺が執筆した原稿を信子が無断で書き写し、参考にと恋人の下坂に手渡したモノだった。

その後まもなく小寺が亡くなり、下坂がそのまま自分の作品として世に発表した。

 

物語は、下坂が小寺の文章を盗用。

下坂は世間に評価されたが、評価された文章は、遠く離れた四国の事件に関与していた。

四国の事件が進展するに従い、福岡で下坂が犯した犯行が暴露されてしまうという話。

 

見所

 

真野信子は坊城町の旅館に勤めていた。旅館に東京でそこそこ名の知れた、中堅作家(小寺)が投宿した。

小寺は原稿の執筆に取り掛かるが、原稿はなかなか捗(はかど)らない。

信子は付き合っている下坂一夫が作家志望の為、少しでも参考になればと小寺の原稿を無断で書き写し、下坂に手渡した。

 

下坂はなんだかんだと小寺の文章にケチをつけた。

後日、下坂は小寺の急死の報を聞き、信子が書き写した小寺の文章をそのまま盗用した。

盗用した文章の一部を、自分の作品として世間に発表した。

その文章は中央の同人誌で、思わぬ好評を得た。

 

下坂の実家は唐津で、陶器商を営んでいた。

下坂は家業を手伝う傍ら小説を書いていた。しかしなかなか芽が出ず、暫し信子に金の無心をしていた。

 

下坂には遊び癖があり、博多にちょくちょくでかけ、博多のバーに勤めるホステス(恵子)と懇ろになっていた。

下坂は信子と恵子と同時に付き合い、同時期に二人の女性を妊娠させてしまった。

 

二人の女性を同時に妊娠させた下坂は、どちらを選らぶか決断を迫られた。

何方の女と結婚する為、何方の女を始末するかと。

 

不幸にも始末される女は、信子だった。

信子は下坂の手にかかり、此の世から永遠に抹殺される。

 

下坂は信子を殺めた後、恵子と結婚した。

家業の陶器商の支店を博多に出店する事も決まり、下坂は家業との兼ね合いで恵子と新居を博多に持った。

 

或る日、博多の新居に四国某県から下坂の許に刑事が訪ねて来た。

刑事の話では、下坂が投稿して好評を得た文章の一部が、刑事が管轄する地域で発生した殺人事件の現場に酷似しているという主旨だった。

 

事件とは、四国某市で起きた「未亡人強姦殺人事件」。

犯人は捕まり、犯行を自供。公判中に犯人は強盗は認めたが、殺人は否認した。

警察は再捜査と犯人の裏付けをする為、下坂の許を訪れた。

 

下坂は四国の事件には無関係だったが、下坂が盗用した原稿を手掛けた小寺は、以前事件となった現場を訪れていた。

実は原稿の内容は、事件現場を模写したものだった。

 

盗用した下坂は刑事に対し、全くのフィクションだと述べた。

しかし二人の刑事には、とてもフィクションとは思えない程、事件現場が酷似していた。

 

盗用した文章には、事件現場の他に柴犬が登場する。

柴犬が暫し飼い主から逃げ出し、他の家に逃げ込む様子が描かれていた。

飼い主は飼い犬(柴犬)を捜す為、小説中の主人公に話かけたと描かれていた。

 

文章中で逃げ込んだ先は、事件があった未亡人宅と思われた。

公判中の犯人(鈴木)は取調べの初期、盗み目的で被害者の家に押し入り、犯行後、家には何か犬か猫の餌用のアルミ椀があったと自供した。

 

警察が現場検証した際、アルミ椀など何処にもなかった。

刑事・検察側は公判での自白の信憑性を考慮し、調書中でアルミ椀の項目を削除していた。

下坂の小説は事件の被害者宅は、「暫し犬が脱げ込む場所」と書かれていた。

おそらくアルミ椀は犬が逃げ込んだ際、被害者が犬に与えていた餌入れと思われた。

 

被告人鈴木は盗みは働いたが、殺しの件ではシロと警察は判断。地元警察は再捜査に着手した。

再捜査の結果、下坂の文章が注目された。

 

再捜査の結果、事件当時、近所の工場に勤めていた末田三郎という男が犬を飼っていて、事件被害者とは以前から顔見知りであった事が判明する。

捜査員は末田を追跡した。しかし末田は、移転先で事故死していた。

どうやら殺しは、末田の犯行と断定された。

 

しかし四国の事件は、全く違う事件を掘り起こしてしまった。

掘り起こした事件とは当然、下坂一夫が起こした殺人事件。

四国の捜査官は己の管轄で起きた事件の再調査をした結果、他県で起きた全く異なる事件を明るみにした。

 

四国の事件と福岡で起きた事件の接点となったのは、真野信子である。

信子は周囲には知られていなかったが、下坂と恋仲だった。

 

信子は小寺の原稿を内緒で書き写し、下坂に渡していた。

更に信子は、下坂の子を宿していた。下坂には信子の他にも恵子と云う愛人がいた。

恵子も同時に妊娠した為、信子は邪魔になり下坂に殺害された。

 

四国の事件と下坂が起こした事件に共通するものは、小寺が書き残した「原稿中の風景と犬」。

特に犬が下坂の犯行を、白日の下に晒した。

下坂の事件の掘り起こした切っ掛けとなったのは、下坂が信子を殺害する直前、車で轢いた柴犬

 

下坂の文章が中央の同人誌に、高い評価を得た。下坂の祝いとして地方同人誌の仲間は、バス旅行を開催した。

バス旅行の際、昼食をとった場所に現れた犬は、奇しくも下坂が以前に車で跳ねた柴犬だった。

 

「犬が信子の死体を呼び寄せた」

とも言える。

 

追加で小寺康司が亡くなった際、真野信子が小寺の訃報をしり、坊城町から送った一つの弔電。

弔電に記した「マノ」と云う文字が、信子と下坂を結び付けた。

 

下坂はバス旅行の帰り、真野信子に思いを寄せていた古賀吾市を自宅に招いた。

それは下坂の優越感からでた軽はずみな行動だった。

下坂はその時、古賀と恵子と会話させてしまった。それは下坂の墓穴を掘った遠因となる。

 

下坂は古賀が思いを寄せていた信子と自分(下坂)が、内緒で付き合っていた事。

自分(下坂)と結婚した恵子が東京出身で、地方の人間より洗練さていると言う事を古賀に見せびらかしたいという小さな見栄が、下坂の自身の破滅を招いた。

 

作中では何気に、地方同人誌の中央文芸誌に対する憧れ、中央文芸誌の評論家に対する清張の皮肉が垣間見られる。

清張は作品中で盗用した下坂の文章を、小寺の文章と見抜けない批評家達のいい加減さを暗に詰(なじ)っている。

清張には暫し、各分野の評論家の存在を皮肉る作品が多い。『砂の器』に登場する評論家(関川重雄)等は典型な例。

清張が評論家と名乗る輩を、心の中で毛嫌いしていた事がよく分かる一説と思われた。

 

追記

 

作品では四国某県となっているが、おそらく愛媛県。

所轄の門野刑事が芝田署となっているが、愛媛県今治市であろう。

 

今回の舞台は九州の福岡・佐賀が中心。周知の如く、松本清張は福岡県出身。

その為か、作品中で登場する地名・山々・名所などの描写が、細々と書かれている。

 

真野信子が勤めていた旅館の地名が「坊城町」となっているが、佐賀県に坊城町と云う町は存在しない。

おそらく「佐賀県唐津市呼子町」がモデルと推測される。

 

作品中で陶器を表す意味として「瀬戸物」という言葉が使われているが、瀬戸物は周知の如く、岐阜県瀬戸市から分かるように、中部地方では焼き物を表す言葉として使われている。

西日本では瀬戸物ではなく、「唐津物」と呼ばれる事が多い。

唐津とは勿論、佐賀県唐津市の事。

 

下坂一夫が事件を引き起こした「針江」と云う地名も、どうやら架空の地名。

作品中のバスツアーを参考にすれば、「鐘崎」は実在する。

地図で確認すれば、凡そ「波津」「原」の何れではないだろうか。

尚、針江と云う言葉は、九州地方によくある苗字。

 

波津には「景石神社」が存在する。小説はおそらく此処がモデルと見られる。

バスが昼食の為、停まった場所は「黒崎鼻」と推測される。

 

作品中での「織幡神社」は確かに実在する。

調べてみれば、住所は「福岡県宗像市鐘崎字岬224」。

作品中で昼食をとった場所の近く。

作者はおそらく、「景石神社」と「織幡神社」を差し替えた思われる。

 

※尚、内容の一部は、原作と過去映像化された内容を併用して紹介しています。

 

(文中敬称略)