幼少の頃の記憶 松本清張『火の記憶』

★松本清張 短編小説シリーズ

 

・題名    『火の記憶』

・新潮社   新潮文庫  或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)

・発行    昭和40年 6月30日

・発表    昭和32年 3月 「三田文学」内、『記憶』として発表

 

登場人物

◆高村泰雄

本州の果、B市に生まれる。父は4才の時、失踪。母は11才の時、死別。現在、31才。

母の死後、母の遺品を整理した際、自らの出生の秘密を知る。

 

◆高村頼子

商社勤めの女性。取引にて会社に出入りしていた高村泰雄を知り合い、結婚。結婚から二年後、泰雄から泰雄自身の出生の秘密を聞かされる。

 

◆貞一

頼子の兄、35才。出版社勤めで、妻子持ち。頼子が結婚の際、相手の泰雄に対し、僅かな疑問を呈す。

 

◆泰雄の母

中国地方の生まれで、大阪で夫と知り合い結婚する。其の後、本州のB市に移り、泰雄を生む。

其の後、更にB市から九州のN市に移り住む。

 

◆恵良寅雄

九州の市に住む。生前、知人の河田忠一の遺言で、河田の死後、泰雄の母に葉書にて河田の死亡を知らせる。

 

◆河田忠一

以前、泰雄が生まれたB市で長年、警官をしていた。しかし何故か警官を辞め、九州のN市の移り住んだ。その時、恵良寅雄と知人として付き合う様になった人物。

 

あらすじ

頼子は商社勤めをしていた。会社の取引で出入りをしていた高村泰雄と懇意になり、一定の交際期間を経て、結婚を決意した。

泰雄との結婚の意思を兄貞一に相談した処、兄貞一は泰雄に会い、人物を品定めした。

結果、貞一は泰雄を気に入り、妹頼子に結婚しても良かろうと許しを出した。

 

しかし貞一は泰雄の戸籍謄本を見た後、泰雄を実父が失踪の故、除籍をされていたのが気になり、再び泰雄に会い、その件を泰雄に問い質した。

泰雄に失踪の件を問い質した貞一だったが、然程気にもならなかったと見え、再度頼子に対し、泰雄との結婚を承諾した。

 

二人は其の後、結婚した。

結婚後の新婚旅行の際、泰雄は急に二日目の予定を変更したいと頼子に申し出た。

泰雄が急遽予定を変更し、向かった先は、房州(房総半島)の寂れた漁村だった。

頼子は晴れの旅行が、萎びた宿屋になった故、何か侘しくなった。

 

そんな心境の頼子だったが、頼子は泰雄に誘われ、夜の散歩に出かけた。

暫く夜の海を見つめていた二人だったが、頼子は不意に「泰雄が何か私に告白する気なのでは」との衝動に駆られた。

確かにそのような雰囲気だったが、遂に泰雄の口から何も言葉が発せられなかった。

如何にも何か言い出そうとしたが、言いそびれてしまったような雰囲気だった。

 

その時の頼子の疑問が解けたのは、それから二年後の事だった。

二年後、その時頼子に告白しようとした内容が、漸く泰雄の口から洩れた。

長い逡巡の末、漸く泰雄の口から出た言葉は、泰雄の出生に係わる秘密だった。

 

苦渋の末、泰雄が頼子に告げた出生の秘密とは。

 

要点

泰雄の母が刑事だった河田忠一と親しくなり、何故、泰雄を生んだのか。

 

それは頼子の兄貞一の口からも発せられているが、当時泰雄の父は、何か警察に追われる状態だったと推測される。

刑事に追われる身だった泰雄の父は、妻である泰雄の母に接触する可能性が高かった。

その為、刑事である河田は、泰雄の母宅を張込みした。

 

此れからは想像の域でしかないが、おそらく泰雄の父は、妻に接触を試みた。

前述したが、それを察知して刑事である河田は数日前から、泰雄の母を見張っていた。

泰雄の母は、刑事が張込んでいる事を、認知していたに違いない。

 

又刑事の河田も、泰雄の母が自分の張込みを認知している悟っていた。

その時、二人の間に微妙な感情が芽生えたのではなかろうか。

 

つまり、不安定な状況下に於ける、不思議な男女の関係に。

刑事は泰雄の父(犯人?)が、妻の許に現れる事を確証していた。

泰雄の母も、夫が必ず訪れるであろうと予測していた。

その時に間違いが起こった。

 

間違いとは、泰雄の夫が妻の前に現れた時、泰雄の母は必至で夫を逃がそうとした。

その時に取った最終手段とは。それは・・・

 

女が用いる、最後の方法(武器)とでもいうのだろうか。その手段で、刑事の河田を篭絡。

その隙に夫を逃がしたと思われる。

 

一方、刑事の河田も数日の張込みで、泰雄の母に同情。

次第に、同情が愛情に変わったのではなかろうか。

 

その結果、泰雄の父は逃走に成功。

逃走後、行方不明となり、おそらく死亡(自殺?)したものと思われる。

 

死体は発見されなかった。その為、失踪に因る、死亡と判断。

法的期間を経て、除籍された。

 

泰雄の父は、逮捕される事なく死亡と見做され、行方不明として除籍された。

張込み中、泰雄の母と過ちを犯し、泰雄の父を逃がした河田は左遷。

暫く警察にいたが、将来を悲観し、警察を辞職。其の後、九州のN市に移り住んだと思われる。

 

河田に対する泰雄の母の罪悪感が、或る時、幼い泰雄を引き連れN市に向かわせた。

元警官の河田と泰雄の母、そして幼い頃の泰雄の三人でみた光景。

その光景が、炭鉱の 「ボタ山」 だった。

 

幼い頃みたボタ山の火が、成長した泰雄の記憶に朧げながらも、ハッキリと記憶されていた。

それは泰雄にとり「何か悲しい、侘しい記憶」だったのかもしれない。

そんな思いがした今回の話だった。

 

追記

本州のB市とはおそらく、防府市。九州のN市とはおそらく、直方ではなかかろうか。

 

張込み中、犯人の妻と刑事が特別な感情となり、犯人を取り逃がしてしまうのは、以前ブログで紹介した、『失敗』に似ている。

失敗も二人の刑事が、犯人宅に張込みを開始する。

 

ベテラン刑事と若手刑事のコンビだが、若手刑事は数日間の張込みで、犯人の妻に同情。

同情から愛情に変わり、犯人が訪れた時も、分かっていながら、犯人を逃がし、其の後、犯人の妻と関係を持ってしまう。

その結果、若手刑事は警察を辞める羽目となった。

 

参考:同情が愛情に変わったのか 松本清張『失敗』

 

尚、張込み中、刑事が張込み対象の女に特別な感情を抱くのは『失敗』に限らず、既に人妻となっているが、犯人が昔の恋人に会いにいく、『張込み』も同じパターン。

『張込み』の場合、女(横川さだ子)は元恋人(石井久一)の求めに一度は応じたが、それも束の間だった。

元恋人を逃避行。一瞬の情熱の火をともしたが、元恋人は、あえなく逮捕。

 

女は数日張込んでいた刑事(柚木)の粋な計らいで、誰も傷つかず、最も最良な方法で何事もなかったような状態に戻った。

それは果たして女(さだ子)にとり、幸せだったのかどうかは定かでないが。

 

参考:生気を感じさせない主婦が、一瞬輝きを取り戻した瞬間。松本清張『張込み』

 

(文中敬称略)