未完成故の面白さと、後の内容の空想 芥川龍之介『邪宗門』

★芥川龍之介 短編小説シリーズ

今回紹介する小説は、芥川龍之介『邪宗門』です。

ご存じの方は既にお分かりでしょうが、この作品は龍之介が手掛けた作品中でも、未完成で終わっています。

未完成故、最後はもし龍之介が其の後を描くのであれば、この様に描かれていたのではなかろうかとの推測を交え、私なりに意見を述べさせていただきました。

 

・題名    『邪宗門』

・新潮社   新潮社文庫  『羅生門・鼻』内

・発行    昭和43年 7月20日

・発表    大正7(1918)年 東京日日新聞

 

登場人物

◆堀川の若殿

堀川の大殿の嫡男。作中では、若殿と呼ばれている。大殿とは風貌も性格も、真逆な人物として描かれている。

時代背景を鑑みれば、宇治平等院を建立した道長の息子、頼道と思われる。

 

◆堀川の大殿

『地獄変』でも登場した、時の権力者。時代背景を鑑みれば、おそらく藤原道長と思われる。

 

◆中御門の少納言

若殿とは遠縁に従兄にあたる人物。以前、若殿が笙を嗜んでいた時の師匠。

或る日、堀川の邸の宴会に出席した後、帰宅途中に謎の死を遂げる。

 

◆中御門の少納言の姫君

以前、若殿が笙を嗜んでいた時の師匠の娘。父と大殿とは遠縁にあたる。よって若殿と姫君も、遠縁。

美貌に優れ、数多の貴公子から求婚を申し込まれる。

 

◆菅原雅平

嘗て、若殿と心を通い合わせた親友。

若殿と同じく、少納言の姫君に好意を寄せ、求婚。しかしその思いが叶わず、失意のまま失踪。

そのまま行方不明となる。

 

◆平太夫

少納言の邸に雇われている、老侍。

少納言が謎の死を遂げ、その原因を堀川の大殿の陰謀と推測。大殿亡き後、息子の若殿を恨む。

或る日、ならず者を雇い、若殿の闇討ちを仕掛ける。

 

◆摩利信乃法師(沙門)

旗下頃、洛中にて摩利の教(おそらくキリスト教と思われる)を布教する法師。

色々な法力を使い、世間を惑わす。

 

◆横川の僧都

長尾の律師が建立した、阿弥陀堂の建立式に参加。その場で躍り出た摩利信乃の沙門と法力争いをするが、沙門の法力の前に屈する。

 

あらすじ

『地獄変』で登場した、堀川の大殿(おそらく藤原道長がモデル)が、急の病で亡くなった。

其の後、家督を継いだのが、大殿とのは風貌の性格も正反対の若殿が継いだ。

 

若殿は豪放磊落な父と違い、雅やかで柔和な性格の持ち主だった。

その為、若殿に代替わりした後、以前とは異なり、何か屋敷は平安絵巻に描かれているような華やかとなった。

 

若殿は更に詩歌管弦を嗜み、自らも各方面でかなりの力量を発揮していた。

若殿がそのような有風流人だった為、自ずと付き合う人間は、何か一芸に秀でた人物になる事が多かった。

芸達者な若殿でしたが、たった一つ若殿が嗜まないものが存在した。

それは「笙」。

 

何故笙を嗜まないかと云えば、以前若殿は笙に興味を示し、中御門の少納言に家に弟子入りしていた。

かなり腕が上達した後、若殿は師匠の少納言に笙の秘伝の伝授(作中では、大食調入食と記されている)を所望した際、若殿は師匠に断られた。

 

その愚痴を何気に大殿に話した処、大殿は笑いながら、「その中、手に入るであろう」と若殿に呟いた。

或る日、少納言が堀川の邸に呼ばれ宴会後の帰宅中、急に吐血。そのままなくなった。

 

そのあくる日、若殿が所望していた笙の秘伝の譜が、若殿の机の上に置かれていた。

若殿は気味が悪いと同時に、少納言を弔う気持ちで、笙を吹くのを止めた経緯があった。

此れは後の話が進む上で、重要な意味を持つ。

 

話は大殿が無くなった5,6年後に進む。

5,6年の間に若殿は正妻を貰い、官位も昇進した。

その事は今後の物語の話には、あまり関係ない為、話を先に進めたい。

 

問題はその頃、若殿は本妻以外に思いを寄せている女性がいた。

女性は嘗て若殿の笙の師匠だった、少納言の娘だった。

娘は京中でも評判の美人だった。

竹取物語に出てくる「かぐや姫」と云っても、過言でなかった。

 

姫君が美貌の持ち主の為、求婚者が殺到した。若殿もその中の一人だった。

何とか姫君と心を通わせたいと若殿は渇望するが、なかなか相手にしてもらえない。

過去の因縁で、中御門では酷く若殿を恨んでいる様子。

若殿が恋文を遣いにやらしても、中御門に雇われた老侍(平太夫)に、門前払いを喰らう有様だった。

 

或る日、若殿が側室の家に通おうと外出した際、覆面をした狼藉者の集団に襲われた。

会話・風貌から察するに、おそらく中御門に雇われた平太夫がならず者を雇い、積年の恨みを果たす為、若殿に闇討ちをしかけたと思われた。

 

若殿は素早くその事を察知。平太夫に雇われた狼藉者を懐柔。

逆に買収して、狼藉者等に平太夫をひっ捕らえさせた。

 

飼い犬に手を噛まれた平太夫は、そのまま堀川の邸に連行された。

そのまま柱に括り付け、一晩を明かせた。

 

朝になり、平太夫は縄を解かれ、解放された。

中御門の邸に帰る序に、若殿から姫君への恋文の使いをさせられた。

この事がきっかけで、俄に若殿と姫君は、心を通わせ親しくなった。

 

一方、近頃洛中では摩利信乃(沙門)と呼ばれる法師が、唐土から伝来したとされる摩利の教という新しい宗教の普及を始めた。

沙門は既存の宗教(仏教)を批判。過激な言動と奇妙な法力で、瞬くに信者を集めた。

巷での噂は、若殿の耳にまで達した。若殿は少納言の姫君との酒の席で、話題となった。

姫君は気味悪がるが、元来気象の優しい若殿は姫を優しく慰めた。

傍からみた者は、それは仲睦まじく見えた。

 

それから一ヵ月ばかり過ぎた或る夏の日、堀川の邸に使われていた若侍が涼を兼ね、賀茂川の五条の橋の下でハヤを獲るため、釣り糸を垂れていた。

その時、橋の上で何やらひそひそ話をする二人連れがいた。

 

若侍が影を潜め、耳をそばだててみると、二人連れは中御門の平太夫と、あの今話題の摩利信乃法師だった。

 

此れは不思議な組み合わせと思い、若侍は益々耳を欹(そばだ)てた。

すると二人の会話は何やら、中御門の姫君に関する話。

 

どうやら二人の会話の内容は、今の姫君のお立場が憐れに思い、摩利信乃法師が信ずる教えにて、姫を救いたい。

その為、摩利信乃法師は平太夫を通じ、姫に面会を求めている様子。

 

二人の話を聞いた若侍は、何やら不思議な気持ちに駆られた。

何故平太夫が、今巷で噂の摩利信乃法師の事を知っているのか。

又摩利信乃法師も、どうやら以前から姫とは顔見知りらしい模様。

 

若侍は思い悩んだ。若侍は思い悩み、同じ若殿に仕える伯父に相談した。

相談した末、姫君を摩利信乃法師に引き合わせる合わせる事で、何か不吉な事が起こるのではないかと懸念。

伯父と二人で、摩利信乃法師の暗殺を企てた。

 

二人は闇夜に紛れ、摩利信乃法師が住む四条河原の小屋を襲撃した。

襲撃した二人だが、二人は寸での処で摩利信乃法師に気取られ、逆に摩利信乃法師の法力の返り討ちにあった。

 

騒ぎを聞きつけた多くの摩利信乃信者に囲まれ攻撃される寸前、二人は摩利信乃法師の言葉で命からがら、その場を立ち去る事ができた。

二人は身をもって、摩利信乃法師の怪しげな法力を体験した。

 

秋風が吹く頃、長尾の律師様が阿弥陀堂を建立した。

御堂供養の日、上達部殿上人、その他大勢の女房、高位の僧たちが参加し、式は華やか、且つ荘厳に執り行われた。

勿論、参加者の一人に若殿もいた。

 

式が執り行われている最中、見物人の群から、予期せぬ闖入者が現れた。

闖入者の正体は、最近世間で評判の摩利信乃法師だった。

 

摩利信乃法師は居並ぶ僧たちに向かい、法力比べを挑んだ。

群衆の大半は、初めは摩利信乃法師の無礼狼藉に、あっけに取られていた。

やがて何処からともなく、摩利信乃法師を罵倒する言葉が吐かれ始めた。

 

数々の名僧が居並ぶ中、横川の僧都が躍り出て、摩利信乃法師との法力争いに挑んだ。

渾身の力を込め法力を放った横川の僧都だったが、摩利信乃法師に叶わなかった。

 

横川の僧都が這う這うの体で、弟子たちに支えられ退出した後、一人の人物が摩利信乃法師の前に躍り出た。

躍り出たのは名僧ではなく、紛れもなく堀川の若殿だった。

 

物語りは此処で、未完のまま、終了している。

 

要点

作品は『地獄変』で登場した、堀川の大殿が急死。若殿が家督を継ぐ処から始まる。

家督を継いだ若殿は、全てに於いて、逝去した大殿とは風貌も性格も真逆の人物だった。

 

その為、先代とは邸の雰囲気が変わり、まさに平安絵巻に登場するような風情を醸し出した。

大殿が無くなった5,6年後、若殿は嘗て笙の師匠であった中御門の少納言の姫君に好意を持つ。

相手の気を引く為、恋文を送るが、先代とのイザコザで、なかなか返事を貰えない。

 

その中、中御門の平太夫がならず者を引き連れ、少納言の仇を討つべく若殿を闇討ちをした。

闇討ちしたは良いが、逆に金で雇ったならず者たちは逆に若殿に買収され、平太夫捕らわれた。

 

平太夫は捕らわれた後、若殿から姫君への恋文の使いとして、解放される。

その事が切っ掛けで、若殿と姫君は親しくなった。

 

仲睦まじい二人だったが、その仲に近頃落洛中を賑わせている新教宗教(摩利信乃)の法師が、平太夫を通じ、姫に面会したいとの事実が浮かび上がった。

何や摩利信乃法師は、以前から姫君とは知り合いの様子。

 

若殿に好意を持たない平太夫だったが、何故か摩利信乃法師には好意的な様子。

平太夫と摩利信乃法師の関係を想像するに。

 

もうお分かりだと思うが、得体のしれない摩利信乃法師の正体はおそらく、以前若殿と親交があった菅原雅平ではなかろうか。

菅原雅平も嘗て少納言の姫君に好意を持ち、告白。

しかし恋が叶わず、放浪の身となり、筑紫の果てまで流れ、遂には唐土に渡ったと伝えらえている。

 

唐土に渡った菅原雅平は失意により、嘗て日本で信じていた仏教を捨て、欧州から伝来。

中国では景教と呼ばれた、キリスト教の一種(作中では、摩利の教と呼称)に帰依したと思われる。

摩利信乃の法師が掲げたイコンはおそらく、マリア像であろう。

マリア様の絵を掲げ、沙門は洛中を布教したと思われる。

 

当時は仏教が華々しい時代であった為、キリスト教は少数派であり、時の権力者から見れば、『邪宗門」に見えたのかもしれない。

邪宗門を強調するあまり、作中では摩利信乃法師は数々の奇妙な法力を使い、魔訶不思議な所業が表されている。

 

実際の処、現代科学の常識に鑑みれば、聊か信憑性が乏しい現象であるが。

真偽はともかく、不思議な法力を駆使する沙門が嘗て恋した少納言の姫君に対し、摩利の教の信者にすべく、平太夫に近づいた。

 

更に摩利信乃法師は、既存の宗教(仏教)を否定すべく、多くの高名な僧が居並ぶ式典に、自らの法力を示さんとすべく、乱入。

法力比べに挑んだ。

 

誰も負けた時の事を考え、居並ぶ名僧たちは、誰も摩利信乃の法師の挑発に対抗しようとしない。

その時、横川の僧都が踊り出て、摩利信乃法師に法力を挑んだ。

しかし結果は、横川の僧都の惨敗。

 

誰しもが負けを恐れ、尻込みしている時、群衆の中から摩利信乃法師に挑もうと、踊りでてきた人物がいた。

それは僧ではなく、紛れもなく堀川の若殿だった。

物語りは此処で終了しているが、芥川はおそらく決着点をどの様にすべきか考えていたのだと思う。

 

色々どういう結末にしょうか、逡巡したに違いない。

此処からは私の想像であるが、芥川はおそらく堀川の若殿と摩利信乃法師が力比べをして、互角の様相を見せる。

最後には昔の友情の念を取り戻し、和解するという展開を考えていたのではないか。

 

摩利信乃法師が法力を使い、若殿がそれを返す形で、次第に摩利信乃法師の心の蟠りが解け、昔の心を取り戻すというような話だったのではないかと想像する。

 

題名の「邪宗門」には語弊があるかもしれないが、一時的に心が自分の意思と異なり、何かに洗脳されていたような状態だったのを、芥川は示そうとしたのではあるまいか。

 

繰り返すが、此れはあくまでも私の推測に過ぎない。

他の方であれば、違う意見があるかもしれない。

 

強調するが、あくまでも私の想像と云う事を、申し上げていきたい。

それが未完で終わった、この作品の良い処かもしれない。

 

100人いれば、100人の見解が存在する。

それがこの作品の見所であり、面白い処なのかもしれない。

後の部分を自らが想像する。想像する事でいくつかの結末があり、話が膨らむとも云える。

 

そのような思いでこの作品を読めば、又一段と楽しく読めると思う。

 

追記

時代背景を察するに、おそらく堀川の大殿とは「藤原道長」。

若殿は「藤原頼道」親子を指すのではなかろうか。

 

堀河の大殿とは、以前紹介した『地獄変』に登場した、絵師良秀の願いを叶えるべく、牛車にて良秀の愛する娘を焼き殺した人物。

 

作中で描かれている大殿の人柄、風貌、性格は歴史上の道長の人物像と重なる。

死ぬ間際の様子も、道長が没した状況と酷似している。

 

一方、道長とは対称に描かれている若殿は、奈良の宇治平等院鳳凰堂を建立した、頼道と推測される。

 

作品の題名『邪宗門』とは、少数派の異端と云われる宗教を指すと思われる。

この時代を鑑みれば仏教以外の宗教に当たるであろうか。

 

現代風に言えば、「カルト」宗教と云えるのかもしれない。

作品中の摩利信乃とは前述したが、おそらく欧州から中国の唐の時代、伝播されたキリスト教の一派で「景教」と呼ばれた類と推測される。

 

(文中敬称略)