同情が愛情に変わったのか 松本清張『失敗』

★松本清張短編小説シリーズ

 

・題名        『失敗』

・双葉社       双葉文庫  

・2016年     12月発行  松本清張ジャンル別作品集『社会派ミステリー』内

 

登場人物

◆島田良平

東北地方の中都市、D市の警察署に勤務するベテラン刑事。管轄区に在住する女房の夫、大岩玄太郎が東京で事件を起こす。

犯人の大岩が、此方に立回る可能性がある為、警視庁の依頼を受け、犯人の女房を張込む。

若い津坂刑事と一緒に張込むが、10日後、犯人の大岩玄太郎に死体が近くの海岸で発見される。

 

◆津坂弘雄

島田刑事と同じく、東北地方の中都市、D市の警察署に勤務する若手刑事。島田刑事と供に、大岩玄太郎の妻宅を張込む。

張込みの10日後、近くの海岸で大岩玄太郎の自殺死体が発見される。

大岩の遺書には3日前、妻くみ子と自宅裏で約30分ほど、話したと書かれてあった。

その時、寝ずの番をしていたのは、津坂刑事だった。

 

◆山村部長刑事

東北地方の中都市、D市の警察署に勤務する刑事部長。東京で事件を起こした大岩玄太郎の妻子が管轄区にいる為、警視庁から張込みの依頼を受ける。

依頼をうけ山村は、ベテランの島田刑事と若手の津坂刑事を大岩の自宅に張込ませる。

二人を張込ませたが、10日後、大岩玄太郎の死体が近くの海岸で発見される。

大岩の遺書には、3日前自宅に立ち寄り、妻くみ子と話したと書かれてあった。二

人の刑事を張込ませたが、大岩は何故、妻くみ子と話しができたのか。

疑問に感じた山村は二人の刑事を尋問。謎解きをする。

 

◆大岩玄太郎

東北地方在住であったが、地元で失職。職を求め、東京にでた。

しかしなかなか思う様にいかず、ある時同じ飯場で働く浦瀬と供に、強盗殺人を働く。

犯人として手配され、逃亡。主犯浦瀬と供に浦瀬の故郷である九州に逃げたと思われた。

しかし逃走から7日後、妻子のいる東北に現れる。

大岩は刑事が張込み中、妻くみ子と会話を交わす。その3日後、遺書を残し近くの海岸で自殺する。

 

◆大岩くみ子

東京で事件を起こした、大岩玄太郎の妻。玄太郎との間には、5歳の男のがいる。刑事から夫の事件を聞き、嘆き悲しむ。

自宅で二人の刑事が張込む中、うまく逃走中の夫玄太郎と自宅の裏で、会話を交わす。

 

◆大岩亮一

大岩玄太郎と、大岩くみ子の間にできた5才の男の子。母が日雇いで働く最中、寺の託児所で過ごす。

夕方、母くみ子が迎えに来た後、わずかばかり幸せなひと時を過ごす。

 

◆浦瀬三吉

九州出身の飯場人夫。或る時、同じ飯場の同僚大岩玄太郎を連れに、強盗殺人を起こす。共謀犯罪だが、浦瀬が主犯格。事件後、生まれの九州に逃走する。

 

あらすじ

東京で強盗殺人が発生する。犯人は二人組。一人は九州出身の浦瀬三吉。もう一人は、東北出身の大岩玄太郎。主犯は浦瀬で、共犯が大岩と思われた。

二人は主犯浦瀬の故郷、九州に逃亡した模様。

しかし大岩が東北出身で妻子がいる為、妻子のいる東北の中都市、D市の警察署に警視庁から、捜査協力の依頼があった。

警視庁からは、大岩が妻子の許に立ち寄る可能性もある為、妻子のいる管轄区に張込みの依頼。

管轄区の署に努める山村刑事部長は、二人の刑事を張込み任務につかせた。

一人はベテランの島田刑事。もう一人は、若手の津坂刑事。

 

二人は山村刑事部長から指令を受け、大岩玄太郎の自宅で、張込みを開始した。

何故自宅で在り込んだのかと言えば、大岩の妻子が住む場所は、昔の軍需工場の寄宿舎のような住まいで、物陰に隠れる適当な場所がなかった為。

事情を説明し、大岩の妻くみ子に了承をもらい、自宅にて張込みを開始した。

張込みは、二人の刑事が夜は3時間交代で見張りをする。昼間は、妻くみ子がニコヨンの日雇いに出かける為、若手の津坂刑事が同行した。

 

張込みを開始して、一週間。大岩は、妻くみ子の許に現れなかった。ベテランの島田刑事は、山村刑事部長に此れ迄の一週間の経過を報告した。

異常なしとの事だったが、3日後意外な出来事が起こった。近くの海岸で、逃走中の大岩玄太郎の自殺死体が発見された。

死体には、遺書が携えてあった。

その遺書中には、意外な事実が明記されていた。自殺した大岩は、実は3日前の晩、自宅裏で約30分程妻と話したと書かれてあった。

 

3日前と言えば、島田刑事が山村刑事部長に異常なしと報告した日だった。

自宅には二人の刑事が張込んでいた。果たして大岩は、如何なる手段で妻くみ子と話す機会を得たのか?

 

要点

結論を先に述べれば、張込んでいた刑事の一人、若い津坂刑事が犯人の大岩の妻くみ子の境遇に同情。

同情が知らぬ間に、愛情に変わったと云う処であろうか。

 

津坂は島田刑事と供に、張込み任務についていた。任務とは言え、同じ屋根の下で同居。必然的に大岩親子の生活が目に入る。

犯人の妻とは言え、くみ子とその子亮一の生活は健気そのものだった。この家庭に何故不幸が訪れたのか、わからない。

二人も刑事もきっと、同じ気持ちに駆られたに違いない。とくに感情が豊かな若い津坂刑事であれば、猶更であろう。想像に難くない。

それが犯人の妻であったが、同情が愛情に変わったのではないかと思われる。

子供の亮一も同じ。僅か5才だが、なかなかしっかりした子供として描かれている。子供に関しては、島田刑事も同じ気持ちだったに違いない。

そんな状況が1週間ほど続いた。

 

一週間ほど過ぎた夜、張込みの対象者玄太郎が現れた。その時の寝ずの番は、津坂刑事だった。津坂は玄太郎が来たが、咄嗟に玄太郎を見逃した。

見逃した上に津坂は、妻くみ子に或る知恵を与えた。

玄太郎が来た痕跡を消す為に明朝鍬をもち、野良仕事をする振りをして、畑についた玄太郎の足跡を消すようにと指示した。

 

更に津坂はあまりにも感情が高ぶったのであろうか。あらぬ事か、張込み相手の妻くみ子と情交を重ねた。

何故その事が分かるのかと言えば、普段くみ子は、子供の亮一を同じ布団で寝ていた。

しかしその時に限り、何故か二人は別々の布団で寝ていた。何故別々の布団で寝る必要があったのだろうか。

それは紛れもなく、別々に寝る必要があった為。別々に寝る必要と言えば、もうお分かりだと思う。

 

おそらく津坂がくみ子に対し、積極的に迫ったと思われる。くみ子もここ数日中、薄々津坂の好意に気付いていた。逃亡中の夫が不意に現れた事で、くみ子も気が動転していたと思われた。

二人が話をする中、おそらく夫玄太郎は、その後の自殺を仄めかす言葉を妻に述べた想像された。

くみ子が山村部長刑事に呼ばれ、尋問された際、逮捕され刑務所に入れられるより、逃げ延びて欲しかったと述べている。

くみ子は逃げるというよりも、覚悟の上で自殺すると悟っていたのではないか。

玄太郎の遺書の言葉で、津坂がおかした行為が明らかとなった。

津坂の行為を見破ったのは、山村刑事部長だった。

 

津坂は山村刑事部長の査問に耐えきらず、泣き崩れた。泣き崩れた末、懲戒免職を願い出た。

しかし山村刑事部長は津坂刑事を懲戒免職とせず、依願退職扱いにした。

それがせめても津坂刑事に対する、思いやりであったと思われる。

あわよくば山村刑事部長は、今後退職した津坂が、未亡人となったくみ子と一緒になる事を願った。

 

追記

同作者の作品『張込み』も、まさに犯人の元恋人宅を張込むに連れ、若い刑事が犯人の元恋人で、今は他人の女房になっている女に同情する話。

同じパターンと云える。張込みも、もうこないかと思われた時、犯人が元恋人の許に現れた。

元恋人も一瞬であるが犯人の求めに応じ、一緒に逃走する。

 

しかし旅館にて投宿中、犯人は張込んでいた刑事に逮捕された。

残された元恋人は刑事から経緯を聞き、泣き崩れるが、刑事の粋な計らいで何もなかったかのように元の平穏無事な生活に戻る。

妻は一瞬命の灯を燃やしたが、それは本当に一瞬に過ぎなかった。その後は誰もが傷つかない最良な方法で、元の鞘に収まった。

 

今回張込んで一番被害を被ったのは、津坂刑事であろうか。

しかし津坂刑事は、自分の感情で行動した結果である為、まだましだったと云えるであろうか。

 

(文中敬称略)