一体、誰が真実を述べているのか 松本清張『証言の森』

★松本清張 短編小説シリーズ

 

・題名      『証言の森』

・文藝春秋     文春文庫

・発行       昭和52(1976)年 2月25日

・発表       昭和42(1966)年 8月『オール読物』

 

登場人物

◆青座村次

綿糸関連の会社に勤める、31才の男。殺害された妻和枝とは、再婚。殺人事件の第一発見者。妻が殺害された被害者と思われたが、後に妻殺しを自供。逮捕される。

逮捕後、警察の取り調べで証言を次々に変え、一審判決では無罪となる。

 

◆青座和枝

青座村次の妻、当時27才。自宅にて、何者かに殺害される。村次は再婚で、和江は初婚。

結婚後、二人の仲は良好とは言えず、暫し両親や実妹に離縁を勧められていた。

 

◆大宮一民警部補

殺人事件を担当した、所轄の刑事。捜査の指揮を執る。捜査の末、夫村次が怪しいと睨み、村次を尋問する。

 

◆石田夫妻

殺害された青座和枝の親御。重太郎と千鶴。和枝が殺害されたと婿の青座村次から聞き、現場に駆け付ける。

 

◆山村政雄

殺人事件があった青座宅に出入りしていた、御用聞きの青年。当時24才。殺人事件の当日、殺害された和枝か注文された品を届ける。

 

◆秋野三郎

殺人事件があった青座宅に新聞を配達していた青年。当時22才。殺人事件の当日、夕刊を配達していた。

 

◆池上退蔵

元警察官。詐欺の罪で逮捕される。留置場で取調べ中の青座村次と同じ房に入れられる。

元警察官で警察との互恵関係を築く為、同房の村次に探りを入れ、警察に口利きする。

 

あらすじ

若妻が殺害された。警察の調べで、犯人が逮捕された。

逮捕されたのは、なんと被害者の夫青座村次だった。

村次は取調べの際、犯行を自供した。

 

処が其の後、証言をコロコロと変えた。

何度も証言を変えた事による、自白の信憑性。

更に警察の強引とも言える尋問と捜査もあり、一審判決では無罪となった。

 

しかし2審、3審(当時は、大審院)にて、青座村次は有罪となった。

村次の判決が出て間もなく、一人の青年が青座和枝殺しは、自分の犯行だと警察に名乗り出た男がいた。

名乗り出た男は、青座宅に出入りしていた御用聞きの青年、山村政雄だった。

 

山村は警察に出頭して、殺害状況を説明した。

しかし警察は何故か山村政雄の証言を、全く取り上げなかった

おまけに山村に対し、

「もう事件は済んだ為、もうこれ以上、事件を蒸し返す事をしないように」

と釘を刺した。

 

因みに山村政雄の他、警察に事情聴取されていた新聞配達員秋野三郎も事件後、仕事を辞め、行方を晦ました。

 

果たして一体、青座和枝を殺害した犯人は誰なのか。そして真実の行方は。

 

要点

若妻(青座和枝)が殺害された。第一発見者は、帰宅した夫、青座村次。

警察は殺人事件と断定。直ちに捜査を開始した。

 

警察は初動の段階で、夫村次を疑っていた。村次は初めは否認していたが、後に警察官の厳しいい尋問にあい、妻和枝殺害を自白した。

 

村次は其の後、取調べ度、証言を微妙に変化させた。一度認めた殺人を、否認する事もあった。

しかし其の後、再び殺人を認めるなど、曖昧な供述を繰り返した。

 

一方、警察の捜査も紛失されたと思われた物証が、意外な場所から発見された。

更に村次を取調べ中、同房だった元警官の池上退蔵から事前の情報を得、ほぼ誘導尋問に近い形式、捜査も違法に近い形でおこなった。

 

一審では、村次の証言の曖昧さ、警察の違法捜査に近いやり方に疑問を呈し、被疑者村次に対し、無罪の判決を下した。

処が、検察の控訴・上告では、村次は一転して有罪判決を受けた。

二審・三審では、警察の捜査に誤りはなかったとして、村次に対し有罪判決を下した。

 

しかし最終審(当時は大審院)の末、村次は有罪判決を受け服役。村次が服役中、青座和江殺しは、実は自分の犯行だと名乗りでた男がいた。

男は、青座宅に御用聞きとして出入りしていた青年、山村政雄。

 

山村は所轄に出頭、自白した。

殺人を犯したのは自分であり、泥棒の仕業と見せかける為、近くにあった品物を手にとり、そのまま帰宅した。

帰宅後、盗んだ物を持っているのが怖くなり、翌日殺人現場近くのゴミ捨て場に捨てたの事。

 

しかし警察調べでは、盗まれた物がゴミ捨て場から発見されず、何故か青座宅のタンスの裏で発見された。

山村政雄は、その事を不思議に思っていた様子。

 

警察は山村の一連の自白を聞いた後、山村に対し、こう述べた。

事件は既に裁判も終了し、有罪判決が下された青座村次も服役している。

 

今は戦時中。今更事を荒立てるなどせず、黙っていればよい。そしてこの事は他人に公言してはならんと口止めした。

 

其の後、戦局が悪化。池上退蔵と山村政雄は非常徴兵をうけ、同じ隊に属した。

偶然同じ隊となった池上は、山村から青座和枝事件では、過去自分がやったと警察に自首した事を告げられた。

 

更に自分がやったと自首した山村は、実は殺人自分ではないとも池上に伝えた。

 

それでは一体山村は、殺人も犯していないのに、何故自分がやったと警察に自首したのか。

 

池上は、山村青年は戦局の悪化で、自分が徴兵されるのを恐れ、徴兵を逃れる為、檻の中に入る覚悟で、偽証の告白をしたのではないかと推測した。

しかしそれもあくまで池上の想像でしかなかった。

 

池上は山村の話の中から同時期、新聞配達をしていた青年秋野三郎が事件後、仕事を辞め、行方を晦ました事を知った。

それ以後、秋野は行方知らずとの事。

 

果たして真実の行方は?

 

被疑者村次の、度重なる証言の変化。警察の捜査方針、取調べの方法。そして司法判断の一貫性のなさ。

つまり作者清張は、各人と各組織のいい加減さ、曖昧さを描きたかったのではなかろうか。

 

更に一度決まった出来事は、決して蒸し返してはならない。

蒸し返せば、各方面に災いが生じ、迷惑をかける恐れがある。

黙っていた方がよいという、日本特有の習慣を皮肉っている様にも見える。

それは公的機関、官僚組織になればなるほど、確実に当て嵌まる。

 

世の中は合理的でなく、如何に不合理な要素を含んでいるのか。

其々の証言を精査すれば、果たして何処が真実で、誰が真実を述べているのか、まるで確証がない。

精査すればするほど、分からなくなるという事。

清張は、それを述べたかったのではなかろうか。

 

過去にも述べたが、清張は裁判制度に対し疑問を呈し、裁判制度の不備・欠陥を描いた作品も多い。

代表的なものに、「一事不再理」という制度が存在する。

 

一事不再理とは、一度裁判にて結審した際、後に被疑者に不利な証拠・証言が出ても、その罪は問われないという制度。

裁判制度の欠陥を、見事に示している。

 

過去ブログにて紹介した『一年半待て』は、まさに一時不再理を利用した話。参考までに、リンクを貼ります。

参考:裁判制度「一時不再理」を利用した話 松本清張『一年半待て』

 

繰り返すが、清張は世の中は確実なものはなく、常に曖昧で不条理な要素を含んでいると述べたかったに違いない。

 

追記

殺人事件に関し、登場する人物が各々、異なる証言をするのは、芥川龍之介の作品『藪の中』に似ている。

清張はまだ陽の目を見ず、貧困に喘いでいた頃、唯一の楽しみが、小説を読む事だった。

生活苦の中、小説を読む事で辛い現実を紛らわしていた清張は、当然芥川の作品も読んでいたに違いない。

 

内容こそ若干の違いがあれども、まさに『藪の中』に登場する人物は、それぞれ異なる証言した。

それ故、一体誰が真実を述べているのか分からないと云う事のが話の趣旨だった。

おそらく清張は、芥川の作品をヒントにして、今回の作品を書いたのではないかと推測する。

 

(文中敬称略)

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA