現代の官僚社会でも通じる話 松本清張『歪んだ複写』

★松本清張   長編小説シリーズ

 

・題名       『歪んだ描写』

・新潮社       新潮文庫 

・発行        昭和41年 6月

・昭和34年6月 ~ 昭和35年12月 『小説新潮』にて掲載

 

登場人物

 

◆田原典太

新聞社社会部に勤める20代半ばの記者。社に訪ねてきた須永とも子の話を聞き、武蔵境で発見された身元不明の死体の概要を知る。

須永とも子の話を基に事件を調査するにつれ、税務署を始めとした役人の構造的欠陥・汚職に繋がる事件に発展する。

 

◆赤星次長(デスク)

田原典太が勤める社会部のデスク。田原が須永とも子の話を聞き、武蔵境の事件の調査に興味を示す。

田原が税務署の知識が全く無い為、税務署に詳しい古い知人、横井良章を紹介する。

 

◆時枝伍一

田原が勤める新聞社の同僚。田原と一緒に武蔵境で発見された死体事件の捜査に当たる。

 

◆崎山亮久

某税務署勤める課長。実務のベテランであるが、税務職員の職権を良いように利用。管轄内の企業に利益供応を迫り、享受する悪徳税務署員。

 

◆野吉欣平

崎山と同じ税務署に勤める職員。やっている事は、崎山と全く同じ。税務署長が何も分からない事を良い事に、やりたい放題。汚職が発覚しても、沼田嘉太郎に罪を擦り付け、自分は崎山と供に生き延びた太々しい輩。

 

◆横井貞章

田原が勤める赤星次長の古い知人。田原が沼田殺しの事件で、税務署の内情を調べる際、色々教えてくれた人物。更に田原の依頼で、崎山・野原の汚職関係を調べるが、後に死体となり発見される。

 

◆沼田嘉太郎

或る税務署に勤めていたが、税務署管内の汚職事件に巻き込まれ、スケープゴートにされ、詰め腹を斬らされる。

税務署を辞めた後、嘗て自分を貶めた同僚達に虎視眈々と復讐する機会を狙うが、逆に相手に殺され、武蔵境の畑の中に死体となり、発見される。

 

◆三木警部

警視庁捜査一課の主任。武蔵境で発見された身元不明死体の事件を担当する。被害者の身元が割れず、難渋していたが、記者の田原典太が持ち込んだ情報により、身元が判明する。その後、田原とは持ちつ持たれつの関係を保つ。

 

◆尾山正宏

大蔵省(現財務省)から派遣された、エリート幹部候補。30歳そこそこで出向の名目で、税務署署長を務め2、3年後、箔をつけ本省に戻る人物。

あまり実務に詳しくなく、部下の課長クラスの人間に任せっきりの状態。その結果、税務署内の課長たちのやりたい放題にさせてしまう。

嘗て大蔵省次官だった人物の娘を嫁に貰い、前途洋々な人物。

 

◆税務署職員梶野

田原典太が嘗て殺された沼田が勤めていた税務署を訪れた際、田原に沼田のヒントを与えてくれた、若い税務職員。まだ税務署の垢が付いてなく、沼田が辞めた経緯に同情していた。

 

◆女中なつ(堀越みや子)

料亭「春香」に勤める女中。以前暫し料亭を利用していた、崎山亮久と関係を持つ。その後、崎山が料亭を訪れなくなり、崎山の知り合いの税務署員と勘違いした田原典太に、崎山との仲介を依頼する。

 

あらすじ

 

東京武蔵野郊外で、男性の腐乱死体が発見された。発見された当初、男の身元証明となるものは何も所持しておらず、捜査は難航した。

ある時、男の腐乱死体の新聞記事を見た若き女性が、新聞社の社会部に面会を求めて来た。若き女の話では、どうやらその男性は、以前自分のアパートに下宿していた人物ではないかと記者に話した。

 

女の応対に当たった社会部記者「田原典太」は興味を示し、独自調査に乗り出す。調査に乗り出した田原は、事件の調査が進むにつれ、日本全体の税務署で起こっている職員と企業との汚職に気付かされる。

職員と企業間で繰り広げられる汚職に絡み、事件は単なる小役人の汚職だけにとどまらず、日本全体を覆う官僚社会に存在する、いびつな関係であった。

 

作品は税務署職員の汚職を通じ、日本の社会に蔓延る権威主義、階級主義、学閥主義の批判とも取れる。殺人は一介の元税務署員の死だけ止まらず、第二・第三の殺人まで発展する。

やがて田原記者が事件解決後に感じた心境は、何か得も言われぬ後味の悪いものしか残らなかった。

 

要点

 

田原典太が須永とも子の話を聞き、武蔵境で発見された身元不明の死体のヒントを得、警視庁捜査一課の三木主任の自宅を訪ねたのは、俗に云う「夜討ち」と呼ばれるもの。

しばし政治部の番記者(その政治家担当の記者)が夜、担当の政治家の家を訪れ、何かネタを貰う事を云う。朝出勤する前に訪ねる事は、「朝駆け」と云われる。

 

社会部では刑事事件が多く、担当の刑事と仲良くなる事で、特ダネ(スクープ)となる手掛かりを与えてくるる事もある。しかし逆に取材対象と親密になり過ぎ、弊害が起きる事もしばしある。

政治家の場合、自分の宣伝、政敵を蹴落とす事などのも使われるおそれがあり、刑事も誤報などにやり、思わぬ処に飛び火するおそれがある。俗に云われる「世論誘導」。

しかしこの取材法は、今でも使われている。それはやはり、他社を出し抜くスクープが取り易い為。

 

今回は舞台が税務署だが、何も税務署に限らない。官僚組織は作品が発表された昭和40年代(1970年代頃)から、殆ど変化していない。

此れは未だに、官僚組織が何も変わっていない事を物語っている。

この構造は、明治維新で官僚組織が形成された時から実は同じで、現代においても脈々と続いている。おそらく今後も踏襲され、決して変わる事はないだろう。

何故なら、官僚機構は政治家も望んでいる為。政治家と官僚が、持ちつ持たれつの関係を保ち、互いが出世していくのが通常の流れ。

 

作品で登場する中央から出向している若いエリート署長の嫁もの父親も、その様にして出世したクチ。

現代の政治状況を俯瞰しても、全く変わっていないのが理解できる。此れは何も霞が関の官僚に限らず、警察機構も同じ。

警察の上層部も、他の官僚と同じく国家第一種試験を合格。そのまま警察庁に入省した人物(キャリア組)。

 

今回の大蔵省(現財務省)と同じく、警察も警察学校を卒業後、即警部補。

暫く各部署を転々として警部、警視、警視正となり、地方の警察署に飛ばされ、30歳そこそこで署長となる。

 

署長となった際、自分の父親程の年齢の部下が、うようよいる。

署長として赴任中、署内で何も不祥事が起こらなければ、目出度く栄転。本省(警察庁)に戻る。

順調にいけば、40歳そこそこで、田舎の県警本部長(その県警のトップ)となる。

 

それも上手く行けば、重要な都道府県警の本部長となり、最後には警察庁の最高幹部となるコース。

他の各省も同じ。現在の総務省、国土交通省、経済産業省も同じ。よく都道府県の県庁に総務省の中央役人が出向するのも同じ流れ。

 

結局、その省の出先機関にいき、箔をつけると言う事。

しかし所詮、渡り鳥であり、出世にしか興味がない。実務のやる気・知識など全く持ち合わせていない。

彼らの仕事は赴任期間ミスをせず、只任務を全うする事。現場の仕事など、皆無に近い。

 

田原が一番初めに訪れた税務署の若き職員梶野の様に、誰しも最初は使命・正義感に溢れ、仕事に取り組む。やがて自分の力ではどうにもならない非力さを自覚する。

それが仮令自分が正しくとも。

自分の仕事を身内である上司に握り潰された際、えも言われぬ脱力感・絶望感に襲われる。そんな成り行きであろうか。

作品中の悪徳税務署員「崎山・野吉」も、嘗てはやる気に満ちた時代があったと思われる。

しかし先輩たちのやり方を見て踏襲。やがて自分も同じ様に、悪の手法を身に付けたと予測がつく。

云わば、役人独特の「前例踏襲主義」。この場合は、悪しき面が現れたものと云え様。

 

嘗ての日本帝国陸軍も同様。帝国陸軍の参謀本部作戦課は、陸軍組織でも独立王国を築いていた。

当時の陸軍参謀本部作戦課は、日本で最も優秀な頭脳が集まった部署だった。軍は海軍も存在していたが、主流はやはり陸軍だった。

因って戦争の遂行を担っていたのは、おおかた当時の陸軍幹部。陸大卒は、エリート中のエリートだった。しかし結果は、ご存じの如く敗戦。その後、解体。

繰り返すが、当時と今も全く変わっていない。当時の失敗の教訓が全く生かされていないという事。

此れが今回の一番重要なテーマと思われる。

 

役人と民間企業との汚職事件は、清張が作品で暫し描く作品の一つとも言える。

以前紹介した『弱味』でも役人と政治家との癒着を描いている。

 

繰り返すが、この構造は何時も同じ。つい最近発覚した電力会社と企業との癒着も粗、同じ構造。

今回は某町の元助役が関係する企業が、電力会社から仕事を受注。

電力会社の歴代幹部が、賄賂・キックバックの類を受け取っていた。

それは互恵関係だった為、電力会社幹部は発覚後も、全く悪びれる様子はなかった。

 

半官半民と云われる企業に、よくある構造。道路公団、NTT(旧電電公社)、JR(旧国鉄)、JT(日本専売公社)、電気・ガス・水道等のインフラ関係のも、よくある話と云える。

他にも日本郵政、TV局、JA、JRAなど数え上げれば、いくらでも存在する。此れが政官財の癒着の根源となっている。

 

清張の作品には、権威に対する何かしら批判的精神がみられる。清張でしばし引用される大学、学界などの権威・学閥などに対する批判。今回の作品では、官僚主義、権威主義、学閥主義批判と取れるものが随所に見られる。

作品中で登場する謎の人物「横井貞章」が、田原典太との電話で叫んだ「階段」というのは、「出世階段」の事。

多くのエリートは、出世を階段に例える。階段を登るという表現は、出世すると言う意味。

 

横井貞は田原に仕事を依頼された後、殺害されている。殺害後判明した横井の前歴は、税関係の業界紙の記者だった。

此の業界紙と云うのが、また曲者。

清張作品『分離の時間』でも殺害された人物は、交通関係を扱う業界紙社長だった。

業界紙とは、表向きは業界の情報等を掲載しているが、実は業界に関係する企業等に広告を募り、生きているような新聞。

それは寄付にも近い。中には強請・集りに近い行為をして、広告を出させる業界紙も存在する。

業界紙の中には「トリ屋」と云われ、業界から金を捻出させる記者も存在する。トリ屋は、総会屋、政治ゴロ、新聞屋、広告屋、企業整理屋等が介在する。

 

田原の上司赤星次長が、殺害された横井の経歴を話す際、どの業界紙も関係する官公庁の接待を受けているという言葉は、ある意味、衝撃的かもしれない。

つまり監督省庁は所詮、国民の為に働いているのではなく、一部の利益者の為に働いているのがよく分かる。

 

今回は税務・国税の話だが、現財務省も決して国民の為に働いているとは言い難い。

弱い者にはとことん強気で、省益・官僚の利権拡大となれば、とことん甘いと言う事が分かる。

役人根性ともでも云うべきか。弱いと思われる人間には頗る横柄。自分より階級が上の物には、急に米搗(こめつき)きバッタの様にぺこぺこする。

 

昔から「お上」と云うものは、そのような存在かもしれない。

古事記の山上憶良(やまのうえのおくら)の『貧窮問答歌』も同じ内容だった。そして皮肉にも山上憶良も、下級役人だった。

崎山が殺害後、勤め先の税務署を訪ね、尾山署長と面談した際、尾山署長が如才なく官僚的な答弁をするのが面白い。

相手の質問をのらりくらりとかわし、話の本筋を掴ませない処が特徴的と言える。

 

田原が崎山の死体が発見された堀越みや子のアパートの管理人を訪ね、4日間のみ隣室にいた夫婦を尋ねた時、米の配給通帳に言及する。

米の配給通帳とは、1949年作:黒澤明作品映画『野良犬』でも登場する。当時占領下の日本では、米は配給制となっていた。

米の配給を受けるには、米穀配給通帳が必要であった。米穀配給通帳は、1981年に廃止された。

 

田原が野吉宅の周辺を聞き込んだ処、他人は何気に興味本位と嫉妬・羨望の眼差しで、他人の家を細かく観察しているのが分かる。

田原が二度、野吉の自宅を訪ねた際、途中で病院の立て看板が目に留まった事が、後の伏線となっている。人間を隠す為に精神病院が使われたのは、同作者作品『眼の壁』でも同じパターン。

 

現代でも同様。精神病院のある場所を考えてみれば分かり易い。

何か世間から少し隔離された、鬱蒼とした雰囲気な処に存在している印象が強い。建物自体も独特で、何か陰気な雰囲気が漂う。

前述したが犯人の動機は、「出世階段」を昇る為に沼田嘉太郎、崎山亮久を殺害した。

自分の夫の出世の妨げになる為、妻は夫の犯罪に加担した。

野吉欣平は所詮、小心者で上司の言いなりになる駒に過ぎなかった。

 

殺害された沼田は深大寺で自分を貶めた崎山、野吉と対談したが、話は不発。

不発の為、沼田が更なる話合いの為、崎山についていったのは、嘗て自分が役人だった頃の習性。

それは崎山より位(役職)が上の者との相談するという餌に釣られた。

将来の出世を約束された人間が、何故犯罪に手を染めたのかと云えば、やはり自分の出向先で不祥事が発覚すれば、自分の将来の出世に響く為と思われる。

 

全て事件が解決した後、田原典太と時枝伍一の会話が、この作品の全貌を物語っている。

仕事に勝っても、何か割り切れない寂寥感、侘しさを感じている様子。

事件が解決しても、何か後味の悪さだけが残った。これが本音と思われる。

そして最後に他の税務職員が汚職で逮捕された記事を新聞でみた時の感想は、バレたのはたまたま運が悪かるかっただけと結んでいる。

 

作品の題名が『歪んだ複写』となっているが、複写とはコピーの事。

おそらく今回の汚職は、税務職員が小さい汚職を汚職と考えず、半ば当然の権利して脈々と受け継きた習わしだったと思われる。

そんな税務署員を次から次に量産してきた事実を、清張は『歪んだ複写』と表現したのではなかろうか。

 

汚職事件には、被害者と云うものが表立って現れない。今回の場合、強いて言えば、一般の真面目な納税者であろうか。

贈収賄は、互いに利益享受者と言える。故に、なかなか立証が難しい。

税務署の場合、賄賂を送る側は、少しでも納税額を少なくしたいのが狙い。

供応を受ける側は、自分の胸先三寸で手心を加えた後、企業側からは相応の金品受領がある。

此れは誰も損をしない、互恵関係が生じる。汚職が無くならない理由とも言える。

 

官僚組織では、明らかな階級制度が存在する。初めからエリートコースの幹部候補生(キャリア)、一兵卒から始まるた叩き上げの人間(ノンキャリ)に大方峻別される。

大概叩き上げは、課長クラスか課長補佐で上がりとなる(定年の事)。

一方キャリアの人間は、初めはから叩き上げの最高ランクと云われる課長補佐あたりの階級が与えられ、出世の途を歩む。両者には大きな違いが存在する。

 

自ずと互いの隔絶が激しく、一兵卒からの人間にすればキャリアは「嫉妬」「軽蔑」「憎悪」「意地悪」の対象。

今作品は、その歪を巧みに描いている。前述した警察官僚も、全く同じ。キャリアは管理者。ノンキャリは実務担当と言える。

今作品では上司である「尾山税務署長」が、崎山課長の前で元税務職員「沼田嘉太郎」を殺害した為、両者の立場が逆転した。

その為尾山は、崎山まで殺さなければならなくなった。

 

追記

 

既に承知の事と思われるが、事件の発端である料亭「春香」のある場所は、新宿界隈と思われる。

中央線、総武線、武蔵境、武蔵小金井、三鷹、吉祥寺などの沿線が登場する為、ターミナル駅となる新宿が該当する。K通りと云うのは、区役所通りであろうか。

 

作品中で登場する東京調布市にある深大寺は、江戸時代から蕎麦で有名な場所。作者松本清張も、個人的に暫し訪れていた。

尚、深大寺は清張作品の映画、1960年作:津川雅彦主演『波の塔』でも使われている。

 

初めは分からなかったが、作品が進むにつれ、中央線沿いというのが、かなり重要な要素を占めているのが分かる。

崎山課長の自宅があるばかりでなく、作品冒頭に登場するあまり関係のないと思われた人物まで、後に関係しているのが意外とも言えた。

 

自分が学生時代、作品で登場する界隈に住んでいて、作品中に登場する地名が、頗る懐かしく感じられた。

当時の記憶を思い出し作品を眺めれば、不思議と地名の様子が頭の中で浮かんで、とても身近に感じた。

 

作品最後の犯人の自白で全貌が明らかとなるが、殺害された横井貞章が呟いた「階段」と云う意味は分かったが、「古物屋」と云う意味は、最後迄分からなかった。

種明かし後、漸く理解できた。

 

(文中敬称略)