時代に翻弄され、止むを得ず犯罪を犯した話 松本清張『ゼロの焦点』

★松本清張 長編小説シリーズ

 

・題名     『ゼロの焦点』

・原作      松本清張

・新潮社     新潮文庫 

・発行      昭和46年 2月

 

登場人物

 

◆鵜原憲一

広告代理店に勤め、現在金沢支店に所属。板根禎子との結婚を機に、東京本社に戻る予定。

最後に残務処理・引継ぎの為、金沢に向かうが、そのまま帰らぬ人となる。

禎子とは36歳で、見合い結婚。戦後2,3回職を変わり、現職に至る。禎子には其れ迄の経歴は、あまり話していない。

 

◆板根禎子(鵜原禎子)

設定では26歳、鵜原憲一とは見合い後、結婚。

夫の最後の金沢出張で上野駅にて出発を見送るが、それが夫を見た最後の姿となる。

金沢で行方不明になった夫の足取りを追うにつれ、其れ迄禎子が知らなかった鵜原のもう一つの顔と過去が明らかとなる。

 

◆本多良雄

鵜原と同じ広告代理店に勤めている。鵜原の金沢支店の後任者。

鵜原が行方不明になった為、禎子に対し何かと尽力してくれる人物。

 

◆室田佐知子

金沢にある室田耐火煉瓦会社の社長夫人。地元では名の知れた、上流階級婦人。

事件が進むにつれ、過去に東京にいた事が判明する。

 

◆室田儀作

室田耐火煉瓦会社の社長であり、佐知子の夫。金沢では名士。

事件が進むにつれ、薄々妻に重大な秘密があるのに気付くが、気付かないふりをして、必死で妻を庇おうとする。

 

◆田沼久子

亡くなった夫が室田の会社で働いていた。その縁もあり未亡人になった後、室田耐火煉瓦で働く。

彼女も過去、東京にいた事があり、事件に重要な関わりを持つ。

 

◆鵜原宗太郎

鵜原憲一の実兄。あまり登場はしないが、物語を進める上で重要な役割を果たす。

 

◆曽根益三郎

田沼久子の内縁の夫。作品中では怪死する。室田耐火煉瓦会社に勤めていたとあるが。

 

作品概要

 

板根禎子は鵜原憲一と結婚した。鵜原憲一は現在、北陸の金沢支店に勤務していた。結婚を機に金沢支店を後任に譲り、東京本社勤務になる予定。

夫は残務処理と引継ぎの為、最後となる金沢に向かった。禎子は夫を、上野駅で見送った。

 

その後、夫は予定日が過ぎても帰京しない。やがて鵜原の会社から連絡があり、禎子は夫が金沢で行方不明になったと連絡を受ける。

憲一が行方不明となり、現地の金沢に向かった禎子に待ち受けていたものは。

 

金沢では禎子が知らない、夫のもう一つの顔があった。

禎子は事件の真相を追求するに連れ、夫とその周囲の人に纏わる、忌まわしい過去、現在の状況を炙りだす結果となる。

 

最後には係わった人間等に、悲しい結末が待ち受けていた。

 

作品経過・要点

 

板根禎子の結婚と夫「鵜原憲一」

板根禎子はOLだった。綺麗な方だが、何故か縁がなく、26歳まで独身だった(当時の社会認識では遅いと思われていた)。

知人に見合いを勧められた後、結婚した。

 

相手の名は「鵜原憲一」。

禎子は36歳まで独身だった事に多少ひっかかりはしたが、そのまま結婚に踏み切った。

鵜原は広告代理店勤務で、現在金沢支店に勤務していた。鵜原は今回の結婚を機に東京本社に戻り、東京で新生活を始めようとしていた。

 

鵜原は後任に金沢支店を任せる為、上野駅にて夜行列車で金沢に向かう予定だった。

禎子は夫を見送る為、上野駅に出かけた。上野駅で禎子が夫を見送る際、夫には何の異常も見られなかった。

※当時の長距離旅行は夜行列車が主流で、出発駅も上野駅。

 

その時みた鵜原の姿が、実は禎子がこの世で見た、鵜原の最後の姿だった。

しかし禎子を始め、その事を知る者は他に、誰一人としていなかった。

 

鵜原を見送った禎子は、新居で鵜原の帰りを待ち続けた。

しかし予定日を過ぎても鵜原は帰京しない。心配で禎子は、鵜原の会社に連絡した。

 

会社側も鵜原の消息がつかめず、途方に暮れている様子。

会社側も金沢支社に連絡するが、金沢支店の話では、鵜原はとうに金沢を出発したとの事。

どうやら夫に何かあったらしい。行方不明のようだ。

 

その報を聞き禎子は、急遽、金沢に向かった。

其の後、話は北陸の石川県を中心に展開されていく。

 

※此処で禎子が金沢に向かう迄の、一つ重要な点を明記しておきたい。それは今後事件の展開に深く関わる話の為。

禎子は鵜原が留守の間、夫の私物を整理していた。その際、何気に鵜原の本の隙間から、二枚の写真が出てきた。

 

一枚は瀟洒な住宅。もう一つは、粗末な見ずぼらしい民家。

 

禎子は対照的な二枚の写真が気になった。

二枚の写真は後に、憲一失踪の重要な手がかりとなる。

 

金沢に到着した禎子

金沢に到着した禎子は、鵜原の後任者の本多良雄に色々世話になる。

本多の話を聞くに従い、禎子は鵜原には自分に何か人に言えない過去を持ち、鵜原の過去が石川に関係しているのではないかと直観する。

 

禎子は金沢に来る迄、自分が抱いていた淡い北陸のイメージは所詮、幻想に過ぎなかったという事を知らされる。

本多から禎子は鵜原の取引き先に耐火煉瓦会社があり、鵜原は社長に大そう気にいられ、度々屋敷を訪れていたという話を聞かされた。

 

禎子は手がかりを求め、耐火煉瓦の社長宅を伺う。

そこで禎子が見たものは。

 

耐火煉瓦会社社長宅にて

禎子と本多は、耐火煉瓦会社社長「室田儀作」の邸宅を訪問した。

訪問の目的は勿論、失踪した鵜原の手がかりを得る為。

 

禎子と本多は室田夫人から話を聞くが、憲一失踪の手がかりとなる話は聞けなかった。

しかし禎子は、或る重大な事に気が付いた。

 

禎子が東京で夫の私物を整理の際、夫の本に挟まっていた二枚の写真の中の一つが、室田社長宅であるのを発見した。

 

社長宅を出た後、禎子は羽咋の海岸にて、夫に背格が似た男の変死体が発見されたのを警察から聞かされた。

夫の死体であるかどうかの確認する為、禎子は羽咋に向かう。

 

確認の末、別人と判明。禎子は再び金沢に戻る。汽車が金沢駅に到着した際、禎子は意外な人物を目撃する。

一瞬だったので確証はなかったが、間違いなければ鵜原の義兄「鵜原宗太郎」の姿だった。

 

翌日の東京からの電話

翌日、東京の禎子の実母から電話があった。

電話の内容は、鵜原憲一が広告会社に勤める迄の経歴。

鵜原は今の会社に入る前、巡査をしていた時期があった。禎子は何か、意外な心持ちがした。

 

禎子が滞在する旅館に、義兄の鵜原宗一郎が訪ねて来た。義兄は京都出張後、心配なので訪ねてきたと話す。

義兄と会話を交わす中、禎子は義兄の奇怪な言動に疑問を抱く。

根拠はないが、どうやら義兄は夫の事について、何か知っている口調だった。

 

帰京する禎子

禎子はこれ以上長く金沢に滞在する訳にもいかず、帰京する。

帰京後禎子は、鵜原が嘗て巡査をしていた立川署の鵜原の元同僚を訪ねる。

 

鵜原は当時立川署で風紀係を勤めており、米兵相手に立ちんぼをしていた女性を取り締まる役目をしていたと聞かされる。

元同僚の話では、憲一は仕事をしている内に自分の仕事に自信が持てなくなり、退官したらしい。

 

禎子が実母に家に着くと、鵜原の嫂(あによめ)から連絡があり、鵜原宗一郎が金沢からまだ戻っていない事実を聞かされた。

その後、まもなく鵜原宗一郎の死亡の知らせが金沢から届く。禎子と嫂の二人は金沢に旅立つ。どうやら宗一郎は他殺の模様。

 

禎子再び金沢へ

義兄に知らせを聞き、禎子と嫂(あによめ)は金沢に向かう。禎子と嫂は金沢署で、義兄は誰かに毒殺されたと聞かされる。

義兄は金沢郊外の旅館にて、人と待ち合わせをしている間、死亡した様子。

 

禎子は義兄の他殺を聞き、夫憲一は何かの犯罪に巻き込まれ、失踪したと確信する。

義兄の死もおそらく、鵜原の失踪に関係したものだろうと推察された。

 

東京に帰る嫂を見送る為、金沢駅に行った禎子は、ひっそり遺骨を抱いて帰る嫂とは対照的に、華やかな見送りの集団に出くわした。

その輪の中に以前、憲一の失踪の件で訪ねた、耐火煉瓦会社の社長夫人「室田佐知子」を見かけた。

 

禎子と室田夫人は挨拶を交わし、鵜原の件で話をする為、後日会う約束をする。

小説中では、禎子がその華やかな集団と自分が、まるで別の世界の様に感じられたと描かれている。

 

まさにそんな心境だったと思う。

自分の夫は行方不明。義兄は毒殺され、義兄の遺骨を持った嫂を駅のホームで見送る。

やりきれない思いだったと思う。人間の陰と陽の対比が、見事に描かれている場面。

 

禎子と本多は室田耐火煉瓦会社の社長室で、室田夫妻と対談した。

憲一の話をするが何の解決の糸口も見えず、虚しく社長室を後にする。

 

禎子は帰り際、受付の女性と訪問した外国人との会話を耳にした。その時禎子は、意外な事に気付いた。

会話をしていた女性の英語があまり綺麗な英語ではなく、ありふれた口語英語だった。

 

※作品中では下等な語彙を使った会話と表現されているが、簡単に言えば、仕事をする際の綺麗(ビジネス的)な英語ではなく、英語圏の人間同士が(ネイティブ)日常会話に使う英語(スラング)のようなものだったのではないかと推測される。

 

田沼久子という女性

禎子の話を聞き、本多は受付の女性を調べた。名前は「田沼久子」。

室田耐火煉瓦に勤めていた内縁の夫「曽根益三郎」を亡くし、最近雇われたらしい。女は以前、東京で働いていた経歴があった。

 

禎子は曽根の死亡が気がかりで、現地に向かった。曽根の死体を検分した医師の話を聞いた後、曽根の自宅に向かった。

現地に着いた時、禎子は自らの目を疑う光景に出くわした。

 

とうとう見つけた。

夫鵜原が半ば隠す様に本の間に挟んであった、二枚の写真のもう一つの家を(勿論、一つは室田社長宅)。

禎子は曽根の話を現地で聞く内に、曽根と言う男のイメージが、何か行方不明になった鵜原の姿と重なった。

 

ほうぼうで聞いた話を繋ぎ合わせると、どうやら曽根という男は、室田耐火煉瓦会社に密接に関係していたらしい。

禎子は頭で彼是考えるうちに、先日話をした室田夫妻の姿がはっきり浮かんできた。

 

能登から金沢に戻った禎子を待ち受けていたもの

能登で色々な話を聞いた禎子は、金沢に戻った。

宿に戻った禎子に待ち受けていたものは、一旦東京に戻った本多の死だった。

 

本多の死の知らせを聞き禎子は、室田夫妻に疑念を持ち始めた。

本多は受付にいた田沼久子を調べている最中だった。

 

久子は禎子と本多が会社を訪れた後、突然姿をくらました。禎子の疑惑は、室田夫妻に向けられた。

禎子が能登まで行き、曽根の事を聞き込みした結果、どうやら全てのベクトルは、室田夫妻に向いていると感じた。

 

そうこうするうちに今度は、田沼久子が死んだ。警察では自殺の可能性が高いという見方だが、禎子は違った。

本多は禎子と二人で室田夫妻の会社を訪ねた際、受付に居た田沼久子の行方を探しに東京に行き、久子らしき人物のアパートで殺されていた。

 

再び帰京した禎子

禎子は一旦、東京に戻った。東京に戻ったのは、禎子が確かめたい事があった為。

禎子の確かめたい事とは。

 

立川で巡査をしていた当時の鵜原の同僚に、田沼久子の顔を確認して欲しいと思った為。

禎子が鵜原の嘗ての同僚に写真を見せた際、写真には僅かだが見覚えがあるとの事。

 

又、同じ写真を持った或る人間が自分を訪ね、同じ事を聞いたと聞かされる。

名刺を見せてもらうと、室田社長と判明。

 

憲一の元同僚の記憶を頼りに禎子は、田沼久子の昔の下宿先にいく。

下宿先の女性の話から田沼久子は、昔立川界隈で立ちんぼをしていた過去が判明する。

 

益々疑惑が深まる室田社長と久子の関係。鵜原宗一郎と本多の殺害方法が酷似している事実など。

数々浮かび上がる出来事は、果たして何を物語るのか。

 

小説中で禎子の疑問解決の糸口は、偶然正月の年始挨拶で訪ねた、亡くなった義兄の家でヒントを得た形となっている。

それはたまたま見た、TVでの座談会の会話の中とされている。

 

ヒントは終戦時の十数年前、米兵相手の立ちんぼが相当いた。

そのまま続けている者もいれば、足を洗い、今では普通の家庭に収まっている者もいる。

なかには相当な教養・教育を身に付けた者もいた。これも時代を反映したものだろうかとの話だった。

ラジオの話を聞いた時、禎子の頭にある考えが過った。

 

禎子、3回目の金沢

禎子は室田夫妻宅を訪れた。

室田夫妻訪問は禎子が金沢を訪れたと同様、既に3回目。

 

あいにく室田夫妻は能登の和倉温泉に逗留しているとの事。

禎子は和倉に向かった。

 

禎子が座談会からのヒントで浮かび上がった人物とは。

田沼久子は間違いない。田沼久子に次ぐもう一人の人物。

それは、「室田佐知子」の姿だった。

 

つまり田沼久子と同様、室田佐知子も嘗て立川界隈で、立ちんぼをしていたのではなかろうか。

久子と佐知子は顔見知りだった可能性もある。

 

そんな二人の過去をしる人物、鵜原憲一が偶然、金沢に現れた。

その時、二人との関係は一体、どうなるであろうか。

 

小説では、久子の過去をしる憲一は、久子と現地で半同棲の生活を送る設定。

曽根増三郎なる人物は、鵜原憲一と同一人物と断定しても良いだろう。

 

室田佐知子の場合、仕事の関係でしりあった可能性が高い。

佐知子は金沢では社長夫人の座におさまり、現地では名のしれた上流婦人として知られていた。

広告営業などで室田耐火煉瓦を訪れ、偶然再会した可能性が高い。立川の巡査時代、顔見知りだった可能性もある。

 

曽根益三郎の変死も納得がいく。憲一も久子との関係を断ち切る為、偽装を計画したとも考えられる。

だが、もし偽装が殺人だとすれば。

 

偽装を唆し(そそのかし)、偽装を利用。殺人を実行した人間がいるとすれば。

そこまでして、自分の過去を隠したい人物とは。

 

憲一の本の中から隠されるような形で挟まれていた二枚の写真が、ようやく一つの線に繋がった。

それを考えれば、久子の死も疑問と言わざるを得ない。

 

本多の他殺は、言うまでもない。

本多の場合、直接佐知子が直接、手を下した訳ではないにしても。

 

そして終末

禎子が室田夫妻に真相を確かめるべく逗留先の旅館を訪ねると、室田夫妻は出かけた後だった。

禎子は夫妻の後を追う。行先は福浦の断崖。

 

※小説では福浦の断崖と表記されているが、おそらく「巌門」と云われる処であろうか。

しばし映画・TV等の映像は、地図では福浦の更に上にある「笹波」と云われる処の、関野鼻海岸「ヤセの断崖」かと思われる。

 

禎子は室田夫妻を追いかけたが、禎子の見た結末とは。

室田儀作がただ一人、ぽつんと断崖の上に立っていた。

 

その瞬間、禎子は全てが終ったと確信した。

室田佐知子は既に室田儀作の手から離れ、遠い処に行ってしまった。

 

室田儀作の話では、佐知子は千葉の裕福な家庭で育ち、高い教養・教育を受けていた。

大学時代終戦を迎え戦後の混乱期、一時期ではあるが、立ちんぼをしていた。

おそらく鵜原憲一と知り会ったのも、この頃だろう。

 

遠い処とは。

荒れ狂う冬の日本海の波のはざまに漂う小さな舟が一艘、禎子の目に入った。

舟はしばらく波間に揉まれていたが、大きな波が舟ごと晒い、やがて小さな塊となり、間もなく見えなくなってしまった。

 

追記

 

読み返して先ず初めに浮かんだ事は、「砂の器」と似ている事であろうか。

犯人が他人に知られたくない過去を持ち、その過去を知る人物が突如、目の前に現れる。

 

過去をしる人物は、決して犯人の過去を理由として強請・たかりをする訳ではない。

只懐かしさのあまりであり、寧ろ好人物の様に描かれている。

 

砂の器の被害者「三木謙一」、今回の「鵜原憲一」も同じ。

以前巡査をした過去があり、事件との関連は、二人が巡査時代の話。

 

砂の器の手掛かりが、「カメダ」と聞かれる被害者が発した訛りのある言葉。

今回の事件解決の糸口は、禎子が室田の会社を訪れた時、偶然聞いた受付の女性(田沼久子)が発したスラングに近い英語。

 

更に戦後の混乱期、砂の器では犯人(和賀英良)が他人と入れ替わる処。

佐知子は混乱期、人に言えない商売をしていた処。

 

犯人にすれば、決して他人に知られたくない忌まわしい過去。

 

犯人は露見するのを防ぐ為、苟も犯罪に手を染めなければならなかった等、色々な処が酷似している。

 

結構戦後の混乱期における、松本清張の特徴と言えるかもしれない。

同じ特徴をもう一つ挙げれば、やはり鉄道であろうか。清張作品には、しばし鉄道が登場するのが特徴。

 

※参考:自分が背負った宿命故、道を踏み外してしまう話 松本清張『砂の器』

 

作品の殆どは石川県が舞台であるが、ほぼ金沢を中心として、石川県を網羅している。

小説を読みながら現地の地図を見比べると、改めて清張の調査・観察力の鋭さが伺える。

 

余程、現地で緻密に調べたのではないかと思える程、現地の地名がふんだんに出てくる。

何か清張自身、深い思い入れがあるのでないかとも思われる。

 

禎子は失踪した鵜原の足取りを追うにつれ、鵜原の知られざる過去、もう一つの顔をしる結果となる。

それは禎子にとり、衝撃だった。しかし此れは室田儀作にとっても、同じ事が言える。

 

物語の主人公は禎子であり、夫の過去を知らず結婚した妻となっている。

実は室田儀作も、全く妻の過去を知らなかった夫。男女が違うのみで、全く同じ構図。

 

結婚すれば互いに夫婦となるが、結婚するまではアカの他人であり、互いに結婚するまでの過去は全く知らない。

何も小説に限らず、現実の社会でも十分起こり得る出来事。

 

上記の事を考えた際、貴方は相手の事をどこまで知っているだろうか。

自分の知らない相手の過去が判った瞬間、果たしてどこまで受け入れる事が出来るか考えさせられた。

今回作品を読み終え、ふとその様な考えが頭に浮かんだ。

 

(文中敬称略)