ベトナム戦争の意義を問いかけた名作 『ディア・ハンター』

秀作揃いの1970年代、アメリカ映画。

数々の秀作の中、一際目立つ映画が誕生しました。

 

今までタブーとされていた、ベトナムを扱った映画。

ベトナム戦争の意義を問う映画とも言えます。

 

今回ベトナム戦争をテーマに取り上げ、当時のアメリカ社会に様々な疑問を投げ掛けた作品を紹介します。

 

・題名     『ディア・ハンター』

・公開     1978年米国

・製作     ユニバーサル社

・監督     マイケル・チミノ

・脚本     デック・ウォッシュバーン

・音楽     スタンリー・マイヤーズ

・原案     マイケル・チミノ

 

出演者

 

◆マイケル  : ロバート・デニーロ

言わずと知れた名俳優。出演した名作、数知れず。

本人曰く、「この作品は自分でも思い入れがあり、もう一度あの演技をしろと言われても二度とできない」

と言わしめた。

それだけ迫力があり、鬼気迫る演技だった。私もそう思う。

劇中では、ほぼ主人公的な役。皆の兄貴・リーダー的存在。

 

◆リンダ   : メリル・ストリープ

今ではハリウッドの大御所。当時は新人として出演。若き日の彼女が見れる。

劇中では、ニックの恋人役。出演女性陣では主役級の扱い。

マイケル、ニックの間で微妙な位置を振舞う。

 

◆ニック   : クリストファー・ウォーケン

マイケルのルームメイト役。親友の一人でニックの陰に隠れがちだが、劇中では大きな役割を果たす。

陰の主役かもしれない。

 

◆スタン   : ジョン・ガザル

劇中では、少し気弱でそそっかしい役を演じる。「ゴッド・ファーザー1、2」では、ドン・コルレオーネの次男として出演しているのは、あまりにも有名。

当時出演者のメリル・ストリープとは、実際に婚約していた。

 

しかし撮影時ガンを患っており撮影終了後、映画の公開を見届ける事なく、この世を去る。

去年42歳。この作品がガザルの遺作となった。

 

◆ジョン   : ジョージ・ズンザ

◆アクセル  : チャック・アスペグレン

◆スティーブン: ジョン・サべージ

供にマイル、ニック、スティーブン、スタンの親友たち。遊び仲間、悪友とも言える。

マイケルが帰還後、互いに距離感を感じる。

互いにそれを意識しないよう気を遣うが、反ってぎこちなさが露わとなり、益々距離を広めてしまう。

 

◆アンジェラ : ルタニヤ・アルボ

マイケルの仲間の女友達の一人。劇中では、スティーブンとの結婚で花嫁役を演じる。

華やかな披露宴が、そのままマイケル・ニック・スティーブン等の出征の壮行会を兼ねていた。

 

その後場面は、ベトナムでの悲惨な戦闘シーンに切り替わる。

つまり映画は披露宴の華やかさ、戦場での悲惨さの対比を見事に描いている。

 

あらすじ

 

田舎で何の屈託もなく生きていた青年たちが、志願兵となり、ベトナムに出征。

戦争が本人を含め、その周りにいる人々全ての人生を大きく変えてしまう物語。

 

こう記せば「単なる戦争映画」と思う人がいるかもしれない。

確かに戦闘シーンも存在する。

しかし劇中では、此の映画内に止まらず、映画史上でも有名なシーンが登場する。

 

しかし最大の見処はやはり、帰還後の人間関係。

出征前後では、社会情勢・国民世論・人間的環境が一変している。

その対比が見事に描かれている。

 

月日が経つに連れ、人も社会も変わってしまう様子を、見事に描いた作品と云える。

 

作品経過・要点

 

映画の一番印象的なシーンは、なんといっても戦場で無理やりやらされる、

「ロシアンルーレット」。

このシーンは、劇中で3度ほど登場する。

 

・一回目は戦場で捕虜となり、敵に無理やりさせられ繰り広げられるシーン。

・二回目はニックがベトナムから帰還後、友人と鹿狩りにいった時の山小屋。

・三回目が最も有名且つ、印象的なシーン。マイケルとニックの最後の対決。

 

「ワンショット」英語表記すれば「one shot」。

つまり一発、一発で仕留め、一発で終わるという意味。

 

此の言葉が、映画のキーワード。

この言葉は、劇中最後マイケルとニックがロシアンルーレットで対決。

ニックが命を落とす最後の場面にも登場する。

 

最後の壮絶な場面は、映画史上でも有名なシーン。

初めは意味が分からなかったが歳を重ねるに連れ、漸く意味が理解できた。

理解できた事により、益々映画に深みが増し、生涯忘れられない映画となった。

 

映画の良い処は、初めてみた時は理解できなかったが、歳を取るに連れ、内容が理解できるようになる事。

 

人間が年を重ねるに連れ、人間にも深みが増し、次第に物事の本心を的確に捉える事ができる様になったと言えるかもしれない。

人間的成長とでも云えばよいであろうか。

 

簡単に言えば、子供の頃分からなかった事が、大人になって理解できるようになったと言う事。

更に数年後に見直せば、又新たな発見が見い出せる。

それが映画の良い点であり、まさに醍醐味。

 

大昔の幼少期に初めて地上波で見た際、あまりにも内容が難し過ぎて、全く理解できなかった。

2回目に見たのは、10代半ば。

その時も意味が分からず、挫折した。

流石に二回挫折した為、既に嫌気がさし、映画の存在すら忘れていた。

 

30歳を過ぎた頃、たまたま当時まだ存在したレンタルビデオ店にて、目に留まった。

昔挫折した苦い経験の為、思わず見るのを躊躇ったが、その時は何故か敢えて挑戦してみる気になった。

 

あまり気乗りしない映画鑑賞だったが、物語が進むにつれ、知らぬ間に自分が映画に引き込まれていくのを自覚した。

 

「雷に打たれた」とでも言うのだろうか。

 

それ程、強い衝撃を受けた。

 

この時初めて、映画の素晴らしさが理解できた。

同時に漸く内容が咀嚼できた、と自分で納得した。

歳を重ねた為、初めて映画の節々に、様々な要素が含まれているのが分かった。

 

例を挙げれば、

結婚式の前、マイケルとニックが鹿狩の準備をしている際の会話。

 

マイケルが、

 

「鹿は一発で仕留めなければならない。一発でなければ意味がない」

 

とニックに告げる。

これは後のベトナムで、二人の「未来」を暗示する言葉。

 

同じくニックが

 

「自分は木が好きなんだ。木は同じ様に見えるが、よく見れば一つ一つ違う。人間も同じ。一人一人の生き方、進む道も違う」

 

と述べる。

此れは戦争後の、二人の「運命」を暗示する言葉。

 

この時の二人の会話は劇中において、とても重要な意味をなしている。

 

結婚式後、出征前の最後の鹿狩りを楽しむ為、皆で山に行く。

その場でマイケルとスタンが軽く衝突する。

 

陽気にはしゃいでいるように見えたマイケルだったが、実はベトナム行きの漠然とした不安が彼の頭をよぎり、気持ちが高ぶっていた。

 

マイケルが鹿を一発で仕留め、鹿が哀しい目をして倒れる。

実は倒れた鹿は、自分達の将来の姿だった。

 

しかしマイケルを始め、その場にいた人間は、誰一人としてその事を知る由もなかった。

 

ベトナム出征前、ニックがマイケルに語った言葉

ベトナム出征前、ニックがマイケルに語ったもう一つの言葉。

それは披露宴の喧騒後、ニックとマイケルが二人きりになった際、ニックがマイケルに呟く。

 

ニックがマイケルに対し

 

「自分は此の生まれた町が好きだ。友よ、どんな事があろうとも必ずベトナムから俺を此処に連れ帰ってくれ」

 

と呟く。

 

此のセリフは伏線であり、映画のラストシーンにも繋がる。

 

披露宴と壮行会を兼ねたパーティー後、マイケル・ニック・新郎のスティーブンは出征する。

 

ベトナムでは想像を超えた、過酷な状況が3人を待ち受けていた。

詳細は省くが、3人の経緯を述べれば、

 

・マイケルは兵役期間を終え、帰国する。

・ニックは自ら軍を抜け出し、ベトナムで行方不明となる。

・スティーブンは捕虜から脱走の途中、足に大ケガを負う。

 それが原因で、一生車イス生活を余儀なくされる。更に精神に軽い障害を来す。

 

帰還後、マイケルの周囲と社会的環境の変化

マイケルは兵役を終え、故郷に帰還した。

マイケルの帰りを待ちうける故郷の人々は昔と変わらず陽気に振舞い、マイケルの帰宅を待ち侘びる。

 

しかしマイケルは違っていた。

マイケルの心を象徴するかの如く、マイケルは皆が待つ自宅の前をタクシーで通過する。

 

マイケルは、そのままモーテルで一夜を明かす。

その時のマイケルの切ない表情が何とも言えない。

 

自分だけが帰ってきた罪悪感。或いは、居た堪れないと云うか、やりきれないとでもいうのか。マイケルの心には、色々な思いが交錯。逡巡する。

 

此の場面は、デニーロが傷ついたベトナム帰還兵の姿を、見事に表現している。

又、その時流れる音楽も、実に切ない。音楽に関しては後述したい。

 

マイケルは財布の中から、一枚の写真を取りだす。

写真は人物は紛れもなく、リンダだった。

 

私は此のシーンの意味が分からず、過去に何度も考えた。

初めはベトナムで行方不明になった、ニックが所持していたリンダの写真かと思ったりもした。

 

しかし何回も見直した末、漸く写真は、マイケル本人が所持していたモノ(リンダの写真)だと理解した。

 

ニックとリンダは、恋人同士だった。

しかし実は、 マイケルもリンダを慕っていたのだと 、漸く理解した。

 

リンダに惚れていたからこそ、マイケルは結婚式の前(スティーブンの結婚式)、その後の披露パーティーでリンダに対し、あの様な態度・行動をとったのだと、改めて理解した。

 

モーテルで一夜を明かしたマイケルは、皆が帰ったのを見計らい、こっそり自分の家(留守中、リンダが住んでいた)に帰った。

 

リンダを驚かすように。

そして何か、遠慮がちに。

 

マイケルの心中を象徴するかのように、マイケルの帰還を歓迎する横断幕が、心なしか傾いているのが見える。

 

リンダは歓迎してくれるが、マイケルはまだ何かしっくりせず、よそよそしい。

本人も劇中で述べているが、

 

「まだ馴染めず、何処か遠くにいるようだ」

 

しかし歓迎している様に見えて、実はリンダも同じ心境だった。

 

帰還後、マイケルの葛藤

帰還後、マイケルは嘗ての自分を取り戻そうと友人、昔の職場、遊び場を巡る。

しかしマイケルは何故か、昔の様に心底楽しめない。

 

出征前の米国社会、帰還後の米国社会の状況の変化が影響していたのかもしれない。

出征前後では、アメリカ世論に大きな変化が訪れていた。

マイケルは身体は無事であったが、心に深い傷を受けていた(トラウマを抱えていた)。

 

マイケルはベトナムで足にケガをしたスティーブンが既に帰国。

車イス生活を余儀なくされている事を仲間から聞かされた。

 

更にスティーブンは精神は病み、退役病院で入院しているとの事。

追い打ちをかけるように夫と同じく、花嫁も精神状態が良くないのを知る。

 

マイケルはスティーブンと再会する為、病院に向かう。

久し振りに逢った友だが、其処いるのは、

 

昔の自分が知るスティーブンでなく、心身ともに疲れ、変わり果ててしまった友の姿だった。

 

スティーブンを見たマイケルは、更にに傷ついてしまう。

 

マイケルは

既に自分は昔の自分ではなく、更に友人、そして周囲の人々の心と環境が、以前とはまるで異なってしまった現実

をまざまざと知らされた。

 

軈て過去と現在の違いをはっきり自覚させる、決定的な出来事が起こった。

それは出征前、友と供に楽しんだ鹿狩りのでの出来事。

 

鹿狩りでの出来事

マイケルは出征前と同様、鹿狩りに出かけた。

出征前と比べ、何かしっくりしない。何か違う。

 

しかしマイケルは以前と違うのは、嘗て親しんだ山の大自然ではなく、自分自身である事に気づかされる。

 

象徴的なのは、マイケルが鹿を追い詰め、以前の様に一発で鹿を仕留めようとした時。

マイケルは鹿を崖に追い詰めたが、撃つの躊躇う。

何故か以前の様に鹿が撃てない。

 

やがてマイケルは諦めたかの様に鹿を撃つのを止め、態と狙いを外し、弾を発射する。

何故、その様な行動を取ったのか。

 

それは撃とうとする鹿が、ベトナムでの自分の姿と重なった為。ベトナムではマイケルも、敵から追われる立場(狙われる立場)だった。

 

鹿はマイケルの心境を見透かしたかの様に、悠々とその場を立ち去る。

恰も、「もう撃たれる心配はない」と確信するかのように。

 

鹿がまるで

 

「お前はもう、私を撃てないだろう。何故ならお前は、以前のお前とは違うからだ。変わってしまったお前が、以前のように私を撃てる訳ないだろう」

 

と述べているかの様に。

 

崖の上で鹿がマイケルと対峙した際、少なくとも私には、鹿がそう叫んでいる様に見えた。

 

マイケルも鹿の言葉を自覚するかの様に、「Ok」と叫んだのは、鹿と自分自身に対する問いかけだったのではないか。

 

鹿狩りでは、もう一つ重要なシーンが存在する。

それは鹿狩りの後、山小屋で仲間と過ごした時の出来事。

 

アクセルがスタンを揶揄う。

腹を立てたスタンが、実弾入りの銃をアクセルに向ける。

 

マイケルはスタンが、アクセル銃を向けた場面を目撃。

その場面は、嘗て自分がベトナムで味わった苦い記憶を蘇らせてしまった。

 

マイケルは烈火の如く怒り出す。

冗談でも実弾入りの銃を人に向けたスタンに対し、マイケルは怒る。

スタンの銃を取りあげ、実際に実弾を一発込め、ロシアンルーレット形式でスタンめがけて引き金を引いた。

 

幸い一発目は空砲で、実弾は発射されなかった。

しかし二発目には、実弾が込められていた。

二発目は屋根に向けて発射された。

 

明らかに今のマイケルは、以前のマイケルとは違った。

マイケルと旧友と間に、深い溝ができてしまったのを象徴するシーンと思われる。

 

狩りが終わり、マイケルの家に着いた時、皆が無言で立ち去る。

皆が何か、やるせない心境だった。

そして映画は、悲惨な結末を迎える。

 

ニック、再びベトナムへ

故郷に戻るが、なかなか嘗ての自分を取り戻せないマイケル。

そして場面は再びベトナムへ。

 

理由は、マイケルがスティーブンを見舞った際、スティーブンの許にベトナムから毎月、謎の送金がある事実をマイケルが知った為。

 

マイケルはニックがまだベトナムで生きていて、送金しているのだと確信した。

マイケルは再び、ベトナムに飛んだ。

 

マイケルはベトナムで苦心の末、漸くニックと再会。

しかし其処には、自分が嘗て知る陽気な親友のニックではなかった。

 

其処にいるニックは、命と引き換えにロシアンルーレットの賭博に興じ、金を得る変わり果てたジャンキ―(麻薬中毒者)の姿だった。

 

マイケルは昔の友の記憶を取り戻そうと試みる。

自らの生命を賭け、ニックとロシアンルーレットの勝負に挑む。

 

プレーの最中、マイケルは涙ぐみ、優しくニックに話かける。

しかしニックは既に麻薬に冒され判断がつかず、マイケルを敵と思い、問いかけに応じない。

 

会話の中でマイケルは

「出征前、ニックがマイケルに話した、山の木の話をする。そしてワンショット

と呟く。

 

マイケルの必死の問いかけにニックは、漸く僅かながら遠い過去の懐かしい記憶を思い出した。

 

ニックはかすかに微笑み

「ワンショット」

と呟く。

 

マイケルはその言葉を聞き、

そうだ「ワンショット」だと再び呟く。

 

漸く、ニックが記憶を取り戻した。

マイケルはニックに優しく微笑みかける。

ニックもマイケルに微笑みかける。

 

しかし次の瞬間、ニックはマイケルの制止を振り切り、銃のトリガーを弾いた。

冷酷にも弾丸が発射され、ニックは頭が血塗れになり絶命する。

マイケルは泣きながら、血塗れのニックを抱き寄せる。

 

ニック、変わり果てた姿で故郷に帰る

ニック、故郷に帰る。

但し遺体となり。

 

重々しい雰囲気の中、ニックの葬儀が執り行われた。

葬儀後、しめやかにジョンの店で、ニックを偲ぶ会が催された。

 

準備をしている最中、皆が何故かギクシャクし、よそよそしい。

其処には、嘗ての無邪気で陽気な仲間の姿はなかった。

 

そんな重苦しい雰囲気に耐えかね、皆の心を代弁するかの様にアンジェラが呟く。

 

「何て憂鬱な日なの」

 

アンジェラの言葉が、居合わせた皆の心に突き刺さった。

 

気まずい雰囲気を察し、ジョンがアメリカの第二の国歌と言われる「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌い出した。

 

暫く皆は黙って聴いていたが、やがて何か思い出したかの様に皆が一斉に唱和した。

それは国家に対する賛美ではない。

ただ現在の彼らの心境を示したものに過ぎない。

 

自分たちのルーツはロシアだが、今は既にアメリカ国民である。

又、単純にニックの鎮魂の意味もあろう。

 

戦争が戦場に赴いた人間はおろか、その周囲にいる人々の人生まで大きく変えてしまった事への「やるせなさ、切なさ」とでも言うのであろうか。

 

しかしそんな辛い体験をし乍ら、生き残った人間は生きていかなければならないという厳しい現実。

 

歌い終えた後、マイケルが「ニックへ」と呟く。

皆で哀しい乾杯をした後、映画は終幕を迎える。

 

エンディングにスタンリー・マイヤーズの「カバティーナ」が流れる。

映画全体を表すかの様な「優しく、切なく」、心の襞を抉る様な曲調。

曲はオープニングでも流れている。

 

此の曲が流れた瞬間、私は一瞬にして全ストーリーが頭を過り、其の後、冷静に映画を見る事が出来ない。

それ程、印象深く、もの悲しい曲。

 

私にとり映画と曲が、一生を共にするものとなってしまった。

当に「遅れて来た名作」と言えるかもしれない。

 

年齢を重ねなければ分からない程、深く重いテーマ。

当時の歴史・社会的背景を知らなければ、理解できない映画だった。

私とすれば、今後も事ある毎に思い出し、見続ける映画になった。

 

追記

 

以上で内容に関する感想は終了ですが、映画をより深く理解する上で、若干の補足させて頂きます。

 

①鹿狩りについて

アメリカ社会では、鹿狩りが一種のスポーツとして定着している。

特に若者に人気がある。賛否両論はさておき、遊びの一つとして認識されている。

 

②劇中で暫しロシア系文化が登場する事について

結婚式でのロシア正教会、披露宴でロシアのカチャーシャ、コサックダンス等が見られる。

理由として登場人物たちが、ロシアからの移民として設定されている為。

 

おそらくロシア革命後、アメリカに移民してきたコミュニティと推測される。

鹿狩りでの乾杯の際、ロシア語で叫んでいるのは、その為。

おそらく、3世代目に当たるのではないか。

 

因みに、最後に「ゴッド・ブレス・アメリカ」を謳う理由は、前述したが

「私達はロシア移民でルーツはロシア。しかし、今はアメリカに在住している」。

の意味合いと思われる。

 

その為、今後いかなる事があろうとも、アメリカ国民としてアメリカ社会で生きていくという決意の表れとも見れる。

 

判断の理由として、最後にマイケルが苦笑いして乾杯の音頭をとる際、今迄のロシア語の「乾杯」ではなく「Here’s to Nick」(ニックに乾杯)と英語で呟いている。

参考までに、ジョンの「Toast」も英語で乾杯の意味。

 

③劇中でよく流れる曲

酒場・披露宴後のパーティーで流れる曲は、「Can’t Take My Eyes Off You」。

日本語訳「君の瞳に恋してる」:フランク・ビリー版。

 

謂わずと知れた名曲。

この歌のもつ明るさ、陽気さが反ってこの映画の内容に相反し、見事なコントラストを描いている。

曲は数えきれない位、何人もの歌手にカバーされている程、有名。

おそらく一度や二度、聴いた事があると思われる。

 

最後に冒頭でも述べたが、映画公開後、当時のアメリカ社会では話題となり、数々の賞を獲得した名作。

年配の方なら、一度は目にした映画だと思う。

 

昔は地上波TVで映画が放送され、暫し年末年始、TVの番組編成時、盆休み、ゴールデンウィーク等で放送されていた。

何故かと言えば、それだけ映画が長く、同時に重厚なテーマであった為。

 

(文中敬称略)