裁判制度「一時不再理」を利用した話 松本清張『一年半待て』

★松本清張シリーズ 短編小説

 

・題名      『一年半待て』

・新潮社      新潮文庫  傑作短編小説 【張込み】内 

・発行       昭和40年 12月発行

 

登場人物

 

◆須村さと子

夫殺しの罪で裁判の末、服役する女性。さと子の夫は同じ会社に勤めていたが、梲が上がらない平社員。

あまり有能でない為、不景気のおり、会社から人員整理で馘首(かくしゅ)される。

馘首後、夫は他の会社に勤めるも長続きせず、終にさと子の稼ぎを当てにし出す。

 

さと子は保険外交員となり、契約を伸ばす。仕事の関係でダムの技師「岡島久男」としり合い、恋仲となる。

さと子は岡島と一緒になる為、夫の存在が邪魔になり、夫の存在を排除する策略を巡らす。

夫を排除する為、さと子が編み出した策略とは。

 

◆須村要吉

須村さと子の夫。さと子より学歴がなく、会社では梲が上がらない万年平社員。

会社の人員整理で、あえなく馘首(かくしゅ:クビを斬られる事。解雇)。

再就職をするも長続きせず、さと子のヒモの同様の生活を送る。

 

終いに、さと子の稼ぎを当てにし、さと子の金で飲みに行く体たらく。

挙句に、さと子の友人脇田静代と関係を持ち、さと子に殺害される。

 

◆脇田静代

須村さと子の友人。夫に先立たれた、未亡人。小料理屋を営む。

さと子の引き合わせで、さと子の夫と深い仲になる。

 

◆高森たき子

女性側に立つ、新進の社会評論家。さと子の事件を知り、さと子に同情。

世論を焚き付け、さと子の情状酌量を勝ち取る為、奔走する。

 

高森たき子の働きが功を奏したのか、さと子は思惑通り裁判で情状酌量を勝ち取る。

結審後、高森たき子は、さと子の関係者と名乗る岡島久男の訪問を受けた。

高森は岡島からさと子との関係を聞き、漸く事件の真相を知る。

 

◆岡島久男

東北のダム工事現場で働く技師。工事現場の保険営業に遣って来た須村さと子と出会い、恋仲となる。

さと子が事件を起こした後、弁護を引き受けた高森たき子の事務所を訪ね、真相を語る。

 

作品概要

 

須村さと子は戦時中、男性社員不足で雇われた女性社員。

戦後男性が会社に復帰。人員過剰となり、会社を解雇された。

解雇はされたが、須村さと子は在職中、自分より学歴は低い須村要吉と結婚した。

 

結婚後、二人の子供に恵まれたが、夫は梲(うだつ)が上がらない万年平社員だった。

その為、会社が業績不振に陥った際、あっけなく人員整理の対象とされた。

 

馘首(かくしゅ)された要吉は、再就職するも長く続かず、遂に家で飲んだくれる有様。

仕方なくさと子は勤めに出て、保険外交員として働く。

 

外交員として働くさと子は、仕事を卒なく熟し、生活は徐々に楽になった。

楽になるにつれ、要吉は益々怠惰になった。

 

仕事を続けていく中、さと子は仕事先と知りあった「岡島久男」と恋仲となる。

さと子はあくまで自分は未亡人だと嘯(うそぶ)いていたが、次第に岡島に惚れてしまう。

さと子は次第に要吉の存在が邪魔になり、排除しようと企む。

 

半年かけ、夫との交渉を絶つ。交渉を経った半年後、自分の旧友で未亡人の脇田静代を紹介する。

案の定、半年後に二人は深い関係となる。さと子は夫に対し、静代との関係を詰る。

 

さと子に詰られた夫は逆上。さと子に暴力を振るう。

仕方なくさと子は、夫を殺害するという筋書き。

 

世間は夫の殺害に至った、さと子に頗る同情的。世間に名の知れた女性評論家も、さと子に同情した。

女性評論家は世論の喚起を促し、裁判をさと子に有利となるよう画策する。

 

裁判の結果、さと子は情状酌量の余地ありと見做される。

半年後、3年懲役の2年間の執行猶予付きの判決が下る。

 

さと子が夫の殺害計画から終了まで、約1年半。

見事に計画が達成された瞬間だった。

 

綿密に行われたさと子の計画にも、たった一つ誤算が生じた。

それはさと子を未亡人と思い彼女に求婚した岡島が、さと子の企みに気づき、心変わりした事だった。

 

要点

 

清張作『一年半待て』は、裁判における「一時不再理」の制度の悪用を見事に描いている。

裁判制度の不備・欠陥を晒した作品。

 

一時不再理とは、一度裁判で事件の判決が結審すれば、其の後被疑者にとり不利な事実・証拠が出ても、決して追加して遡及される事はないと云う裁判上の決まり。

 

さと子は離れたくても離れてくれない夫を、自らの手で殺害。

殺害するまでの経緯を世間に公表。世間の同情を煽り、世論を喚起させた。

結果、見事に情状酌量を勝ち獲る。

 

さと子の思惑は、巧妙になされていた。世論を自分に有利な方向にもっていく為、著名な女性評論家を味方につけ、裁判に臨んだ。

その女性評論家は現代社会における、「女性の地位向上」を目指す運動を手掛けていた。

大昔の言葉で言えば、「ウーマン・リブ」であろうか。

 

その運動が功を成したのか、判決はさと子に有利なものだった。

当然さと子は控訴せず、一審判決を受理する。

 

検察側も意義申し立てもせず、裁判は結審に至る。

裁判結果は、3年の懲役。情状酌量にて、2年の執行猶予がついた。

 

何故、1年半なのか。

結審の1年半前からさと子は、夫との関係を拒み始める。

 

半年後、さと子の友人の未亡人である脇田静代を、故意に夫に引き合わせる。

さと子の計画通り、夫(要吉)と静代は深い関係になる。

 

さと子は世間に対し、要吉が「如何にダメ夫である」と云う印象を植え付けるのに成功。

その後、夫を殺害。

 

事件後、さと子は自首する。

さと子は世間から同情を浴び、半年の裁判の末、情状酌量を勝ち獲ると云う手筈。

 

しかし綿密に計画された企みにも、反故が生じた。

夫の亡き後、一緒になろうとしていた男がさと子の計画を知り、心変わりをした事。

結審後、さと子が一緒になろうとしていた岡島は、さと子の企みに気付き、さと子から離れていった。

 

追記

 

今回は短編小説であるが、かなり有名な作品。過去TV、映画等で何回もリメイクされている。

 

明治以降、裁判制度が発足して既に何年も経過している。

発足当初に比べ、今ではかなり時代背景が異なるが、裁判制度はそれ程変わっていない。

今回のテーマである「一時不再理の原則」も、然程変化はない。

 

未だに日本の司法制度が、前近代的な事と決して無縁ではなかろう。日本の司法制度は未だに、戦前から殆ど変化がない。

幾つかの法律は、既に時代にそぐわないモノもある。どれだけ批判を浴びても、一向に変わる気配はない。

 

作品は既に50年以上を経過しているが、未だに作品は色褪せる気配はない。

何度もリメイクされている事実を鑑みても明らか。矛盾が解決していない証拠と言える。

 

作中にて登場する評論家の高森たき子は、声高に「男女平等・同権」「女性の社会的地位向上」を叫ぶ、現代の女性評論家と全く同じ類であろうか。

作中では、同じ女性にまんまと利用されているのが何か滑稽に見える。

 

清張は権利ばかりを主張すれば、反って悪用されるおそれがあるのを皮肉ったのかもしれない。

此れは決して登場する女性評論家のみ限らず、どの事柄にも当て嵌る事だが。

 

(文中敬称略)