税金を喰いモノにする地方行政 松本清張『紙の牙』
★松本清張 短編小説シリーズ
・題名 『紙の牙』
・双葉社 双葉文庫
・発行 2016年12月 松本清張ジャンル別作品集『社会派ミステリー』内
目次
登場人物
◆菅沢圭太郎
地方のR市の市役所厚生課に勤める。役職は課長。
或る日、菅沢は愛人昌子と供に、関東近郊の温泉街に投宿する。
ふとした不注意で愛人と一緒にいる処を、R市の明友(市政)新聞記者の高桑久雄に目撃される。
其の後菅沢は、高桑の紹介でやってきた梟印株式会社の小林に便宜を図る。
便宜を図った理由は、やはり高桑に弱味を握られた為。
秋頃、同じ市政新聞の記者の梨木宗介に、便宜を図った事実を嗅ぎつけられる。
菅沢は梨木に脅迫され、金品を強請(ゆす)られる。
梨木の要求は更にエスカレート。菅沢は、にっちもさっちもいかなくなる。
進退窮まった菅沢は或る行動をとり、自らの過ちに決着をつける。
◆昌子
菅沢課長の愛人、バーに勤める女給。或る日、菅沢と関東近郊の温泉に投宿する。
投宿先でR市、明友新聞記者の高桑久雄に出くわす。
◆高畠久雄
R市、明友新聞(市政新聞)の記者。
市政新聞とは名ばかりで、或る事、無い事、ゴシップを書きたて、市から広告料・協賛費の名目で金を踏んだくるのが目的の媒体。
関東郊外の温泉街でR市厚生課課長、菅沢圭太郎が愛人を引き連れ、投宿しているのを目撃する。
強請りのネタとして、菅沢課長にいろいろ付け入ろうと企む。
◆小林智平
梟印殺虫剤株式会社の常務。
明友新聞高桑の口利きで自社製品をR市に売りつける為、菅沢厚生課長を訪れる。
品質はあまり良いシロモノではなかったが、菅沢課長が高桑に弱味を握られたのを盾に、R市に対し、まんまと自社製品の殺虫剤の売り込みに成功する。
◆梨木宗介
R市、報政新報(市政新聞)の記者。
明友新聞と同じく或る事、無い事、ゴシップを書きたて、市から広告料・協賛費の名目で金を踏んだくるのが目的の媒体。
或る日、菅沢厚生課長が明友新聞の高桑に弱味を握られ、便宜を図った事実を嗅ぎつける。
それをネタに菅沢課長を強請り始める。
さんざん菅沢を強請った挙句、菅沢からもう金がとれないと分かると、今迄の菅沢の行為を報政新聞に書き立て、世間に暴露する。
◆大沢充輔
R市、報政新報の社長。市政新聞を営む傍ら、次期市議会選挙での出馬を狙う。
◆江藤良吉
R市の市議会議員。R市に苛性ソーダ工場の誘致に躍起になる。
工場建設の為、海が汚染されると大沢の報政新聞に叩かれる。
しかし実は陰では、大沢と手を組み一儲けを企んでいた。
二人は反対運動を利用した、互恵関係だった。
◆田口幸夫
R市役所厚生課の係長。菅沢の部下に当たる。
入社の僅かな違いで菅沢より下の地位に甘んじているのが、お面白くない。
何時かにつけ菅沢を蹴落とそうと、虎視眈々と狙っている。
あらすじ
菅沢圭太郎は地方R市、市役所厚生課に勤める課長。
菅沢は或る日、関東近郊の温泉街に愛人昌子を伴い、宿泊した。
菅沢は昌子との関係が発覚するのをおそれ、常に注意を怠らなかった。
しかし今回は地元でない事、温泉街の解放感で、不覚にも昌子と一緒に宿着のまま外出した。
菅沢は不運にも昌子と一緒にいる処を、R市の市政新聞の記者(高桑)に目撃された。
菅沢は高桑に目撃されたのが気懸かりだった。
菅沢が戦々恐々とした日々を送っていたが、遂にその日がやってきた。
梟印株式会社という害虫駆除の小林という人物が、高桑の紹介という名目で菅沢を訪ねてきた。
市は毎年、害虫駆除の為、各所帯に殺虫剤を頒布していた。
小林の目的は、市役所が市民に配る殺虫剤の納入に食い込む事。小林は高桑の口利きで、菅沢を訪ねて来た。
つまり菅沢は高桑に弱味を握られた為、無下に高桑の口利きを断れないとの算段。
小林は高桑と結託して、市に自社製品を購入して貰うが目的だった。
市が梟印株式会社の製品を買い上げた際、口利き料のリベートが梟印株式会社から高桑に支払われるのは明白。
菅沢は製品の質が良くないと知り乍、独断で市の税金を使い、梟印の製品を購入した。
あまり効き目がないのを誤魔化す為、菅沢は梟印の殺虫剤を市中ではなく、郊外に頒布されるように細工も施した。
夏が過ぎた秋頃、菅沢は高桑と同じ市政新聞記者の梨木宗介に声を掛けられた。
梨本が話があると言う為、菅沢はしぶしぶ喫茶店にいった。
喫茶店には、梨木が勤める市政新聞社の社長、大沢充輔がいた。
どうやら大沢と梨木は、菅沢が同じ市政新聞の高桑に弱味を握られ、便宜を図った事実を嗅ぎつけた模様。
それからは菅沢の地獄の始まり。梨木は菅沢に金品を要求した。
所謂、「強請り」である。
菅沢は仕方なく、梨本の強請りに応じてしまう。梨木の要求は徐々にエスカレート。
菅沢は借金した挙句、これ以上梨木の要求に応じる事ができず、遂に梨木の要求を突っぱねた。
梨木はさんざん菅沢から金を踏んだ食った末、今迄の菅沢の洗いざらいの不正行為を市政新聞に書き連ね、世間に暴露した。
梨木は「社会正義」の名目で、菅沢を叩いた。
市政新聞に叩かれた菅沢は進退窮まり、他所の寂しげな場所で自殺する。
菅沢の自殺後、梨木はやり過ぎた行為を社長の大沢に叱責される。しかし梨木は反省する処か、逆に社長の大沢を脅迫した。
大沢は苛性ソーダー工場誘致の件を新聞で叩く振りをして、地元漁民の反対運動を煽りる。
しかし陰では、工場誘致の手引きした市会議員(江藤良吉)と結託していた。
工場を設立する企業から、賄賂までを取っていた。その事実を部下の梨本に尻尾をつかまれ、逆に脅された。
公金である税金を喰いモノにする典型的な例。
因みに菅沢課長の汚職を市政新聞に垂れ込んだのは、同じ厚生課に勤める田口係長だった。
田口は菅沢の僅かばかり後に入社した為、位が菅沼より下だった。
それを嫉妬して、田口は梨木と手を組み、菅沼失脚を企んだ。人間とは何と、浅ましい生き物であろうか。
要点
作品は地方政治が舞台だが、実は地方も中央も左程変わりはない。規模が違うのみ。
松本清張は地方行政を利用した、公金の私的利用の杜撰さを小説で描いている。
地方行政の矛盾に加え、市民正義を名乗りながら、実は集り屋(たかりや)的存在の市民新聞の在り方に鋭くメスを入れている。
市民行政の在り方に難癖をつけ、広告料・協賛金という名目の下、市役所の各課に買い取りを要求する。
紙の暴力とも云える。
市役所各課が市政新聞を買い取る金は勿論、市民の税金(血税)。
賄賂を贈る企業と、何ら変わりはない。
贈収賄は互いが受益者であり、敢えて言えば被害者は市民と云える。
市民新聞は市民の味方を標榜し乍ら、実は「自分たちの私利私欲為」に行動しているに過ぎない。
本当に市民の為であれば、見返りを考えず手弁当でやるのが筋というもの。
結局、市民新聞の類も紙の暴力で「税金に群がる蟻」に過ぎない。
つまり、同じ穴の貉。
清張の言葉を借りれば、
土地に周旋や物品の納入に口をきいてサヤや報酬を取るのである
※松本清張 『紙の牙』引用
菅沢厚生課長の弱味を握り、利用した高桑久雄、梨木宗介も同じ輩。
梨木に至っては、高桑と菅沢課長の癒着を嗅ぎつけ、菅沢に対し強請りまで働いている。
梨木の要求は、徐々にエスカレート。菅沢は梨木の要求に耐え切れなくなり、借金の末、自殺。
菅沢は最後に、梨木の要求を拒否。
梨木はさんざん菅沢から金を巻き上げた挙句、最後には今迄の経緯を市政新聞に書き立て、世間に暴露した。
結果、菅沢は精神状態がおかしくなり、それを苦に自殺を図る。
菅沢の汚職を梨木に告げたのはおそらく、菅沢の部下である田口係長と思われる。
田口は人事面で不満があった。その為、菅沢を追い落とす良い機会として、菅沢の汚職を梨木に暴露した。
あまりやり過ぎた梨本は社長の大沢に嗜められるが、少しも詫び入れる様子もなく、逆に大沢を脅迫した。
梨木が大沢を脅迫するネタは、大沢が工場誘致の企業から賄賂をもらった事。
大沢は工場ができる事で、地元漁民の生活が脅かされると自社の市政新聞に書き立て、誘致の反対運動を煽った。
しかし大沢の本当の狙いは、「金」。
反対運動を煽り、誘致に積極的な市の議員(江藤良吉)と供に、企業側から接待・賄賂を受け取るのが目的だった。
つまり記事は反対運動を利用した、完全な出来レース。反対運動による、土地の値上がりと賄賂が目的だった。
大沢は時期市議会選挙で出馬を予定、市議の椅子を狙っていた。
大沢はその事実を梨木に突かれ、反対に脅された。
なんともまぁ、狐と狸の化かし合いとでも云うのだろうか。おそろしい世界である。
因みに梨木は、菅沢課長が便宜を図った梟印会社の小林の許を訪れ、菅沢課長から便宜を図ってもらったネタを盾に、小林からも金を強請った。
前述したが、此れは何も地方に限った事ではなく、中央でも同じ。
地方があまりにも露骨なだけ。
皆さんが住む自治体でも、こんな話がチラホラ聞かれるのではないだろうか。
毎日、新聞・TV・ネットニュース等に目を通せば、必ず一つや二つ目にする。
※ブログを書いていた時、ふるさと納税に纏わる贈収賄容疑で、或る地方の町役場の課長補佐と業者が逮捕されていた。
逆にあまりも当たり前すぎて、ニュースにならないこともある。
それ程、感覚が麻痺しているのであろう。
今回は市政新聞についての悪事だが、田舎に行けば行くほど、人間関係(縁故・コネ)がモノをいう「村社会」。
そんな社会では有力人物の匙加減ひとつで、物事が決まる事が多い。
何気に注意深く見れば、誰が地元の有力者で、不思議とその人の意向で物事(市政・町政)が決まる事が多い。
人間関係がそのまま、地元選挙に繋がっている。
その繋がりは、地元市町村などの職員採用にも影響している。決して表立っては云わないが、殆どは暗黙の了解。
※地元の教育委員会、農政委員、漁協委員、土地開発・調整委員なども皆同じ。所詮、有力者の意向(コネ)で選出される。
何年もすれば、そんな人間達の「強固なコミュニティ」が完成する。
自ずと、合法的に税金を喰いモノにするシステムが出来上がる。
その枠から外れた人間は、一生冷や飯をくう。此れは、何処の地方も同じ。
それ故、コミュニティの枠から外れた人間は、チャンスを求め、大都市に移住する。
今日「地方創生」と云われ、地方再興が必死に行われているようにみえるが、なかなかうまくいかない。
上手くいかない原因は、此処等にもあるのではないか。
話がズレたが、私が以前住んでいた地域を思い出せば、似たような現象が存在する。
偶に冠婚葬祭で地元の田舎に戻った際、如実に感じる。
今回は地方行政と市民新聞の在り方でしたが、皆さんのお住まいの自治体にも手を変え品を変え、各方面で似たような例があるのではないでしょうか。
皆様、くれぐれもご注意を。
今回の作品は以前紹介した清張作品『弱味』と同じパターン。宜しければ、参考にされて下さい。
追記
4月1日、時の政権が突如、新型コロナウイルス対策の一環として一世帯に対し、2枚のマスクを配布するとの発表がありました。
実際配布が始まったのは4月14日からですが、全国の妊婦に配布を始めた布マスクの一部に、汚れなどの不良品があったと報道されました。
17日時点で、80市町村から1901件報告があったとの事。
厚労省は市町村に対し、不良品を配布しないよう求めるとともに、新品と交換すると発表。
この報道をみる限り、何か不吉な予感を感じた。
つまり政府は製造メーカーを公表しないとの発表だが、何かメーカー側の長期ストック分を、そのまま配布したのではないかとの疑念が拭いきれない。
今回の対象を殺虫剤からマスクに当て嵌めてみれば、そのまま小説を同じシナリオになると感じたのは、私だけか。
時の(安倍)政権が、経済対策として国民に現金支給をする話が浮上した時、大昔失敗した地域振興券のような「商品券、旅行券、和牛券、魚券で配ってみてはどうか」との議論が沸き起こった。
私は話を聞いた時、あまりにも現実からかけ離れ、呆れる処か、笑い出してしまった。
生活に困窮している人間に一番効果があるは、現金支給。
商品券を配るという発想が、如何に利益を被る団体とズブズブの関係だという事が分かる事象。
何処を向いて政治がなされているのか、あまりにも露骨で分かり易い例。
更に4月19日の現段階で、初めは一律支給であったのが、次は世帯毎の制限ありの支給。
すったもんだの末、元の一律支給に決まった。
その間、金額も色々変更され、当初は早急にとの事だったが、この分では支給は、大型連休を過ぎた6月頃になるのではないかと予測される。
一連の動きをみれば、政府は財界は助けるが、国民一人一人には毛頭お金を配りたくないのがミエミエ。
追加で経済同友会のトップから、「一律現金支給は電子マネーで配ってはどうか」との発言もなされた。
如何に政府と癒着しているのか、分かり易い発言。
流石に此の発言がされた後、国民世論から非難が殺到。火消しの為、慌てて訂正がされた経緯。
此の流れをみても、昔から政府と財界、税金の遣われた方は何も変わっていないのが分かる。
今後の動向が気になるが、何か同じ構造が浮かび上がってくるような予感。
余談ですが、総理が4月1日に突如マスクを配布すると発表した時、日にちが日にちだけに、私はエイプリルフール(4月バカ)の余興かと思いました。
果たして皆様は、如何に感じられたでしょうか?
・4月24日付報道にて
厚生労働省は、布マスクを納入した某企業(敢えて名前は伏せます)が未配布分を全て回収すると発表したことに関し、全戸に配布するマスクを回収対象とすると明らかにした。
ますます胡散臭さが増したのは、私だけでしょうか。
因みに郵送にて配布する際、政府が日本郵政に郵送料を払います。
日本郵政の大株主と云えば、もうお分かりですね。
日本郵政は一応民営化されていますが、日本郵政の大株主は勿論、日本政府。
つまり身内でお金を循環しているだけ。
財務省の財務大臣が、日本郵政の株を56.88保有しています(令和2年4月24日現在)。
つまり財務省が自分たちで金を引き出し、自分達が受け取るという仕組み。
令和2年5月15日の段階で、まだマスクが届いてません。
既に市中では、ほぼ適正価格でマスクが出回り始めています。
届かなければ問題ですが、譬え届いても既に遅きに期した感があります。
近年稀にみる失政の一つと云えるのではないでしょうか。
何やら去年の暮、忘れかけていた頃届いた、失業保険の追加支給の申請書の件を思い出した。
その時の全く同じ構造と云える。もし宜しければ、リンクを貼って於きますので、ご覧下さい。
※参考:忘れた頃、届いた一通の封書
6月12日の内閣官房長官の発表にて、来週中にも「アベマスク」の配布が完了するとの事。
もう既にタイミングを逸したとも思われる贈り物。
皮肉な事に発表された翌日の6月13日、我が家にも「アベマスク」なるものが届きました。
届いた時期もさる事ながら、届いた現物をみて更に腹が立ったのは、私だけでしょうか。
まさに、間の抜けたビールと同じ。
(文中敬称略)