アメリカン・ニューシネマの誕生 『俺たちに明日はない』

今回は、「アメリカン・ニューシネマ」の名称の誕生となった映画を紹介したい。

 

・題名    『俺たちに明日はない』

・監督    アーサー・ベン

・脚本    デビット・ニューマン、ロバート・ベントン

・撮影    バーネット・ガフィ

・音楽    チャールズ・ストラウス

・公開    1967年 米国

・配給    ワーナー・ブラザース

 

出演者

 

◆クライド・バロー :ウォーレン・ビーティ

刑務所から出てきたばかりのコソ泥。

 

◆ボニー・パーカー :フェイ・ダナウェイ

田舎でウエイトレスをする、ありふれた女性。

 

◆バック・バロー  :ジーン・ハックマン

クライドの兄、後にボニーとクライドの仲間に加わる。

 

◆C・W・モス    :マイケル・ポラード

自動車整備の青年。功名心にはやり、仲間に加わる。

 

◆ブランチ・バロー :エステル・パーソンズ

クライドの兄バックの妻。ボニーとは、そりが合わない。

 

◆フランク・ヘイマー:デンバー・パイル

ボニーとクライドに辱めを受け、二人を執拗に追跡する。

 

◆アイバン・モス  :ダブ・ティラー

モスの母親。息子の為、取引をして二人を警察に売る。

 

あらすじ

 

1930年代、世界恐慌の最中、アメリカ社会は荒廃した経済状況に覆われていた。

ボニーは、自宅前で母の車を物色している男を発見する。

 

男はクライドと言い、刑務所から出所してきたばかりだった。

刑務所から出てきたばかりで、職もなく挙句に、この経済状況。

 

男はまともに生活する気などサラサラない。早速、犯罪に手を染めようとしていた。

退屈で、息切れしそうな日々を送るボニーは、何か怪しげな雰囲気のクライドに興味を持つ。

 

ボニーはいつものように、職場にでかけた。仕事はウエイトレスである。

何もない、飽き飽きした退屈極まる日々が続くのみ。ボニーは鬱積した日々に、何か刺激を求めていた。

 

クライドはボニーの気持を見透かすように、ボニーの見ている前で強盗を犯す。

成り行き上、ボニーも犯罪に手を染める切っ掛けとなった。以後、ボニーとクライドの犯罪逃避行の始まりである。

 

二人は犯罪を犯しながら、各地を転々する。

その中、車整備に詳しいモスとクライドの兄夫妻が加わり、全米を揺るがす、大がかりな犯罪集団と化す。

 

しかし犯罪を続けるにつれ、仲間の中で諍いが始まる。徐々に仲間割れが始まり、一人二人と仲間が離脱する。

そして最後、ボニーとクライドが町から帰宅する途中、二人に悲劇的な結末が待ち受ける。

 

見所

 

1930年代、世界恐慌の最中、実際にあった事件をモデルとした作品。

映画は1960年代に作られた。製作会社は当時、B級映画と捉えらえ、会社側はヒットなど予想していなかった。

 

しかし公開と同時に、爆発的なヒットを生み出し、当時斬新な批評家・若者達に圧倒的な支持を得た。

冷戦の真っ只中、「キューバ危機」、「ケネディー暗殺」、「ベトナム戦争介入」等、アメリカ社会が何か暗雲な黒い霧に包まれた時期。

何か映画が鬱積した米国社会に、風穴を開けるような雰囲気だったのかもしれない。

 

実際ベトナム戦争は、アメリカ国民の心を引き裂き、世論を二分した。

やがてベトナムでの敗戦色が濃厚となるにつれ、アメリカ社会は退廃した雰囲気に包まれた。

何か30年前、当時の世界恐慌と似た社会情勢だったのかもしれない。

 

これまでアメリカ映画でタブーとされてきた暴力・性描写が大胆になる。

この映画の公開を境に「アメリカン・ニューシネマ」という名称が誕生した。

 

何と云っても最大の見所は、ラストの二人が待ち伏せる警官隊が、ボニーとクライドに87発に銃弾を浴びせ、二人が絶命するシーン。

此のシーンは当時の若者に壮絶な影響を与えた。絶命する二人の映像は、ノーカット・ハイスピード撮影の効果もあり、「死のバレエ」と呼ばれ、映画史上の名シーンの一つに数えられている。

 

冒頭、いきなりボニーの着替えのシーンから始まる。

当時としては、かなり画期的だった。

 

二人がボニーの家の前で出会い、ボニーとクライドが町迄歩いている際、何気にフランクリン・ルーズベルトのポスターが目に付く。

二人が初めて犯罪を犯し、車で逃走する際、一面アップでルーズベルトの顔が映し出される。

 

これは世界恐慌でアメリカ経済の不況の下、「ニューディール政策」を掲げたルーズベルトを捩ったもの。

大統領が必死にニューディール政策を掲げても、庶民の生活はちっとも良くならない状況を皮肉ったのだろうか。

 

証拠としてボニーが住む片田舎(ダラス)では、全く不況下で一向に生活がよくならない。

刑務所からでてきたばかりのクライドには、当然職がない。

 

片田舎で女給仕をしているボニーも、将来性などまるでない。

鬱積にした気持ちを晴らすかのように、2人はいとも簡単に罪悪の垣根を越え、犯罪に手を染めた。

それを視聴者に刷り込ませる演出と云える。

 

2人が初めに襲った銀行は、この不況で3週間前に倒産していた。なんと間抜けな強盗。

2人は初めは慣れない事もあり、なかなかうまくいかなかった。

 

旅の途中、車に詳しいモスと出会い、仲間に加わる。

仲間が増えたが、3人は互いの腹を探りあい、まだ関係はギクシャクしていた。

 

3人は大きな銀行を襲い、金を強奪するが逃走の際、クライドは車にへばりついた銀行員を射殺してしまった。

尚、銀行員の殺害シーンは当時としては、かなり生々しいシーンだった。

モスの軽いミス。モスは車には詳しいが、何処か抜けた処があった。

 

3人では心許ないと思ったのか、クライドは兄バック夫妻を仲間に引き入れた。

5人の大所帯となったが、反って足手纏いで、うまく事が運ばない。

警官隊に包囲された際、バックの妻ブランチは恐怖のあまり、皆の足を引っ張ってしまう。5人の関係は、険悪となる。

 

逃走中、一同はミズーリ州の湖畔で車を止め、一息ついていた。

そこにテキサス州のレインジャー、「フランク・ヘイマー」がやってきた。

ヘイマーは一味を捕らえようとするが、逆にクライドに捕らえれてしまう。

 

一味はヘイマーを揶揄い、屈辱を与える。一同は、上機嫌。司法機関の役人を手玉にとったと大はしゃぎ。

しかしこの行為が、後のボニーとクライドの悲劇を生む結果となる。

 

次々に強盗を続け、旅する一行。

参考までに、アメリカは合衆国と言う名が示す通り、州単位の集まった国の総称。州により、それぞれ法律が違う。

州の一つ一つが、一種の独立国家といってもよいだろう。その為、州を跨いで犯人を追跡するのは、なかなか困難。

此れは日本の警察でも同じ。所謂「縄張り」と言うやつ。

 

劇中で犯一味が州を跨ぎ、逃走するのは、犯罪を犯した州から警官の追跡を逃れる為。

州を跨ぎ、犯罪捜査に関わる組織が有名な、「FBI」。

FBIは連邦警察の略。しばし英語の「federal」を捩り、フェド(連邦と言う意味)と呼ばれている。

 

警官隊を振り切った一団であるが、徐々に蹉跌が生じる。

バックの妻ブランチも強盗の分け前を要求した。

 

クライドの兄バック以外の仲間は、当然面白くない。

もともとボニーは、ブランチを好いていなかった。

強盗時何もせず、ただ分け前だけ要求するブランチに対し、露骨に嫌悪感を示す。

車の主に整備を担当するモスも、何か釈然としない。仲間の亀裂は、ますます決定的となる。

 

劇中ラブシーンの最中、一味に車を盗まれる役を演じた人物はなんと、「ジーン・ワイルダー」。

意外にも此れが、映画初主演。

 

1984年作:『ウーマン・イン・レッド』で有名だが、この頃はまだ駆け出しだった。

余談だが、『ウーマン・イン・レッド』で使われた主題歌『心の愛』は、スティービー・ワンダーが手掛けた曲で有名。

 

陽気にはしゃいでいたボニーであったが、拉致した二人のカップルを揶揄いながら、ホームシックにかかってしまう。

拉致した男の仕事が、「葬儀屋」と聞いたのが影響した。

ボニーは、葬儀屋で「死」を連想。ボニーは年老いた母が、急に気がかりになった。

 

一味はボニーの願いを聞き入れ、危険を冒し、ボニーの母に会いにいく。

ボニーと母・親戚一同の、束の間の再会。

 

しかしボニーの母は、久しぶりに会った娘ボニーと仲間達を快く思わなかった。

既にアメリカ全土に、「お尋ね者」となった娘。母としては、当然の反応。

 

このシーンで判明するが、ボニーの家は、どうやら母子家庭と思われる。

父が初めから不在である事に気づいた。

これも時代を先駆けしている。離婚か死別かは、不明だが。

 

追加で男が葬儀屋と答えた為、ボニーがホームシックにかかってしまったが、此れはボニーとクライドの将来を案じさせる伏線ともなっている。

 

母と再会したボニーであったが、反って精神不安が引き起こした。

もう既に母とは、表立って会う事ができない自分がいるのに気付いたのであろうか。

 

一味はアイオア州にいたが、食料の買い出しで再び足がつき、警官隊に包囲された。

この頃になれば州を跨いでいでも、警官隊も関係なしに一味を襲撃してきた。

 

2回目の襲撃と言う事もあり、流石に一味も無傷ではいられなくなる。

兄夫妻が銃弾を受け、負傷。逃げるには逃げたが、一味は心も体も深手を負ってしまう。

 

翌朝、再び警官隊に襲撃され、とうとう兄夫妻は捕らえられる。

3人(ボニー、クライド、モス)は山中に逃げ込むが、それぞれ大怪我を負う。

兄バックは銃撃戦の末、死亡する。

 

3人は必至で逃走するも、身も心も既にボロボロだった。

モスは、傷ついた2人を自宅に運び込んだ。

 

2人はモスの自宅で傷を癒す。傷を癒す間、2人に初めて束の間の安らぎが訪れた。

自宅に2人を招き入れたモスであったが、父は息子(モス)の減刑を条件に警官と取引。

モスは父の説得を受け入れ、2人を裏切る決意をする。

更に夫を亡くし、自分だけ捕まったブランチにも裏切られてしまう。

 

そして愈々、最後のシーン。

最後のシーンは前述した通り、まさに圧巻。

 

映画史上の名シーン。過去幾度も地上波で放送されている為、記憶している人も多いと思う。

私も幼少時、地上波で見た記憶がある。

 

内容は殆ど覚えていなかったが、何故か最後のシーンだけは鮮明に記憶していた。

それ程、印象が強かった。

 

撃たれる直前、2人は互いに顔を見合わせている。

2人がこの世でみた最後の光景は、互いの顔(ボニーとクライドの顔)だった。

 

2人が死ぬ直前、ボニーの投書が新聞に掲載されるが、当にその通りとなってしまった。

レインジャーのヘイマーが投書を読み、2人に当てつけたと思われる。

 

モスの父が2人が町からの帰り道で、笑顔で迎えたのは何とも皮肉。

モスの父が木陰から鳥が飛び立ち、警官の待ち伏せを悟ったのは、日本の源平の戦い「富士川の戦い」を捩ったのであろうか。

 

最後の「THE END」が何か虚しさが漂う。

 

追記

 

クライドの兄役として登場している「ジーン・ハックマン」が、この時はまだ無名。

端役として出演している。後のハックマンの活躍を見れば、意外とも思える。

 

ハックマンはこの役に抜擢されるまで、食うや食わずの生活をしていた。

同じアクターズ・スクールにいたジェームス・ディーン、ダスティン・ホフマンは既に『エデンの東』『卒業』等で人気を博していたが、ハックマンは鳴かず飛ばずの状態だった。

 

この映画をきっかけに、漸くスターの道を歩みだした。

以前紹介した1971年作:『フレンチ・コネクション』は、ハックマンの代表作。

 

後の歴史を知る者とすれば、映画出演者の中、ハックマンが一番成功したのではなかろうか。

ハックマンは「フレンチ・コネクション」が公開された翌年、1972年『ポセイドン・アドベンチャー』でも神父を演じ、好評を得ている。

 

サムネイル画像を見て頂いて分かると思うが、ボニーとクライドは、本当に実際に存在した人物。

画像はパブリック・ドメインの為、そのまま使用した。

 

写真中でボニーがふざけてクライドに銃を向けているが、銃は今でも実在する。

以前オークションで競売にかけられ、かなりの金額で落札されたのが、ニュースに流れていた。

 

其の後、この映画のリメイクのようなモノが数々、作られている。

TV番組、小説、漫画、アニメ等。

余程、当時のアメリカ社会に影響を与えたと思われる。

 

(文中敬称略)