分相応な妻を貰うのが、幸せかもしれない 松本清張『礼遇の資格』
★松本清張 短編小説シリーズ
・題名 『礼遇の資格』
・新潮社 新潮文庫
・昭和 昭和51年 5月 発行 【「巨人の磯」内】
・発表 小説新潮(1972年 2月号)
目次
登場人物
◆原島栄四郎
大学卒業後、市中の一流銀行に勤める。バンカーとしての力量があり、出世する。
出世はするが、元来の地味な性格と見栄えのしない風采の為、常に副頭取のままで退行。
再就職先の国立の国際協力銀行でも、常にナンバー2のままだった。
国際協力銀行の副頭取の職の際、原島は31歳下の日野敬子と再婚した。
後妻となった敬子が前妻とは何から何まで正反対。
そんな敬子に惚れ再婚した原島だったが、徐々に敬子の放漫な生活と散財に嫌気がさし、終いに敬子の存在を疎ましく感じ始めた。
敬子の存在を疎ましく感じ始めた矢先、原島は敬子の不貞行為の疑惑を抱き始めた。
原島の疑念が強まる中、疑惑は敬子の英語の個人教師のアメリカ人青年からの告白で、決定的となる。
◆原島(日野)敬子
原島栄四郎の後妻。原島とは31歳離れている。原島と結婚する前は、バーのマダムだった。
マダムの頃、偶々連れと来店した原島に見初められ、後妻となる。
後妻となるも敬子は以前から関係があった小島と、相変わらず関係を続けていた。
更に敬子は個人英語教師のハリソンとも関係をもっていた。
或る日、嫉妬に駆られたハリソンの告白で、夫の原島に小島と敬子との関係と逢引の場所が暴露される。
◆小島和雄
日野敬子が原島の後妻に収まる前から、不倫を続けていた相手。
敬子がバーを開く際の、スポンサー。
敬子が原島栄四郎の後妻となっても、関係を続ける。
或る時、敬子との関係を、同じ不倫相手のハリソンによって原島栄四郎に暴露される。
◆ハリソン
妻敬子の個人英語教師。
若いアメリカ青年で、週二日の二時間程、原島の自宅にて授業を行う。
英語の個人レッスンであったが、実は妻敬子と不貞行為を続けていた。
或る日、嫉妬に駆られ敬子に自分以外にも不倫相手がいる事を、原島に打ち明ける。
あらすじ
原島栄四郎は大学卒業後、市中銀行に就職した。
仕事のできる男であった為、行内では順調に出世した。
しかし原島は甚だ風采の上がらない男だった。
何か威厳に掛け、頭取になる実力は持ち合わせていたが、風采が上がらない事。
更には本人の地味な性格の為、あまり行内では人気がなく、いつも副頭取のままで遂に引退した。
引退後、国立の国際協力銀行の副頭取に就任。
再就職先でも、副頭取(ナンバー2)のままだった。
国際協力銀行でも副頭取のまま、今度は銀行協議会に天下(あまく)だった。
天下り先でも、ほぼ名誉職に近い副会長のポストに就いた。
つまり原島は、どの組織にいても常にナンバー2だった。
原島には31歳離れた、後妻がいた。
後妻は地味な性格の原島と違い、なかなか派手な性格だった。
原島は結婚後の初めは若い嫁さんと云う事で鼻高々だったが、次第に後妻の行動に振り回されるのが煩わしくなった。
或る日、後妻のバックから見知らぬ鍵を原島が見つけた。
鍵を見つけた時から原島の後妻に対する、疑念が湧き起こった。
原島の疑念はやがて、現実的なものとなった。
妻の不貞行為を知った原島は、発作的に大胆な行動に出た。
それは今迄歩んできた原島とはかけ離れた行為だった。
原島の今迄の生き方を否定するかのような、原島の驚くべき行為とは。
更に原島の行為が明らかとなった際、後妻の敬子が吐いた言動は。
要点
原島栄四郎は銀行家として実力はあったが、地味な性格と見栄えのしない風貌の為、出世は副頭取までだった。
原島は地味な上に、更に女房の梅子も原島と似た性格で地味な女房だった。
原島は市中銀行を退行。其の後、国立の国際協力銀行の副頭取に再就職する。
原島は国際協力銀行の副頭取となった時、妻梅子をなくした。
妻を亡くした原島は、約3年後にバーのマダムで31歳離れた敬子と再婚した。
後妻となった敬子は前妻の梅子とは性格も趣味・好みも全く反対に人間だった。
前妻と全く反対だった事が、逆に原島に興味を持たせ、そのまま再婚の流れとなった。
31歳も離れた原島栄四郎と結婚。後妻となった敬子には、目論見があった。
原島の国際協力銀行の副頭取夫人の地位と、派手な生活が目的だった。
敬子の狙いは的中。
敬子は原島が副頭取の地位であるの事を、うまく利用。優雅な生活を送っていた。
原島が国際会議の為外遊する際、敬子も同行。副頭取夫人の身分を、思う存分満喫した。
敬子は海外にて、おそらく同年代では味わい得ない程の贅沢を味わった。
帰国後も敬子の外国かぶれの生活は続いた。
中でも敬子はフランスパンを好み、フランスパンを食した。
更に敬子は英語力の無さを補う為、英語の個人授業の為、若いアメリカ人教師を雇った。
初めは敬子の贅沢を許容していた原島であったが、徐々に敬子の行動・趣味に対し、疎ましく感じ始めていた。
疎ましく感じ始めた矢先、原島は敬子のバックから見慣れぬ鍵を見つけた。
鍵を発見した時、原島は敬子に対し、疑惑の念をもった。
疑惑は意外な処から、事実と判明する。
英語のレッスンの為雇っていたアメリカ人青年が、敬子が留守の際、原島に敬子の不貞行為を暴露した。
何故原島に対し、アメリカ人青年は敬子の不貞を暴露したのか。
それはアメリカ人青年が、敬子の更なる不貞行為に嫉妬した為だった。
つまり敬子はアメリカ人青年と不貞行為を重ねていただけでなく、他の男とも不貞行為を重ねていた。
もう一人の相手は、小島和雄と云った。
小島は敬子が原島と結婚する前から関係を持っていて、関係は結婚後も続いていた。
アメリカ人青年は小島に嫉妬し、敬子は尾行した。
尾行の末、敬子と小島が逢引の為借りていた家を突き止めた。
突き止めた末、敬子の夫原島に告げ口した。
原島は告白を聞き、敬子とアメリカ人青年に怒りが湧いた。
原島は憎悪の感情を実行に移した。
原島は敬子が嗜好している硬くなったフランスパンで、思いっきりアメリカ人青年の頭を殴った。
硬くなったフランスパンは、こん棒に等しく十分に凶器と成りえた。
原島は今迄銀行界で受けた屈辱(常にナンバー2の地位だった事)、敬子の不貞に対し怒りを覚え、何度も青年の頭をフランスパンで殴打した。
アメリカ人青年は絶命した。
原島は敬子の対する復讐の為、死体を車の乗せ、敬子と小島が逢引している家に運んだ。
死体を運んだ後、何食わぬ顔をして、原島は帰宅した。
死体を運んだ際、原島を更に激怒させたのは、原島が外遊の際、エジプトのカイロにて土産として買ったコプト(古代織)が、家の玄関にかかっていた事。
コプトは敬子が嫌っていたものだが、何時の間にか敬子が自宅から持ち出して、逢引の家に飾っていた。
敬子が原島のお気に入りのコプトの話を小島にした際、小島が面白がって敬子に持って来いと指図したのであろう。
それが分かった時、原島は敬子に対し、無性に腹が立った。
帰宅した原島は敬子に凶器として用いったフランスパンをゆがし、敬子に食べさせた。
翌日、原島が帰宅した際、敬子は蒼ざめた顔をしていた。
おそらく敬子は小島と逢引の場所で、アメリカ人青年の死体を発見したと思われる。
敬子の様子をみた原島は、してやったりの気持になった。愉快・通快とでも云うのだろうか。
アメリカ人青年の死体は、逢引の家から離れた武蔵境のポンコツ車の中から発見された。
死体が発見されたとの新聞記事を読んだ原島は敬子と小島が死体を発見したが、小島が死体を家から運び出し、他所で捨てたと推測した。
原島は敬子にアメリカ人教師の死体が発見された事を告げた。
敬子は一瞬ぎょっとしたが、何もないかの様にすぐさま取り繕った。
なかなかの太々しさとも云える。
死体発見後、捜査は難航したが、或る事がきっかけとなり急展開を見せた。
敬子と小島が逢瀬を重ねていた家の隣家から火の手があがった。
火は延焼。隣の家の被害を受けた。被害を受けた家は、敬子と小島の逢引をしていた家だった。
警察が現場検証後、玄関の三和土に血痕のようなものを発見した。
血痕から家にて何か事件が発生したと、推測された。
事件は忽ち、武蔵境で発見された死体と結び付けられた。
警察は家に放置されていたフランスパンの出処を当たった。
出処は忽ち判明。フランスパンを購入したのは、原島夫人と断定された。
警察は密かに原島夫妻を内偵した。
内偵した結果、アメリカ人青年殺しは原島栄四郎の犯行と断定した。
警察は先ず死体遺棄をした敬子と小島から自供を取った。
警察の尋問で敬子は何故か原島栄四郎の殺害容疑を否認。
寧ろ庇うようなふりを見せた。
警察が敬子に対し何故、原島を庇うのかと質問した際、敬子は何の躊躇いもなく無邪気に答えた。
原島は既に歳であり、余命いくばくもない。余命いくばくもない為、殺人犯として刑務所に入れるのは憚れる。
「何故なら原島が亡くなった後、私(敬子)は元銀行副頭取の元妻(未亡人)、国際協力銀行の
副頭取の元妻、銀行協議会副会長の元妻としての肩書として再婚できなくなる為」
だと。
追記
作品を読んだ後、やはり人間は分相応な人生を送るのが一番であると、改めて自覚した。
原島が犯行に及んだ凶器は、敬子が好んだ、硬くなったフランスパンだった。
皮肉にも原島の犯行であると警察に知らしめたものは、原島が外遊時、カイロにて購入したコプト(古代織)。
コプトは原島が好んだが、敬子は嫌っていた。
敬子が好んだフランスパンが凶器となり、事件を解く鍵となったのは、敬子が嫌ったコプトだった。
何気に、作者松本清張の細かい創作と思われた。
(文中敬称略)