旧暦の元旦、神事に纏わる完璧なアリバイ 松本清張『時間の習俗』

★松本清張小説シリーズ

 

・題名    『時間の習俗』 

・新潮社    新潮文庫   昭和47年 12月発行

・昭和36年 5月 ~ 昭和37年11月号 【旅】掲載

 

登場人物

 

◆三原紀一

警視庁捜査一課の警部補。相模湖湖畔で起きた殺人事件を担当する。

捜査が進むにつれ、一人の容疑者が浮かぶ。しかし容疑者には当時、九州にいたという完璧なアリバイがあった。

容疑者が九州の福岡にいたと云う事で、三原は嘗て福岡署の鳥飼重太郎とコンビを組み、事件(点と線)を解決した記憶が蘇った。

二人は再びコンビを組み、事件究明に乗り出す。

 

◆鳥飼重太郎

福岡署に勤めるベテランで、昔気質の刑事。

嘗て警視庁二課勤務であった三原警部補とコンビを組み、事件を解決した過去がある。

過去の作品は『点と線』。

三原は当時、捜査二課(経済犯専門)に所属していた。

 

今回は捜査一課(強盗・殺人犯専門)所属。

嘗ての名コンビ復活で度々三原警部から、捜査協力を依頼される。

 

◆峰岡周一

極光交通専務。会社は都内で、五番目の規模のタクシー会社。

殺害された土肥武夫とは何らかの関係を持ち、参考人として三原警部補にマークされる。

 

マークされるが、峰岡のアリバイは完璧。

しかし完璧すぎるが故、反って三原警備補から疑惑の目を向けられる。

 

◆土肥武夫

交通関係の業界紙を発行する経営者。東京郊外の相模湖湖畔で、他殺死体となり発見される。

発見される寸前、近くに旅館に女連れで投宿した形跡があった。

 

◆須貝新太郎

名古屋のゲイ・バーに勤める、25歳の青年。行方不明となり、二ヶ月後、死体で発見される。

 

◆梶原武雄

地方の食品工場に勤めていた、28歳の青年。

水城で死体が発見された頃、勤めていた工場を辞め、其の後消息不明となる。

 

◆女中のお文

小倉駅近くの大吉旅館に勤める、女中。旧正月の2月7日、峰岡周一の部屋係となる。

早朝、峰岡が投宿後、峰岡に写真を撮影される。

 

あらすじ

 

東京郊外の相模湖で、中年男性の絞殺死体が発見された。男は交通関係の業界紙を発行していた。

男は夕方、殺害された現場の近く、女と投宿していた。

 

夕食後、女と散歩に出かけ、そのまま宿に戻らず殺害された。

現場から立ち去ったと思われる女は、行方不明。警察の必死の捜査にも係らず、一向に身元は不明のまま。

 

捜査が進むに連れ、一人の男が参考人として浮上した。しかし男のアリバイは完璧。

アリバイが完璧すぎるが故、警視庁捜査一課「三原警部補」は、疑いを持った。

男のアリバイを調べた結果、男は殺害時刻に九州にいた事が判明する。

 

三原警部補は嘗て、警視庁二課(経済犯・汚職専門)に所属していた。

その頃、九州で発生した男女心中偽装事件を一緒に解決した、福岡署に勤務する老刑事「鳥飼重太郎」を思い出した。

再び二人のコンビが復活。難解な事件と思われた事件の謎解きが始まった。

 

見所

 

冒頭で殺害された「土肥武夫」は、「交通文化情報」という業界機関紙を発行していた。

作中でも述べられているが、業界紙とは名ばかりで中には広告料・協賛金の名目で企業から金を捻出して貰う(寄付に近い)輩がいる。

 

本当の目的は、強請・集りの類。

実質、総会屋新聞・雑誌となっているケースはよくある。

部数的には少ないが、広告料が莫大な媒体も存在する。

 

有名政治家・経済人等が本を出版する場合があるが、あれもその一種。

自分の知り合いに何冊か引き取ってもらい、本代と云う名目で寄付を募る。

俗に「名刺本」と呼ばれるもの。

 

本を介在した、金のやり取りと理解すれば分り易い。

政界等に使われる、絵画取引も同じ。本が絵画に変わっただけ。

 

そう考えれば、今回の事件は理解し易い。

大昔、僅かだが出版業界にいた時期があり、経済誌紛いの媒体編集に携わった過去がある。

今にして思えば、似たようシロモノだった。

編集業務よりも、主に広告集めがメインだったと記憶している。

 

作中で電話と電報について触れているが、当時電話網は大都市でなければ直通電話はなかった。

仮令直通でも料金が高く、電報の方が安い事が多かった。

 

フィルムに言及しているのも、何か時代を感じさせる。

今はデジカメが主流だが、ほんの20年前迄は、写真撮影にはフィルムが使われていた。

フィルムは少ないもので12枚から始まり、24枚、36枚、48枚の種類があったと記憶している。

 

よくあったカメラを使ったアリバイ作りのトリック。

 

同じカメラを二つ用意する。

互いに2つのカメラで写真と撮り、現像後、2種類のフィルムを重ね合わせるような芸当が使われた。

 

現像した際、一枚のフィルムは大概12枚綴り(作品では6枚綴り)となっていた。

現像後フィルムを交換し合えば、アリバイ工作が成り立つという手法。

 

作中で深夜に飛行機が飛んでいたのかと現在の感覚で思うかもしれないが、昔は本当に深夜でも飛行機が飛んでいた。

その後、騒音などの問題で夜間飛行が禁止され、現在では行われていない。

飛行機の乗客名簿を調べるのは、清張の小説での一つのパターン。

『点と線』『霧の旗』でも同じ。

 

注意点として、作品が発表された時代は飛行機が自由席だった事。今では全て指定席。

偶に海外では、未だに指定席と自由席の区別がある航空会社も存在する。

 

時代的にジャンボ、エア・バスが無かった時代で、其れほど騒音公害がなかったのかもしれない。

追加で、今では航空券の半券が必ず本人控えとして渡される。

因みに私は、10年以上飛行機に乗っていない。今では変わっているかもしれないが。

 

今回の事件の鍵は、福岡県水城で発見された男の死体。

男の身元が割れた事で、事件が急展開。一気に解決まで進む。

男の身元から殺された土肥武夫と、容疑者峰岡を繋ぐ線が浮上する。

 

作品が発表されたのが昭和36年だが(58年前)、当時既にゲイ・バーが存在していたのが驚き。

現代でも殺害された土肥武夫の同伴が、ゲイの発想は驚きだった。

 

文中の「慎太郎刈り」とは勿論、石原慎太郎の事。

 

峰岡が土肥を殺害しようとした動機は、土肥の峰岡に対する強請。

前述したが、業界紙と名乗る媒体には結構、此の手のモノが存在する。

此れが発行部数が少なくても、やっていける所以。

 

容疑者である峰岡のアリバイ作りに一役買ったのは、名古屋のゲイ・バー勤めの「須貝新太郎」ではなく、福岡在住で食品工場に勤めていた「梶原武雄」という青年だった。

因みに、同じ清張作品『時間の分離』も、同性愛を扱った作品。

 

梶原は趣味で俳句を嗜み、カメラ撮影も趣味の一つだった。

峰岡とは、趣味が似ていた。

知り合った切っ掛けは、俳句仲間で作る同人誌。九州で発行された同人誌を、峰岡が見たのがきっかけ。

 

このパターンは、清張作品『渡された場面』でも使われた。

『渡された場面』は、地方同人誌の文章の一部が中央の文芸誌に評価され、文章が四国某県で起きた殺人現場に酷似していたという内容。

 

参考までに「筑紫俳壇」3月号の次回の撮影予告は「鐘崎」と明記されているが、鐘崎は『渡された場面』の、バスツアーでも登場した地名。

清張が福岡県出身である事を考慮すれば、二つの作品は似た発想だったのではないかと思われる。

 

今回のアリバイ工作に一役買ったのは、「定期券」だった。定期券を身分証明書替わりに利用した。

犯人は身分証明書として定期券が必要だった為、態々福岡県で定期券を購入した。

 

しかし犯人のアリバイ工作に利用した定期券が、最後は犯人逮捕の決め手となった。

何故なら、定期券に明記されていた年齢と実際の年齢が、あまりにもかけ離れていた為。

 

犯人逮捕の直前、福岡署の老刑事、鳥飼重太郎が呟いた言葉が印象的に思われる。

 

「この事件は門司の和布刈神事に始まって、潮来のあや祭りに終わろうとしています。まるで事件は土俗の行事から行事にわたっているようなもんですな」

                             

   同作品中、一部引用

 

歴史とは「古来からの風習・しきたりの繰り返し」。

その中で人間は長い歴史から見れば、芥のような存在。

所詮、「歴史の継承者」に過ぎない。

 

作品の題名が、時間の習俗。つまり歴史と伝統と云う意味であろうか。

 

追記

 

作品中にて殺害された土肥武夫は満州時代、或る自動車製造会社にいたと示されている。

或る自動車製造会社とはおそらく、現在の「日産自動車」と思われる。

 

満州国で有名な「2キ3スケ」。

2キは「東条英機」「星野直樹」。3スケは「岸信介」「松岡洋右」「鮎川義介」の事。

 

鮎川義介は、満州鉄道の開発部門を切り離して出来た、満州重工業開発株式会社(満業)総裁に就任する。

鮎川家は元長州藩士出身で、長州閥。明治元勲「井上馨」とも近い。

機会があれば、詳しく述べたい。

 

フィルムに関しての話だが、昔は町中に多くの写真のDPE屋(現像・焼き付け・引き伸ばし)が存在した。

しかしデジカメの普及と供に、ほぼ絶滅した。

 

昔はカメラにフィルムが残っていた際、早く現像したい場合、何かを無理やり撮影。

フィルムを早く無くし、現像に回したものだった。

仮令撮影していなくても、同じ現像代金を取られた。

 

作品中では、各数の時代背景が見受けられる。

清張は最後に述べているが、作品が発表された昭和36年は、町のDPE屋では白黒写真しか現像できなかった。

カラー写真を現像する場合、フイルム会社に直送しなければならなかった。

 

しかし現代では、前述したようにデジカメの出現でフイルムは激減。現像依頼すらほぼなくなった。

今では、家庭用のプリンターでも写真の現像が可能。私も写真現像は自宅でしている。

 

更にデジカメの利点は、撮影に失敗しても、その場で確認・取り直しができる事。

フィルムでは現像しなければ、上手く写っているかどうか分からない。

 

犯人はアリバイ工作で失敗が許されない為、素人だが写真にある程度興味を持ち、そこそこ撮影技術を持っている人物(梶原武雄)に近づき、本人の自尊心をくすぐり、利用した。

 

名古屋の有名な車会社Tとは、勿論トヨタ自動車の事。

参考までにフィルム会社のKは、コダック。O写真工業は、オリンパス工業の事。

 

作品は過去の3度、TV番組で放送された。

しかし流石に時代の流れ、技術の変化を鑑みれば、おそらく原作通り再現するのは難しいであろう。

 

一番の原因は、やはり何度も述べているように、カメラ技術の発達。

フィルム自体も存在はしているが、既に過去のもの。今はメモリーカードが主流。

現代風に脚本しても、なかなか難しい。

 

今回の作品ではないが、ほんの4,5年前に映像化された清張の作品をみる機会があった。

しかしその作品は原作とはあまりにもかけ離れた為、驚いた記憶がある。

 

いくら現在の時代考証・放送コード(放送基準)があるとしても、あまりにも話が異なり、更に内容が換骨奪胎されていた。

つまり清張の名を借りた、安っぽいサスペンスドラマに成り下がっていた為、怒りを通り越し呆れてしまった。

 

詳細は明記しないが、幾ら時代が変化を遂げようとも、原作の根幹を変えてはならないと再認識させられた。

完全に脚本ミス。もし原作を知らない人であれば、あれが清張作品かと勘違いしてしまう恐れがある。

映画・TV番組などで数々の清張の作品を見たが、あの作品は失敗の一つだったと、今でも思う。

 

偶に違法か合法かは分からないが、昔TVなどで放送された作品が「You Tube」にアップされている。

皆様も何気に目にするかもしれない。

違法ならば後日映像は消されているが、もし時間があれば、原作と映像を見比べてみるのも面白いかもしれない。

 

(文中敬称略)