大人のエゴが交錯、子供が犠牲になった話 松本清張『鬼畜』
★短編小説:松本清張シリーズ
・題名 『鬼畜』
・新潮社 新潮文庫 【張込み】傑作短編集(五)
・発行 昭和40年12月
目次
登場人物
◆竹中宗吉
印刷工の渡り職人。27歳で当時一緒に働いていた、お梅と結婚。
32歳で独立。自分の店を持つ。
独立後、商売が軌道に乗り出し、愛人を囲う。
愛人との間に、3人の子を設ける。
しかし次第に商売が傾き始め、愛人と関係が悪化。
愛人が宗吉の許を訪ね、そのまま3人の子を置き去りにする。
宗吉は妻のお梅に3人の子供の処遇を迫られ、苦悩する。
◆竹中の妻(お梅)
竹中宗吉の妻。以前一緒に働いていた時、宗吉と夫婦になる。
夫婦後、金を貯め、二人で独立。一生懸命、働く。
お梅と宗吉との間には、子がなかった。
ある時、宗吉の愛人が宗吉の許を訪ね、宗吉の不貞が発覚。
以後、愛人が置き去りにした3人の子供に、辛くあたる。
終いに宗吉に対し、3人の子供を始末するよう唆す。
◆菊代
宗吉の愛人。宗吉との間に、3人の子を設ける。7歳男子、4歳女子、2歳男子。
次第に宗吉の手当てが途切れ途切れとなり、宗吉宅に3人の子供を連れ怒鳴り込む。
怒鳴り込んだ後、宗吉とお梅の態度に腹を立て、3人の子供をそのまま宗吉の許に置き去りにし、失踪する。
◆利一
宗吉と菊代との間にできた7際の男の子。
一番年上の為、宗吉の企みをそれとなく見透かし、しばし危機を逃れる。
最後は宗吉に崖から突き落とされるが、途中の松の木にひっかかり、危うく難を逃れる。
◆良子
宗吉の菊代との間にできた4歳の女の子。愛人菊代に面影が似ている。
或る日宗吉に連れられ東京に行き、そのままデパートの屋上で置き去りにされる。
◆庄二
宗吉と菊代の間にできた2歳の男の子。まだ2歳であった為、情状が呑み込めない。
まだ2歳と言う事で、良く宗吉に懐いた。就寝中、布団にかぶさり窒息死する。
死亡した状況から、事故死・未必の故意の両方言える状況だった。
作品概要
竹中宗吉は30歳過ぎ迄、各地を転々とした印刷工の渡り職人だった。
27歳の時、当時同じ印刷所で働いていた「お梅」と、夫婦になる。
夫婦後も各地を転々と渡り歩きながら金を貯め、関東地方のS市に自分の店を持ち、32歳にして遂に一国一城の主となった。
主となった宗吉は、幸い夫婦に子がいなかった為、二人は必死で働いた。
必死で働いた為、商売は繁盛した。
商売が軌道にのり、宗吉は店に出入りする外交員の石田をもてなす為、石田を料亭に誘った。
石田はどうせ飲むのであれば自分の知った店が良いと、自分の行きつけの料理屋に宗吉を誘った。
宗吉は料理屋で知り合った女中の菊代と、深い関係になる。
菊代と深い関係になり、既に7年。宗吉は菊代との間に3人の子を設けた。
宗吉は愛人として菊代を囲った。
しかし7年後、宗吉に蹉跌が生じた。先ず近所の失火で店が全焼。
やっと中古の機械を買い入れた時、S市に最新の機械と設備を兼ね添えた大手印刷会社の工場が進出してきた。
忽ち宗吉の仕事は激減。商売は、にっちもさっちもいかなくなった。
宗吉は菊代の手当を滞るようになり、菊代は耐え切れず宗吉の家に3人の子供を連れ、怒鳴り込んだ。
菊代が怒鳴り込んで来た為、宗吉のお梅に対する不貞行為が発覚した。
宗吉と菊代の関係は、終わりを告げた。
お梅は宗吉に7年間騙されていた事を憤り、烈火の如く怒り出した。
3人の話は互いに平行線のまま、全く進展しない。進展しないまま、夜が更けた。
夜が更けた為、3人の子供を含めた6人は、宗吉の家で寝る事になった。
菊代はお梅から受けた屈辱的態度に我慢できず、真夜中に宗吉の家を飛び出した。
菊代はそのまま3人の子供を、宗吉の家に置き去りにした。
翌日宗吉が菊代の家を訪ねれば、菊代は既に家を引き払い、行方をくらましていた。
菊代がいなくなった為、3人の子供は否応なしに宗吉の家に住む事になった。
宗吉が他所で作った子供の為、当然お梅は3人の子供の世話などする気はない。
その中、一番下の2歳の子(庄二)が、宗吉の仕事中、過失か事故死か分からないまま亡くなった。
宗吉はお梅の言動に疑念を抱いたが、お梅からの叱責。
子供が一人いなくなったという負担の軽減が、宗吉に僅かな安堵感を齎した。
次は4歳になる良子。
宗吉はお梅にけしかけられ、良子を始末する決断を下す。宗吉は良子を連れ、東京に向かった。
東京に着き、宗吉は良子を暫く東京見物させた後、都内のデパートに連れていった。
宗吉は良子をデパートの屋上まで連れていき、そのまま良子を置き去りにした。
宗吉が良子を始末して自宅に帰った際、お梅はたいそうご機嫌だった。
お梅は寧ろ子供がいなくなる度、機嫌がよくなるのが明らかだった。
最後は7歳の利一。
利一は一番上と言う事もあり、なかなか敏く、警戒心の強い子だった。
宗吉が利一を始末しようとして毒饅頭を食べさせても、それとなく気付く。
外出先(おそらく江の島)でボートに乗せ、事故死に見せかけ殺害しようともしたが、利一は寸での処で難を逃れた。
利一の処理は、宗吉を悩ませた。
夏が過ぎ、秋になった。宗吉は利一を伊豆の海岸に連れ出した。
海岸の岸壁まで利一を連れ出し、頃合いを見て宗吉は利一を崖から突き落とした。
宗吉はそのまま一目散に帰宅した。
崖から突き落とされた利一は運良く、崖の松の根に引っ掛かっていた。
発見され、地元の漁船に助け出された。
助け出された後、利一は自分の名前、住所、何故自分が崖に落っこちていたのかを、警察に一切話さなかった。
誰かを庇っていたのか、それとも自分(利一)が受けた仕打ちに対する失意が、何かを頑なに拒否しているかのような態度を示した。
子供が何も云わない為、途方に暮れていた警察だった。
しかし警察は子供が一人で遊んでいる時、子供が遊びに使っている小石に注目した。
その時は見逃したが、警察の御用聞きの印刷屋が子供の持っていた小石に注目した。
子供が持っていた小石をよく目れば、何か模様らしきものが描かれている。
警官は町の石板印刷屋に鑑定を依頼した。
鑑定の結果、小石は印刷の際に使う石板と判明。
小石を手掛かりとして、警察は捜査を進めた。
要点
昔小説を読んだ際、私はフィクションだと思っていた。
後々に分かったが、作品は実際にあった事件にある程度の脚色を加え、清張が発表したものと判明する。
作品を読んだ時ですら、滓かな不快感と恐怖心が湧き起ったが、本当にあった事件をモデルにして書いたと聞き、ますます複雑な気持ちになった。
まさに「事実は小説のよりも奇なり」。
現代でも度々起こる、幼児虐待を見た様な気がした。
宗吉の妻お梅の心情も分からなくはないが。
しかし実の母親である菊代にしても、何か無責任感が漂う。
二歳の育児は、供に働いている宗吉夫婦では不可能と思われる。
しかし一番無責任なのは、やはり宗吉。
苦労して一所帯を築き上げた迄は良いが、其の後愛人を作り、身の破滅を招いてしまうのは、当に自業自得。
誰しもが嵌り易い、陥穽かもしれない。
少し金を持った時、身持ちを崩すのは、よくある話。
良子は東京のデパートの屋上で置き去りにされる際、本能的に最後の別れと思い、宗吉を見つめたのか。
宗吉が振り返り良子の顔を見た時、宗吉の胸に去来したは一体、何か。
利一が奇跡的に助かり警察から事情を聞かれても利一は、自分の氏名・住所・父親の名前、どうして崖から落ちたのか一切公言しなかった。
小説では「誰かを庇っているかのようにも思える」と書かれている。
実際、清張の本音は何方だったのだろうか。
父親を庇い、口を噤んだ。
或いは自分の弟・妹を見捨て、あまつさえ自分を殺そうとした宗吉を憎み、決して父親と認めたくなく、だんまりを決め込んだのか。
映画では、何方でも取れる描き方だった。
しかし脚本家の意見は、父親に幻滅して「意地でも父親として認めたくなかった子供の心境を描きたかった」と述べている。
清張の短編小説でも有名な作品で、映画・TVドラマ等で暫し映像化されている。
追記
舞台としては、関東地区周辺と思われる。S市となっているのは、栃木県佐野市であろうか。
それでなければ、神奈川県相模原市とも考えられる。
宗吉が利一と出かけ、水族館、ボートに乗った場所は「江の島」とほぼ断定できる。
作品では触れられていないが、3人の母菊代は、その後一体どうなったのか。
(文中敬称略)