不要な事を書き、墓穴を掘った女。松本清張『地方紙を買う女』

★松本清張シリーズ 短編小説編

 

・題名         『地方紙を買う女』

・新潮社         新潮文庫 

・傑作短編小説     【張込み】内にて 

・昭和40年12月発行

 

登場人物

 

◆潮田芳子

芳子は、バーに勤める女給だった。芳子は東京から約2時間半ほど離れた、地方都市の地方紙を購入していた。

理由は紙面を点検して、自分が関わった事件の成り行きを見守る為。事件発覚後、地方紙の購入を止める。

購読を止める理由として心にもない事を書き、結果身の破滅を招く。

 

◆杉本隆治

芳子が購読する地方紙で、小説を書く作家。

芳子が地方紙を購読する目的が、自分の小説であると新聞社から聞き、芳子に礼状を書く。

一ヶ月後、芳子から小説が面白くない為、購入を止めると連絡を受け、気分を損る。

杉本はあまりにも不愉快な為、芳子を調べる。調べ始めた結果、事態は思わぬ方向に展開する。

 

◆庄田咲次

芳子の情夫。半ば強制的に、芳子を自分の物とする。女癖が悪く、他にもいろいろ手を付けている。

同じデパートに勤める福田梅子も、その一人。

或る日、行方不明となる。凡そ一か月後、東京から2時間半ほど離れた地方都市の山中にて、死体となって発見される。

発見された際のもう一人の死体は、前述した福田梅子と判明。単なる男女の心中事件として、処理される。

 

◆福田梅子

庄田咲次が警備員として働くデパートの店員。庄田の情婦的存在。

庄田と一緒に出掛けるが、地方都市の山中にて、庄田と供に死体となり発見される。

庄田との心中事件として処理される。

 

◆田坂ふじ子

杉本隆治に誘われ、潮田芳子と三人でピクニックに出かける。

ふじ子本人は杉本から何も知らされておらず、ただ誘いについてきたのみ。

潮田芳子が持参した弁当を食べようとし、杉本に窘められる。

 

作品概要

 

地方紙を購読する芳子

潮田芳子は東京にいながら、地方紙の購読を申し込んだ。

地方紙を購読する理由は、そう遠くない将来、必ず報道されるであろう事件の記事を確認する為。

 

報道されるであろうと書いたのは、芳子が報道される事件に係っている為。自分が当事者と言っても過言でない。

芳子が関係した事件がまだ世間に露見されてない為、未だに記事になっていない状況だった。

 

詳しく言えば、芳子は情婦(庄田)と、庄田の情婦(福田)と合計3人で、地方の山地にハイキングに出かた。

芳子は持参した食べ物で、2人を毒殺。事件を、男女2人の心中に見せかけた。

つまり芳子は自分が犯した犯罪が、地方新聞に掲載されるのを確認するのが目的だった。

 

芳子は地方紙を東京に郵送して貰う為、地方紙の新聞社に前金で支払った。

購読の動機を疑われない為、地方紙で連載されていた「野盗伝奇」という小説を読みたいと理由付けをして、購読を依頼した。

 

芳子が何故、地方紙に連載されていた小説の名を知っていたのか。

芳子は殺人を実行する当日、駅の近くの食堂でたまたま現地の地方紙を目にし、新聞内の小説の存在を知ったからである。

芳子は内容など、全く念頭になかった。

 

それから芳子と地方紙の睨めっこが始まった。2週間後、小さな変化が起こった。

芳子が購読の理由として挙げた小説の作者から、購読の御礼状が届いた。新聞社が気を利かせ、作者に連絡したのであろう。

作者は杉本隆治と云った。

 

芳子は別に小説を読むのが目的でなかった為、そんな葉書など、ただ煩わしいだけだった。

そして一ヶ月後、遂に目的の記事を見つけた。

 

記事の内容では、凡そ一ヶ月経過した男女の腐乱死体が発見されたとの事。

翌日の新聞にて、「男女の身元が判明」と掲載されていた。

記事に因れば、警察の見解は男女の心中の可能性が濃厚との事。

 

芳子は記事を確認後、地方紙の購読を止めた。

止めた理由として「小説が一向に面白くない為、購読を止める」と書き添えて、購読の中止の葉書を郵送した。

 

小説家、杉山隆治の怪訝

地方紙に掲載されている「野盗伝奇」の作者杉山隆治は、芳子からの購読を止める葉書を読み、甚だ気分を損ねた。

約一ヶ月前、自分の小説を読みたい為、購読したいという東京の人間が、今度は一向につまらない為、購読を止めると言って来た為。

小説の内容は一ヶ月前より寧ろ面白くなる展開であるが、女がつまらないとの理由で、止めると言ってきた。

杉本には、何かモヤモヤしたものが残った。

 

杉本は疑問が湧いた。購読を止めると言った女は、実は自分の小説など全く興味がなく、ただ或る日を境に、読む必要がなくなったのではと推測した。

杉本は潮田芳子の身辺調査を、興信所に依頼した。

興信所の調査結果を読んだ後、杉本はどうやら潮田芳子は東京出身の男女の心中事件の記事に、大変興味を持っていた事を突き止めた。

杉本は興信所の調査で、潮田芳子の勤め先を突き止めていた。芳子は西銀座裏にある、バーに勤める女給だった。

 

杉本は大胆不敵にも、芳子に会いに行った。勿論、店の客として。

店の客として何食わぬ顔をして芳子に会い、芳子を観察した。

 

芳子も仕事がら慣れたもので、さり気なく杉本をもてなした。

杉本が帰った後、杉本は忘れ物をした。杉本の忘れ物の中味は、芳子が以前購読していた地方紙だった。

地方紙の日付は、芳子が他県で殺人を犯した日だった。

 

芳子は考えた。杉本が偶々忘れたのか、それとも故意に自分を試す為、態々忘れた振りをしたのか。

芳子は杉本の出方を探る事にした。

 

後日、杉本がやってきた。今度はわざわざ事件当日、芳子が毒殺した男女の服装を似せて撮らせた写真を芳子に見せた。

芳子は確信した。

杉本は自分が態々東京から前金を払い、地方紙を購読した理由を知っていると。

 

芳子の再計画

芳子は以前男女を毒殺したと同様の手口で、杉本を殺害しようと計画した。

杉本は知らないふりをして、知り合いの編集者田坂ふじ子を誘い出し、芳子と三人で奇妙なピクニックに出かけた。

杉本は田坂ふじ子に何も詳しい事を説明していなかった為、ふじ子と芳子は直に打ち解けた。

 

二人が打ち解けた後、いろいろ三人で歩き回り、昼食を取る事にした。

芳子は弁当に海苔巻きを持参した。ふじ子はサンドイッチを持参。二人で仲良く、交換した。

 

海苔巻きを食べようとしたふじ子を、杉本は窘めた。

杉本は今回の目的、これまでの芳子の事件の経緯、再び自分達二人を前回と同様の手口で毒殺を計画。

心中に見せかけようとしている旨を説明した。

 

説明後、芳子は海苔巻きに毒など入っていない事を証明する為、海苔巻きを一人で食べた。

暫くして、毒入りでない事を証明した後、二人の許を立ち去った。

 

其の後杉本の許に、潮田芳子からの手紙が届いた。手紙と云うよりも、遺書であった。

遺書には何故、心中に見せかけ殺さねばならなかったかの理由が書き添えてあつた。

更に杉本の時は毒は海苔巻きでなく、飲み物に混入してあり、毒殺するつもりだったと書き記されていた。

 

要点

 

潮田芳子は東京の某デパート警備員、庄田咲次を殺害する計画を立てた。

庄田を東京から近いY県K市に誘い出し、庄田が連れてきた愛人、福田梅子と一緒に心中に見せかけ毒殺する計画を目論んだ。

小説中では伏せられているが、Y県K市とはおそらく山梨県甲府市と思われる。

 

芳子は以前庄田が勤めているデパートに買い物に出かけ、自分のうっかりもあったが、庄田に万引き犯にされてしまった。

庄田はあざとく芳子の犯罪を見過ごす代わりに、しつこく芳子に付きまとった。金銭的・肉体的にも。

更には芳子が勤める店に来て、ただ酒を喰らう有様だった。

 

芳子は庄田の横暴に耐え切れず、庄田を殺害する決意した。

庄田は元来、女クセが悪く、勤め先の同じデパートに愛人、福田梅子がいた。

庄田は芳子に三人で、Y県K市にピクニックに行くことを提案した。

 

なんとも可笑しな三人組と言える。

庄田は梅子を連れてくる事で、芳子の嫉妬心を煽ろうとの心算だったのであろうか。

元々芳子は、庄田に無理やり付き合わされただけで、嫉妬心などサラサラなかった。

 

芳子は計画を実行。

二人の死体が約一ヶ月後に発見され、心中事件として処理された。

死体が発見され心中事件として処理されるまで、芳子は気が気でなかった。

 

その為芳子は、わざわざK県の地方紙を購読した。

今では考えられないかもしれない。今ではネットで検索すれば、地方の事件情報など手軽に得られる時代。

しかし作品が発表された昭和40年代には、まだ不可能だった。

昭和40年代(1970年代)どころか、2000年頃まで地方紙の内容を瞬時に読む事は困難だった。

地方で起きた事件は余程の重大事件でない限り、全国紙の地方版に小さく掲載される程度だった。

これは決して大げさでなく、全くの事実。

 

潮田芳子は新聞購読する為、嘘の理由を書いてしまった。たまたま目にした地方紙に掲載された小説を見たが為に。

購読理由を丁寧に、小説を読む為と書いてしまった。

結論を述べれば、これが命取りとなった。芳子は小説を読む気など、全くなかった。

 

その為、自分が犯した犯罪記事が掲載された後、新聞購読を止める理由として、全く読んでいないにも拘らず、「小説が面白くない為、購読を止める」と軽い気持ちで書いてしまった。

 

あまり創作をした事がない人、或るいは物を作った事がない人は分からないかもしれない。

一旦人に褒められ、次に自分の作った作品を貶された時、何かモヤモヤした気持ちになる。

まして同一人物であれば、猶更。

最後に貶めるのであれば、最初から褒めないでくれとさえ思ってしまう。

何か気まぐれに付き合わされたような気持ちになる。

 

作品に登場する杉本隆治も、同じ心境になったと思われる。

ややもすれば粘着質とも思われる位に芳子の事を調べ、芳子の地方紙購読の理由を突き止め、芳子に近付いた。

芳子の誤算は作家とは案外嫉妬深い人間だと云う事が、分からなかったのかもしれない。

それが芳子の誤算だった。

 

尚、芳子が庄田に付きまとわれた経緯も、多少の同情の余地があると思われる。

しかし一番の原因は、芳子が夜の務めをしなければならなかった事。

芳子の夫は戦争で出征したが、なかなか復員してこなかった。長くシベリアに抑留されていたのが原因だった。

 

清張作品によくあるパターンだが、ここにも戦争が暗い影を落としている。戦争の爪痕でも言おうか。

作品は短編小説であるが、しばしTVサスペンスなどでリメイク、放送されている名作。

 

(文中敬称略)