人生の儚さを描いた作品 『リア王』原作 黒澤明監督『乱』
★懐かしい日本映画 黒澤明監督シリーズ
・題名 『乱』
・公開 東宝 1985年
・監督 黒澤明
・製作 セルジュ・シルベルマン、原正人
・撮影 斎藤孝雄、上田正治
・音楽 武満徹
・脚本 黒澤明、小国英雄、井手雅人
・配給 東宝、日本ヘラルド社
・原作 『リア王』シェイクスピア作
目次
出演者
・一文字秀虎 :仲代達矢 ・一文字太郎孝虎:寺尾聰
・一文字次郎正虎:根津甚八 ・一文字三郎直虎:隆大介
・楓の方 :原田美枝子 ・末の方 :宮崎美子
・鶴丸 :野村武司 ・鉄修理 :井川比佐志
・狂阿弥 :ピーター ・平山丹後 :油井昌由樹
・生駒勘解由 :加藤和夫 ・小倉主馬助 :松井範雄
・長沼主水 :伊藤敏八 ・藤巻の老将 :鈴木平八郎
・白根左門 :児玉謙次 ・楓の老女 :東郷晴子
・秀虎の側室 :南條玲子 ・畠山小彌太 :加藤武
・綾部政治 :田崎潤 ・藤巻信弘 :植木等
あらすじ
戦国時代の雄「一文字秀虎」は、年齢70歳の老将。
3人の立派な息子に恵まれた。それぞれ3人に城を任せ、領国を守らせていた。
世間では、既に隠居しても良い年齢。友好国である隣国領主を招き、一族・家臣共々と狩りを楽しんでいた。
狩りの後、宴が催され、一同和やかに進むかと思われた。
狩りに呼ばれた隣国領主「綾部」と「藤巻」の両名は「一文字家」と誼を深める為、自分たちの娘と三郎との縁組を企んでいた。
宴は俄に、荒れ模様と化す。
宴をよそに狸寝入りか、うたた寝かは分からぬが、当主一文字秀虎は宴の途中で寝入ってしまう。
暫く眠った秀虎は、何か悪夢でも見たのであろうか。突如、引退を決意。
家督を太郎に譲ると宣言した。秀虎は皆に太郎への忠誠と、一族の結束を求めた。
三郎は父の弱気を嗜め、更に一族の結束など所詮、儚いものだと述べ、秀虎の怒りを買う。
三郎はその場で廃嫡。一文字家、追放の身となる。
追放になった三郎、秀虎を諫めた家臣平山丹後も放逐となった。
しかしその態度を隣国「藤巻」に見込まれ、三郎は藤巻家に婿入りとなった。
家督を太郎に譲ったが其の後、秀虎の家臣と太郎の家臣との間で諍いが始まった。
俄に、城内に不穏な空気が流れる。
太郎は正室「楓の方」に唆され、次第に秀虎を疎ましく感じ始め、排除し始める。
互いの家臣間が争っている最中、秀虎は太郎の家臣を弓で射殺する。
秀虎と太郎の不和は、決定的なものとなった。太郎は父秀虎に、自分に忠誠を誓うよう誓紙を強要した。
当然、秀虎は面白くない。秀虎は太郎の許を去り、次郎の城に移った。
※此れは、現代の企業でも暫しありがちな出来事。
現社長が退任。今まで恩恵を被っていた現社長派が、次期社長が就任後、冷や飯を喰う。
当然、前社長派は面白くない。自然に会社内で争いが起き、不穏な空気が流れ始める。
此れが内部争い、派閥争いの始まりに繋がる。
此の争いが暫し組織の崩壊・弱体化を招く原因となるのは、古今東西みな同じ。
一文字家も類にもれず、一家の崩壊が始まる。
次郎も太郎からの連絡を受け、心良く秀虎を受け入れる気などなかった。
秀虎は次郎にも、冷たくあしらわれた。
途方に暮れた秀虎は仕方なく、嘗て三郎が城主をしていた城に入るほか、選択肢はなかった。
秀虎が三の城(元三郎の城)に入るや否や、太郎・次郎の両軍が三の城に押し寄せ、秀虎を攻撃した。
側近「生駒・小倉」も秀虎を裏切り、秀虎は敗退する。
この時、乱戦に乗じ、次郎軍の家臣(鉄修理)が太郎を射殺した。
焼け落ちる城の中から、秀虎一人が出てきた。
しかし流石に気が咎めるのか、誰も秀虎にとどめを刺そうとはしない。
秀虎は発狂、何処ともなく落ちていく。
太郎を討ち取った次郎は見事に、一文字家乗っ取りに成功した。
荒野を彷徨っていた秀虎は「平山・狂阿弥」に保護され、あばら屋に一夜の宿を求めた。
あばら屋の主は、嘗て秀虎が攻め滅ぼした、一家の残党だった。
あばら家の主は、次郎の妻「末の方」の弟、「鶴丸」。鶴丸は一家を滅ぼされ、秀虎に目を潰された過去があった。
太郎が討ち死にした後、太郎の正妻「楓の方」は次郎を篭絡。
楓は、次郎の妻「末の方」を殺害するよう唆す。
平山丹後守は、三郎に秀虎を迎えに来させる為、藤巻領を目指した。
平山から知らせを聞いた三郎は軍を率い、廃城で身を寄せていた秀虎を迎えに行く。
三郎の軍に、舅藤巻も加勢した。隣国の不穏な動きを察知した舅藤巻。
一文字家のお家騒動を嗅ぎつけ、婿殿三郎を援護するとの名目で、あわよくば領土を掠め獲ろうとの目的。
兵を国境に進めた。当に一歩間違えれば、戦になりかねない状況。
秀虎は、再度発狂。廃城から逃走した。
次郎、三郎軍が対峙しているのを見計らい、やがて綾部軍も結集。
綾部も両軍の争いに乗じ、漁夫の利を狙おうとの考えだった。
次郎軍は、三郎の軍勢に戦いを仕掛けた。その時次郎は、綾部軍の本隊が一文字領に攻め入った報を受けた。
目の前にいる綾部軍は実は囮で、綾部軍は本隊を、一文字家の本城に差し向けていた。
三郎は秀虎を、荒野で発見。二人は今迄の己の非を詫び、和解する。
和解を果たした三郎・秀虎であったが、三郎は次郎が配備した鉄砲隊に狙われ、絶命する。
あまりの人生のみじめさ・むごさの為、秀虎も三郎と供に絶命する。
次郎軍は撤退。慌てて本城に戻るが、城は既に落城。一文字家は滅亡する。
見所
冒頭、一文字一族・郎党が狩りをするシーンから始まる。
狩の際、紋章をみれば「月星」の家紋に近い。因みに月星は、「千葉家」の家紋。
狩りの後の宴の席で秀虎は転寝をし、その時見た夢が、後の自分の人生を暗示している。
正夢とも言うべきであろうか。
家督を譲り、一の丸から二の丸に移った秀虎だったが、城内で秀虎と太郎の側近・家臣達が諍いを始める。
現代でも同様、隠居の身となった元家長の家臣・現家長の家臣とは、折り合いが悪いもの。
会社も同じ。社長が退任。会長職に退くと同時に、元社長の側近は引退か左遷される宿命。
徳川幕府の初期、駿府の大御所・江戸の将軍の側近間で、仲が悪かった。
家康の死後、駿府にいた側近は政争に負け、殆どが粛清された。
太郎・次郎に秀虎を討たせ、秀虎郎党を誅殺。乱戦に紛れ、次郎の家臣は太郎を射殺。
次郎は、一文字家乗っ取りに成功する。
三郎が嘗て守っていた城に籠った、秀虎の家臣・郎党は討ち死に。
秀虎を裏切った側近生駒・小倉も、追放の身となる。まさに醜い、骨肉の争いを呈する。
秀虎は嘗て自分が攻め滅ぼした一族の廃城に身を潜め、狂阿弥(食客の狂言師)の世話を受けた。
平山は藤巻に婿として迎えられた三郎の許に行き、秀虎を迎えにくるよう説得にいく。
平山の求めに応じ、三郎は秀虎を迎えにやって来た。
三郎は、只秀虎を迎えに来ただけであったが、舅の藤巻は、三郎に加勢した。
藤巻はあわよくば、一文字領を掠め取ろうと画策した。
ひとつ間違えれば、藤巻と一文字家との戦になり兼ねない状況。
次郎・三郎軍が対峙しするのを見計らい、綾部軍もやってきた。
もし次郎・三郎軍の何方が勝っても、互いは疲弊する。綾部は、あわよくば漁夫の利を浚おうとの魂胆。
三郎は秀虎と逸れた狂阿弥の話を聞き、秀虎を原野に探しに行く。
野原で佇んでいた秀虎を発見。三郎・秀虎は互いに今迄の不義を詫び、和解を果たす。
次郎軍は、三郎が留守の藤巻軍に戦いをけしかける。
戦いの最中、綾部軍が一文字家の国境を越え、攻め入ったとの報が入る。
どうやら目の前の綾部軍は囮の模様。
次郎軍は撤退。撤退の際、次郎軍は三郎軍に散々に撃ち破られる。
次郎軍は本城に戻るが、時既に遅し。綾部軍が目の前に迫る。
三郎は和解を果たした秀虎を馬に乗せ、自軍に引き上げようとした。
しかし三郎は、次郎が密かに配備した鉄砲隊に撃たれ、落命する。
秀虎はあまりの運命のむごさに嘆き哀しみ、自らも絶命する。
当に「人生の悲劇」。
城が陥落する寸前、一度は逃げた「末の方の首」が届けられた。
鶴丸が忘れた笛を取りにいった老婆の帰りが遅い為、末の方は様子を見に行き、次郎の手下の者に撃たれ、首を刎ねられた。
◆最後に楓の方が
「一門を滅ぼし、親兄弟を殺した一文字家の最後を見届けたかった」
と述べる。当に、積年の恨みが達成された瞬間。
楓の方は鉄修理に斬られ、絶命。城は綾部軍に攻められ落城。一文字家は滅亡した。
藤巻軍は秀虎と三郎の亡骸を運び、自領に撤退。
廃城の石垣に登った鶴丸が、帰らぬ人を待つシーンで映画は幕を閉じる。
まさに人間の儚さ・無常を描いた作品。
追記
設定は西国の雄「毛利元就」、3人の息子は「毛利隆元、小早川隆景、吉川元春」がモデル。
3本の矢は元就の逸話から取ったもの。
実際の毛利家はご存じの如く、結束が固く、関ヶ原の敗戦にも係らず、徳川治世も生き残り、幕末の倒幕運動で活躍。
見事、明治維新まで生き残る。
配役にも同じ事が言えるが、何となく同じ黒澤明監督作品「影武者」と重なる箇所が随所に見られる。
内容的には、シェイクスピア原作の同監督作品「蜘蛛巣城」と重なる。
身内同士が互いに疑心暗鬼になり、滅ぼしあう処。
黒幕的存在が、「正室」であるのも似ている。魔性というのか、魔物と言うべきか。
因みに三郎が隣国の国主に見込まれ、婿入りする家の名が「藤巻」。
蜘蛛巣城の冒頭、北の館の主で謀反を起こし、失敗する武将の名も「藤巻」だった。
余程監督の黒澤は、藤巻を云う名が気に入っていたのだろうか。
何と言っても登場する武者たちの衣装・城などのセットが、豪華で素晴らしい。
城の炎上・合戦シーン等もなかなか見ごたえある作品。
(文中敬称略)
参考
一介の盗人から一国の城主となった者の数奇な人生を描く、黒澤明監督作品「影武者」