平凡な主婦が一時、輝きを取り戻した瞬間 松本清張『張込み』映画版

★懐かしい日本映画 松本清張シリーズ

 

・題名     『張込み』     

・公開     松竹1958年

・監督     野村芳太郎       

・製作     小倉武志

・撮影     中井朝一、斎藤孝雄  

・音楽     黛敏郎

・脚本     橋本忍

・原作     『張込み』松本清張

 

出演者

 

・柚木刑事  :大木実       ・下岡刑事  :宮口精二

・横川さだ子 :高峰秀子      ・石井久一  :田村高広

・下岡の妻  :菅井きん      ・下岡の長男 :竹本善彦

・横山仙太郎 :清水将夫      ・仙太郎の長男:伊藤卓

・仙太郎の長女:高木美恵子     ・仙太郎の次男:春日井宏行

・共犯者、山田:内田良平      ・柚木の恋人 :高千穂ひづる

・弓子の父  :藤原釜足      ・弓子の母  :文野朋子

・旅館の女主人:浦辺粂子      ・捜査第一課長:芦田伸介

 

あらすじ

 

柚木刑事と下岡刑事は横浜発の九州行の夜行列車に乗り込んだ。一ヶ月前に発生した強盗殺人犯「石井久一」の元恋人の嫁ぎ先に赴く為。

何故横浜から乗り込んだのかと言えば、文屋(新聞記者)を巻く為だった。

 

東京駅から乗り込んだ二人の刑事は山口県小郡で降りた。柚木・下岡刑事は更に九州を目指す。

二日懸けて降りた場所は佐賀市。早速二人の刑事は、さだ子の家が見下ろせる、旅館に宿泊する。

 

張込みを続けるが、さだ子の生活は平凡そのもの。まるで変化がない。時間が止まっているかの様だ。

あまりにも退屈な日々が流れ、石井は来ないものかと思われた。

いよいよ明日張込みを切り上げ、東京に戻ろうとしたその時。

 

見所

 

初めに石炭列車の夜行での長旅のシーンから始まるが、当時の鉄道状況が見て取れる。如何に長旅が苦労するものだと分かる。

石井の元恋人の嫁ぎ先、佐賀市に到着。両刑事はさだ子の嫁ぎ先、ほぼ真向かいの旅館に宿泊する。宿泊する際、現地で値段交渉するのが面白い。今では考えられないが、当時では値段交渉があったようだ。

 

さだ子が街の市で買い物をするシーンがあるが、当時の世相・街の風景が見て取れる。当時の日本各地で、似た風景が見られたのではないかと思われる。

若い柚木刑事が買ったタバコが「いこい」。当時は大概「しんせい」「いこい」「わかば」「エコー」あたり。懐かしさを感じる。

亭主は相当ケチの模様。二級酒を五合頬張り、風呂の湯加減にも拘る。いくら神経が細かいと言えども、そこまで細かければ、流石に誰も嫌がるだろう。更に毎日の米、金の遣う額を決められては、堪ったものではない。息が詰まる思い。

 

両刑事は張込みを続けるが、さだ子は判で押した様な生活。横山家にも変化なし。まるで時間が止まっているかの様。

さだ子には生気がなく、後妻と言う事もあってか、家政婦の様な生活。何か幸せというものが感じられない。人間此の様に歳を取っていくのかと思うと、何かやりきりない思いがする。

張込みから6日。約一週間が経ち、夜行で帰京しようとした日、石井らしき人物から連絡が訪れる。何気ない物売り風情の男が、訪問した事に因り。

 

女は午前中、外出した。買い物に出かけるのは、いつも午後4時。買い物にしても、買い物かごを持っていない。明らかに何時もと違う。

慌てて柚木は尾行を開始するが、街の雑踏で見逃してしまう。

駅で聞き込みをした結果、女はバスで男と一緒に温泉地に向かった模様。柚木はすぐさまタクシーで二人を追いかける。

柚木はバスの最終地点迄いくが、二人は途中で降りた。柚木は二人を追いかける。

 

追いかける途中、柚木は石井は自暴自棄になり、女を道ずれに無理心中を図るのではないかと恐れた。

追跡の結果、山中で二人を発見。柚木は石井を捕らえようとするが、何やら様子がおかしい。可笑しいのは二人の様子ではなく、自分の想像とはまるで違っていた。

 

二人は昔の恋人時代と、同じ様子だった。今まで6日間、柚木が見張っていた平凡で、生気のない主婦の顔と違い、明らかに強い意思を持った一人の女の顔をしていた。今迄に比べ想像もつかない程、情熱の火を灯していた。

劇中で柚木がさだ子に対し、述べた言葉。

「生きがいと言うのか、張り合いというのか」

此れが柚木のさだ子に対する印象だった。何か味気ない単調な毎日の繰り返し。一週間見続けたさだ子の生活には、誰の目にも生きがい・張り合いが欠けていた。

 

柚木の目の前のさだ子は、普段のさだ子からは想像もつかない程、石井に対して激しい恋の告白があった。

石井はさだ子の情熱に耐え切れなくなり、終に真実を話しかけようとするが、不意に傍らで童謡を歌う子供達の集団が通る。

子供たちの登場で石井の告白の意は削がれてしまう。子供の唄う童謡と、現在の二人の状況の対比が印象的。

 

温泉宿に入った二人を見届け、柚木は応援の刑事を待った。応援の刑事達が駆けつけ、石井を逮捕する為の配置につく。柚木・下岡刑事は、石井を逮捕する為、温泉宿に踏み込む。

温泉宿で石井が廊下の欄干に腰かけ、草笛で童謡を奏でる。前述の子供の童謡シーンと同じで、何か切ない。

石井は呆気なく逮捕される。本人も観念し、抵抗する気はない。

 

柚木はさだ子が来るのを、部屋で待った。風呂からさだ子が現れた。柚木は石井が逮捕された事実を告げる。

柚木はさだ子に

「今から帰れば、何事もなかったように何時もの生活に戻れますよ」と告げる。

さだ子は泣き崩れた。

「激しく情熱を燃やした事の儚さと、再びあの気だるく単調な生活に戻らなければならないのか」

と言うやるせなさの為であろうか。

 

追記

 

原作では柚木刑事は年配の刑事と想像されるが、映画版では柚木刑事は若い刑事の設定になっている。

下岡刑事役「宮口精二」、佐賀署刑事役「多々良純」は黒澤明監督作品にも出演している。

黒澤明監督代表作品「七人の侍」等。他に旅館の女中の一人、「小田切みき」は「生きる」。柚木刑事の妻役の「菅井きん」「天国と地獄」など多数。

「菅井きん」と柚木刑事の恋人役「高千穂ひづる」は、それぞれ同じ松本清張映画「砂の器」「ゼロの焦点」にも出演している。

 

原作にはないが劇中では、柚木刑事の私生活の回想を交え、話が進んでいく。さだ子の生活、今後の自分の将来を重ね合わせている様にも見える。

原作では石井は30歳、さだ子は28歳の設定だが、劇中では、さだ子は28歳、石井は年下の設定。              

(文中敬称略)