白い霧の中で、ドス黒い陰謀が蠢く 松本清張『白い闇』

★松本清張 短編小説シリーズ

 

・題名       『白い闇』 松本清張短編小説全集04【殺意】内

・光文社      光文社文庫  

・2008年    12月発行

・昭和32年    8月発表 『小説新潮』

 

登場人物

◆高瀬精一

石炭商を営む。仕事柄、北海道・東北などに一週間近く、度々出張する。

出張は予告なしに伸びる事があり、妻信子は何時もの事だと思い、気にも留めてなかった。

しかし或る日、何時もとは違い北海道に出張すると言ったきり、戻らぬ人となった。

 

◆高瀬信子

高瀬精一の妻。

暫し北海道・東北などに出張する夫に対し、多少伸びても毎度の事と思い、気にも留めていない。

処が或る日、夫が出張に出たまま戻らず、2週間程が過ぎ、漸く夫の失踪を知る。

 

◆高瀬俊吉

高瀬精一の従弟。

粗野な精一とは正反対。俊吉は繊細で内気な性格だった。精一が長い間出張から戻らない為、妻信子から相談を受ける。

 

◆田所常子

青森のホステス。青森に出張する高瀬精一の愛人と称す。

実際信子が青森を訪ね精一との関係を問うた処、精一との関係を明確に認めた。

 

◆白木淳三

田所常子の実兄。仙台にて旅館を営む。

奥入瀬渓流にて死体となり発見された田所常子の事を調べた後、高瀬精一との関係を知り、信子の許を訪ねる。

 

作品概要

高瀬精一は石炭商を営んでいた。仕事がら北海道・東北など、一週間近く出張する事があった。精一には妻信子がいた。

精一は出張の帰宅日を決めていない事が多く、暫し予定より出張が伸びる事が多かった。

信子が精一にその事を詰ると精一は然程気にする様子はなく、商売柄さらに帰宅日を定めない事が反って愉しみもあると述べ、取り合わなかった。

 

或る日精一は仕事で北海道に出張した。出張して一週間しても精一は帰宅しなかった。

信子は何時もの事だと思い、気にも留めてなかった。

軈て精一が10日経っても帰宅しない為、漸く信子は不安に駆られた。

 

信子は不安に駆られ精一の従弟の俊吉に相談した。俊吉は精一の従弟だが、精一とは何から何まで、正反対だった。

 

精一は粗野な性格だが、俊吉は内気であり、体つきも精一は立派な体格をしているが、俊吉は記華奢な体格。

精一は酒は飲むが、俊吉は酒を全く飲まない。俊吉は本や映画が好きだが、精一は本や映画は全く好まないなど、二人は全く別な人格だった。

 

兎に角、精一が出張から戻らない為、不安になった信子は俊吉に相談した。

俊吉に相談した結果、信子は俊吉から意外な事実を知った。

 

夫精一には、一年前から青森に女がいる事実を聞かされた。

女は青森のバーに勤める女で、田所常子と云った

 

信子は翌日、夫の手がかりを求め、田所常子のいる青森に向かった。

青森に着いた信子は、田所常子の勤めるバーに行き、田所常子に面会した。

 

田所常子は信子を見るなり敵対心を露わにし、まるで開き直るかのように精一との関係を認めた。

田所常子から話を聞いた信子は気落ちして、帰京した。

 

帰京後、信子は俊吉に事の次第を報告した。

俊吉は信子の話を聞き、今度は自分が青森に行き、田所常子に精一の行方を聞くと言い出した。

信子は俊吉を申し出に対し期待を寄せた。

 

しかし俊吉が青森から帰京後、信子の淡い期待は打ち砕かれた。

俊吉の話では、田所常子は信子が問い質したと同様、精一との関係を肯定。更に精一との関係を開き直る有様だった。

 

俊吉からの報告を聞いた信子は、警察に捜索願いの届けを出した。

数日後、警察から呼び出しがあり信子が警察に赴いた際、信子は警察から精一は青森の田所常子の処にはいないとの知らせを受けた。

 

信子は警察から話を聞き、此れで夫精一との関係が全て絶たれたと実感した。

精一が確実に失踪したと知った信子は、その不安を打ち消すかのように精一が残した稼業に没頭した。

 

精一が戻らず信子が稼業を継いで何日も経った後、信子は俊吉から知らせを受けた。

その知らせとは、青森で精一と関係を持っていた田所常子が青森の十和田湖に近い奥入瀬渓流の林で、死体となり発見されたとの事。

更にその事で宮城から田所常子の実兄の白木淳三が、俊吉の許を訪ねてきたとの事だった。

 

果たして田所常子は何故、死体となり発見されたのか。そして田所常子の実兄白木淳三は、どういった目的で俊吉の許を訪ねたのか。

信子に取り、謎は深まるばかりだった。

 

要点

高瀬精一の従弟である高瀬俊吉は、精一の妻信子に好意を抱いていた。

精一は武骨で豪放磊落だが、俊吉は内向的で繊細な人間だった。

精一の妻信子も、自分の夫には無い処を従弟の俊吉が持ち合わせていた為、何となく気にはなっていた。

 

精一はガサツだが、何気に俊吉の信子に対する気持ちに、薄々気づいていた。

そんな時、精一が出張先から戻らず、失踪状態となった。

 

夫精一がなかなか戻らず不安に駆られた信子は、次第に従弟の俊吉を頼りにし、軈て惹かれ始める。

信子本人も徐々に意識し始め、いけない事と知りつつ、此の底ではそれを期待する気持ちもあった。

 

そんな時、夫精一の愛人と思われ、青森の奥入瀬渓流の中で死体となり発見された田所常子の兄、白木淳三から信子の許に手紙が届く。

 

手紙の内容は、信子が想像だにしなかった事実が記されていた。

信子が想像だにしなかった事実とは。

それは精一は俊吉に殺害され、白木の妹田所常子は、実は俊吉の愛人であったと云う事。

 

俊吉は何故、精一の殺害に至ったのか。

それはおそらく前述した信子に対する愛情による、精一に対する嫉妬。

更には日頃から精一に何気に揶揄われている事の、さり気ない憎悪・復讐心であろうか。

好意を持っている人の面前で何気に馬鹿にされる事、辱めを受ける事で俊吉は、徐々に従兄精一に対する殺害心が芽生えたと推測する。

作中で俊吉は精一に対する、「劣等感」と記されているが。

 

又精一を殺害する事で、信子を自分のモノにしたいという気持ちもあったに違いない。

その二つの気持が、精一殺害に至った動機。

 

斯う書けば俊吉が一方的に悪いと思われがちだが、果たして信子にも心のスキがなかったと云えるのか。

信子の俊吉に対する思わせぶりな態度が、俊吉に犯行を走らせたとも限らない。

何故なら、田所常子の兄白木淳三が俊吉を信子の許を訪ねた際、僅かな時間だったが、俊吉を信子の微妙な関係を見抜かれていた。

 

作中では、

匿している悪いところを急に見抜かれた時の狼狽

と書かれている。

 

何はともあれ、信子は白木淳三から事実を知り、俊吉に思わせぶりな態度を取り、嘗て殺害された精一と俊吉が辿った道筋をなぞるような旅に誘いだした。

誘い出された俊吉は初めはそうとは知らず、信子と関係を期待する気持ちで旅に出た。

 

旅に出たは良いが、一向に信子は自分(俊吉)を受け入れる気配がない。

旅が進むに連れ俊吉は、やがて信子が自分の事を疑い、夫精一殺しを試すような素振りをしている事に気づいた。

 

そしてとうとう精一を殺害した時と同じシチュエーションで、信子を殺害。無理心中を計画した。

俊吉がまさに信子に手をかけよとした時、白い霧の中から白木淳三が舟を漕いで現れた。

 

追記

私が昔旅行会社に勤めていた時、作中で登場する地名に添乗した過去がある。

作品を読んでいる中に、登場する地名が懐かしいと思うと同時に、そうだったなと忘れていた過去の記憶を蘇らせてくれたような気がする。

改めて松本清張の取材・観察力に感服するような思いだ。本当に現地の様子が具に描かれていて、私が過去訪ねた状況が、まざまざと思い出された。

もう既に20年以上の記憶だが、それをハッキリ思い出させてくれた清張の力に改めて実感した。

清張の作品を今迄数多く紹介してきたが、色々な旅先の描写が細かく描かれている為、まるで自分が現地にそのまま移動したような錯覚に陥る。

一度訪ねた人間であれば、きっと同じ思いがするだろう。そんな思いがする作品だった。

 

(文中敬称略)