横領した金で逃避行、旅先で見た物 松本清張『拐帯行』
★松本清張短編小説シリーズ
・題名 『拐帯行』
・双葉社 双葉文庫
・2016年 12月発行 松本清張ジャンル別作品集『社会派ミステリー』内
目次
登場人物
◆森崎隆志
しがない会社に勤める青年。自分の生い立ち、将来を悲観。恋人と供に、死を計画する。
死ぬ前に一度、贅沢を味わいたいと思い、会社の金を横領(拐帯)。
横領した金を持ち、恋人と一緒に死への旅へと出かける。
死を覚悟した二人だったが、二人は旅先で思わぬ光景に出くわす。
旅先で思わぬものに出くわした後、死を決意した二人の心に微妙な変化が訪れる。
◆西池久美子
森崎隆志の恋人。お互い似た境遇であり、意気投合。将来を悲観して、二人で死を決意する。
恋人の森崎と供に、死を目的とした旅に出る。
死を覚悟した二人であったが、久美子は恋人の森崎と供に旅先で意外な光景を発見。
その光景を見た後、久美子の心に微妙な変化が訪れる。
◆熱海から乗り込んできた紳士
森崎隆志と西池久美子が列車で旅をしている際、熱海から乗り込んできた男性。
落ち着きがあり、品のある紳士。旅先の処々で、森崎と久美子に出会う。
◆紳士に連れ添う中年女性
熱海から乗り込んできた男性に付き添う女性。男性と同じく、品のある女性。
二人は傍目からみれば、何処から見ても、お似合いの仲の良い夫婦。
あらすじ
「拐帯」とは「かいたい」と呼ぶ。人様の金品を横領・持ち逃げする行為を意味する。
主人公の森崎隆志は、会社の金を持ち逃げした。
持ち逃げ後、恋人の西池久美子と死を目的とする旅に出た。
行き先は日本の南の九州。最終目的は、九州のほぼ最南端、鹿児島県指宿市を目指した。
若い二人は、自分たちの将来を悲観。二人は付き合い始めた時から、互いの人生に似た境遇である事を知る。
その中、何方からともなく「死のう」という感情に陥った。
森崎は死ぬまでに一度は今迄の惨めな生活を脱し、思う存分贅沢を味わってみたかった。
その資金を会社の金にしようと思い立った。
所謂、横領である。作中では、「拐帯」という言葉が使われている。
森崎は計画を実行に移した。
会社の金を持ち逃げし、予てから示し合わせていた恋人の西池久美子と待ち合わせた。
そのまま東京発、博多行きの夜行列車に乗った。
人生最後の旅行という事で、森崎は列車の席を奮発。特等席を予約した。
二人が列車の旅を楽しんでいる時、熱海から二人の中年夫婦が乗り込んできた。
乗り込んできた男女は、落ち着いた雰囲気で品もあり、何か仕草も洗練されていた。
思わず若い二人は、乗り込んできた男女に注目した。
作中では、「おだやかな上品さと、静寂な愛情」と表現されている。
若い二人は、熱海から乗り込んできた中年夫婦に何か心を奪われた。
列車は翌日の昼過ぎ、博多に着いた。例の中年夫婦も博多でおりた。
不思議と中年男性も森崎の方をみて、互いに視線があったように思われた。
森崎は客引に案内され、旅館に着いた。到着した旅館で二人は、安部屋に案内された。
二人の格好から判断され、どうやら値踏みされたらしい。
そう感じた森崎は久美子と連れ出し、福岡で東京と然程かわらないデパートで、思いっきり高価な服を買い漁った。
デパートで購入した服装を身に着け、旅館に帰り、そのまま法外なチップをおき、旅館を後にした。
二人は福岡で一番高級なホテルに宿泊した。
朝、二人はホテルを出て、阿蘇に向かった。阿蘇にて、阿蘇山を見学。
見学後、そのまま坊中に宿泊した。
勿論坊中でも、最高のホテルと最高の部屋に泊まった。
東京から離れ、早2日が立とうとしていた。
夕食後、二人は散歩にでた。
暗闇を歩く中、二人はそう遠くない将来、二人に迫りくる運命を粛々と感じ始めた。
散歩から帰った森崎はホテルの玄関で、例の夫婦を見かけた。
ほんの一瞬だった為、確証はなかったが部屋の戻った時、森崎は先程の不安が薄れ、心が落ち着いているのを感じた。
翌日、何とはなしに熊本市内で時間を潰した後、二人は日奈久(ひなぐ)と云うところに辿り着いた。
ここでも現地で最もよい旅館と部屋に泊まった。
二人は海に散歩にでた。昨日以上に二人の心には、寂寥としたものが漂った。
言葉は交わさなくとも、お互いが今後の行く末を考えた時、何か切なさを感じさせたのかもしれない。
二人の心には、「寂しさと同時に虚しさ」を感じた。
二人が就寝中、女中が二人の部屋を訪ねてきた。
何やら警察が犯人を追跡する為、この辺りの旅館を一つ一つ訪ね歩いているとの事。
森崎は思わず、どきりとした。
しかし警察が追っている人間とは違ったのか、そのまま警察は引き上げた。
その翌朝、ホテルで例の熱海から列車に乗ってきた中年夫婦に偶然出くわした。
やはり昨日の坊中でみかけたのも、きっとこの夫婦に違いないと森崎は思ったに違いない。
向こうの中年夫婦も、どうやら列車にて若い二人の事を覚えたいたような仕草で、此方を見つめた。
その後、森崎と久美子は次の指宿でも、中年夫婦に出くわした。
全くの偶然であるが、何やら森崎は運命的なものを感じた。
指宿では、中年夫婦は二人を部屋に招き、4人で話をした。
その際、中年夫婦は二人に御馳走をしてくれた。
旅先で中年夫婦を見た森崎に、心の変化が現れた。
それは死を覚悟した心ではなく、今後希望をもち、将来を行きたいと思う様になった。
森崎は心に、何かの変化を感じた。
変化を感じた森崎は、東京に戻り、自首した。
森崎は自首後、検事の取り調べに対し、今迄の事件の経緯、旅先での心境の変化を述べ、自首を決意した理由を告白した。
検事は森崎の自白を聞いた後、
「森崎が旅先で出会った中年男女は夫婦でなく、不倫関係だった」。
更に中年男性は、或る会社の経理課長だったが、会社の金を持ち逃げ。
そのまま愛人のバーのマダムと供に、逃走した。
逃走後、「二人は森崎たちが出会った宿で、服毒自殺を図った」
と告げた。
要点
森崎隆志は自分の人生の境遇、将来を悲観。死を考えた。
死ぬ直前、惨めな人生で終わりたくない。
せめてほんの僅かな時間でも人生で最高の贅沢を味わいたいと思い、会社の金を持ち逃げ(拐帯)した。
森崎は自分の似た境遇の恋人、西池久美子を人生最後の同伴者として供に旅に出かけた。
行先は、自分が一度も言った事のない日本の果ての九州方面。
人生最後を九州の最南端で果てるつもりだった。
勿論、同伴した西池久美子も、森崎の旅の目的を熟知。旅の結末にも同意していた。
二人は人生最後の旅立ちに出かけた。
二人は深夜特急の特等席を予約した。最後は贅沢な旅を味わいたい為だった。
久美子は生まれて初めて特等席に座り、大はしゃぎだった。
列車は熱海に着いた。熱海から二人の夫婦らしき、中年男女が乗り込んできた。
森崎と久美子は、思わずその中年夫婦に見とれた。
何故見とれたのかと言えば、中年夫婦は何か落ち着いた雰囲気をもち、安定があった。
仕草・風貌に何か洗練された大人の雰囲気を醸し出していた。
久美子が作中でつぶやいた「品のいいご夫婦ね」と云う言葉が、この夫婦を表す最もよい表現かもしれない。
それ程、他の客にはないおだやかな上品さ、静寂な愛情を持ち合わせていた。
森崎は、中年夫婦を見た後、一瞬久美子の存在を忘れた。
作中では、決して自分達にはない安定感があったと。
その安定感が今の自分に対し、目に見えない圧力となっていると記されている。
無意識に不安定な自分の今の状況と、中年夫婦を比べた。
九州博多に着いた後、中年夫婦と森崎たちは列車を降りた。
降り際、何故か中年紳士は、森崎に視線を注いだ。森崎も中年夫婦に目を向けた。
不思議と二人は、目線があった。
其の後、森崎と久美子は予定していた箇所を回った。
行く先々では、当地の一番よいホテル・旅館一番良い部屋に宿泊した。
しかしいくら豪華な旅行をしても、当初予想していたとは違い、何故か心が晴れなかった。
原因は列車の中で、あの落ち着いた雰囲気の中年夫婦を見てからだった。
贅沢な旅を続けても、それは一瞬の出来事であり、指の間からすり抜けるような感覚だった。
水が砂に滴るようなものだろうか。
明らかに森崎の心には、あの中年夫婦の影が大きく影響した。
二人は其の後、偶然にも列車であった中年夫婦に再会した。
向こうも何気に、列車であった森崎と久美子の事を覚えていた。
中年夫婦を姿を見た時、何か希望のようなものを感じた。
森崎と久美子は、指宿でも再会した。二組の男女は意気投合、色々会話を重ねた。
森崎の心の中には、明らかに変化が生じた。
死のうと思い九州の果てまでやってきた。
しかし落ち着いた雰囲気で安定感のある中年夫婦を見た。
会話を交わす中に、生きる希望というものが湧いてきた。
死ぬつもりでいた森崎は、其の後東京に帰り、自首した。
もう一度自分の人生をやり直し、いつか旅先でみた仲睦まじき中年夫婦のような生活を送りたいと思った。
自首後、検事の取調べで森崎は、会社の金を拐帯した経緯。
その後の旅先の出来事をありのまま、検事に話した。
検事は一通り森崎の話を聞いた後、森崎にある事を告げた。
それは旅先であった中年夫婦は、実は本当の夫婦でなく、不倫関係だった。
男は会社の金を横領。愛人のバーのマダムと供に逃走。
熱海・九州と逃げ回り、森崎たちと出会った指宿で、森崎達が東京に帰った後、二人で服毒自殺を図ったと。
検事は更に森崎に対し、
「心中した中年男女は、逆に森崎達の若さに憧れていたのかもしれない」
と告げた。
(文中敬称略)