有罪濃厚から一転。無罪判決 松本清張『種族同盟』

★松本清張 短編小説シリーズ

 

・題名        『種族同盟』

・文藝春秋       文春文庫  

・昭和51年      2月発行    『火と汐』内

・昭和42年      8月発表    『オール読物』 

 

登場人物

◆主人公の弁護士

主人公の弁護士だが、名前がない。主人公が略一人称で話す為、名前は必要なかったと思われる。

 

主人公は知り合いの弁護士から、国選弁護を引き継ぐ。事件は東京郊外で起きた、ホステス強姦殺人事件。

主人公は咄嗟に、事件は無罪かもしれないと直観。助手と供に、被告のを無罪と立証する為、尽力する。

 

努力の甲斐あり、晴れて阿仁被告は無罪となる。

無罪となったが主人公の弁護士はその後、元被告の阿仁から、とんでもない事実を聞かされる。

 

◆岡橋由基子

主人公の弁護士事務所に勤める、20代半ばの女性。助手兼、弁護士の愛人。

阿仁の事件を無罪と確信。弁護士と供に、阿仁の無罪の立証に尽力する。

その努力が実り、阿仁は無罪となるが。

 

◆杉山千鶴子

新宿のバーに勤める、23歳のホステス。東京郊外の渓谷で死体となり発見される。

 

◆阿仁連平

鹿児島生まれの、32歳の男。旅館「春秋荘」の使用人。

杉山千鶴子殺害容疑で逮捕される。

 

◆鎌田澄子

殺人容疑で逮捕された、阿仁連平と同じ旅館に勤める女中。

阿仁から殺害された杉山千鶴子の所持品だったペンダントを貰う。

 

◆楠田弁護士

主人公の弁護士の知り合い。互いに弁護士同士。国選を引き受ける、正義感溢れる弁護士。

あまりにも多く弁護を引き受け、手が回らない為、主人公の弁護士に、杉山千都子殺害の裁判弁護を依頼する。

 

 

あらすじ

主人公の弁護士は、偶然東京地裁で知り合いの楠田弁護士に出会い、楠田弁護士から殺人事件の国選弁護を引き継いだ。

事件は、東京郊外の渓谷で起きたホステス殺し。

 

事件の容疑者として旅館「春秋荘」の従業員、阿仁連平が逮捕された。

主人公の弁護士と助手の岡橋は、阿仁が無罪ではないかと直観する。

主人公の弁護士と岡橋助手は国選弁護にも関わらず、阿仁の無罪を勝ち取る為、尽力する。

 

骨を折った買いあり、阿仁は晴れて、無罪放免となる。

無罪となった阿仁は、此れといった行き場もない為、主人公の弁護士事務所で働き始めた。

 

弁護士事務所で働き始めた阿仁だが、しばらくして主人公の弁護士と岡橋は、阿仁の人間性・素行があまり宜しくないのに気づいた。

主人公の弁護士は阿仁に対し、阿仁の素行を嗜めた。

 

すると阿仁は開き直ったかのように無罪になったのを逆手にとり、主人公の弁護士にとんでもない告白をした。

さて、その告白とは。

 

要点

主人公の弁護士は東京地裁で、知人の弁護士楠田から或る国選弁護の事件を引き継いだ。

事件の概要は、新宿のバーに勤めるホステス「杉山千鶴子」が、東京郊外の渓谷で死体となって発見された。

 

事件は強姦殺人として捜査。

捜査の末、殺害された土地の旅館「春秋荘」の使用人「阿仁連平」が容疑者として逮捕された。

 

逮捕された阿仁は身寄りもなく金もない為、国選弁護による裁判の予定だった。

主人公の弁護士は、楠田弁護士から事件を引き継ぎた。

 

弁護士は朧気ながら、阿仁は無罪ではないかと直観した。

阿仁は無罪かもしれないとの意識を後押ししたのは、助手兼、愛人「岡橋由基子」の推理だった。

 

主人公の弁護士は、自らの弁護士としての力量を試す為、又名声を得る為、阿仁の無罪の証明に全力を注いだ。

弁護士が裁判で阿仁の無罪を晴らす為の資料となったのは、1810年代でのイギリスで起きた事件の判例だった。

 

イギリスで発生した事件は、今回の事件と酷似していた。

イギリス事件は弁護士側の主張が通り、無罪判決が下った。

 

助手の岡橋は、過去のイギリスの判例が記憶に残っていた。その判例を弁護士に知らせた。

岡橋の助力を得て、弁護士は益々阿仁が無罪と確信した。

 

阿仁は殺害された杉山千鶴子の所持品だった、銀鎖のペンダントを持っていた。

裁判では、物的証拠として検察側から提出されていた。

 

阿仁はペンダントを、予てから好意をもっていた同旅館の女中「鎌田澄子」の気を引く目的で、同女に渡した。

ペンダントは確かに、殺害された杉山千鶴子のモノと断定された。

 

更なる物的証拠は、殺害された千鶴子の胎内に残された、犯人のモノと思われる体液(精液)だった。

体液の血液型は、阿仁の血液型と一致した。

 

状況証拠として、阿仁は旅館の遣いで、駅前の写真屋にフィルムを買いに出かけた。

行きは男の足で、約30分程かかった。

 

阿仁は午後6時10分頃、旅館を出発。

徒歩約30分程かかって駅前の写真屋に行き、約6時40頃にフイルムを購入していた。

フイルムを買うのに、約5分を要した。

午後6時45分頃、写真屋を後にした。

 

問題はその帰り。

行きと同じ約30分程で旅館に戻ったと思いきや、阿仁は旅館に午後7時35分頃、到着している。

阿仁は帰り時間に、約50分かかっていた。

 

行きと帰りで、約20分程のタイム・ラグがあった。

他の状況証拠によれば、阿仁が旅館に帰宅した際、隣の主婦が阿仁に声を掛けた。

しかし阿仁は主婦の問いかけに答えず、妙にそわそわして興奮していたという証言が主婦からされていた。

 

弁護士は公判にて、検察側の被告人に対する「不在証明の不完全さ」を突いた。

 

約20分の時間内では、被告阿仁が杉山千鶴子に情交を迫り、拒否され強姦。挙句に千鶴子を吊橋の上から突き落とし、殺害したのは、あまりにも時間が少なすぎる

と抗弁した。

 

杉山千鶴子は普段から金目当てで、異性と交渉を重ねる事が暫しあった。

今回も決して一人で東京郊外に来たのではなく、おそらく連れの男がいたのではないかと予測された。

 

当時の千鶴子の行動を鑑みても、それは明らかだった。

此れは現地の人間、捜査員、検察側も一致する意見だった。

譬え阿仁が杉山千鶴子に声を掛けても、千鶴子は阿仁の誘いには乗らなかったと推測された。

 

何故なら、阿仁は決して「風采が善く、金を持っているとは思えない様相」だった為。

お金で靡く(なびく)千鶴子であっても、初対面の阿仁に対し声を掛けられ、おいそれと付いていくとは思われなかった。

此れは助手で女の岡橋も、意見が一致していた。

 

物的証拠である銀鎖のペンダントは検察の言い分を逆手にとり、

「もし犯人が阿仁であれば、殺害した人間の所持していた物を持ち帰り、其の後自分が気にいっていた女性にやすやすと渡すのか」

と主張。

普通ならば、隠匿するのではなかろうかと抗弁した。

 

もう一つの物証である、被害者の胎内に残留していた体液は、

「他の男との情交の末、残されたものであり、決して阿仁の体液とは断定できない」

と抗弁した。

※現代ならDNA鑑定で、阿仁の体液か、そうでないかの識別が可能。

しかしこの時代(昭和42)は、まだDNA鑑定は存在していなかった。

 

状況証拠である阿仁の帰り時間が行きに比べ、大幅にかかったのは、

「当日の阿仁の勤務の疲れと、本人の倦怠感からである」と主張。

被告が吊橋までいき千鶴子を情交の末、殺害に及ぶには、あまりにも時間がなさすぎた。

 

譬えあったとしても、約10分程であり、犯行は不可能と主張する。

つまり主人公の弁護士は検察が主張する証拠の矛盾を確証はないが、徹底的に追及した。

 

そして裁判の判決は、一審・二審とも「被告人は無罪」の判決が下る。

判決が下った後、弁護士と助手の岡橋は二人だけで、ささやかな祝杯を挙げた。

 

主人公の弁護士は今回の裁判で世間から名声を得た。

国選弁護にも係わらず、誠意と努力が世間に認められた。

仲間の弁護士たちからも称賛を浴びた。

 

作中では、私は幸福に酔った。一人の人間を無罪から救った正義感、弁護士としての腕が認められたという満足感と書かれてある。

 

主人公の弁護士と助手の岡橋を強烈な陶酔に溶け込んだと描かれていた。

 

しかしその幸福は長く続かなかった。

それは裁判で無罪となった「阿仁の存在」である。

 

裁判で無罪となった阿仁は此れといって身寄りもなく、かと言って以前の仕事に就ける訳でもない。

岡橋の勧めもあり、弁護士事務所で雑用係として採用された。

 

主人公の弁護士は阿仁の為に、スーツを新調。住まいも世話した。

阿仁は恩を感じたのか、初めの2ヶ月程は、甲斐甲斐しく働いた。

 

処が2ヵ月後、阿仁の人間性が分かる事象が次々に発生した。

阿仁は徐々に、さぼり癖がつき始めた。

金銭に対し、だらしない処が見え始めた。同じ事務所の職員の財布を掠める事もした。

 

助手の岡橋の対し、不作法をするようになった。

今で言えば、性的嫌がらせ(セクハラ)であろうか。強制ワイセツまがいの行動もするようになった。

 

主人公の弁護士は徐々に不安を感じた。

阿仁は無罪となったが、ひょっとして阿仁は無罪ではなく、有罪ではなかろうかと。

 

弁護士は、阿仁を事務所から追い出そうと決心した。

阿仁は事務所のビルや近所に、

「自分(阿仁)は先生の恩人だ。先生は私の為に出世した」とさえ吹聴する有様だった。

 

弁護士は堪り兼ね、阿仁に対しクビを宣告する決意をした。

弁護士が阿仁を呼び出し、話を切り出すと阿仁は勝ち誇ったかのように弁護士を見下し、こう述べた。

 

「先生、あの事件の真犯人は私ですよ」と。

 

更に弁護士と岡橋の不倫関係にまで言及、阿仁は見返りとして岡橋との関係まで要求した。

阿仁は「杉山千鶴子殺害は、自分が犯人である」と堂々と白状した。

 

弁護士は、やはりそうかと思うと同時に、目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

阿仁の告白では、裁判記録の通り午後6時40頃、写真屋を出た阿仁は、アベックを発見。

そのまま二人を尾行した。

 

二人は吊橋を渡り、人気のない叢に入った。

阿仁は二人の姿を確認した後、急に女に対する欲情が湧き起こった。

 

阿仁は何も考えず、二人の前に飛び出した。

すると二人連れの男は驚愕。女をほったらかしにして、そのまま逃走した。

 

阿仁は自分の欲情を遂げる為、女に近づき目的を果たそうとした。

阿仁は女に抵抗された為、女を5,6回殴り、女が抵抗しなくなったのを見計らい、行為に及んだ。

 

阿仁が欲望を遂げた後、女は憎悪に満ちた目で阿仁を睨み、その場を逃走。

阿仁は女が警察に訴えると思い、咄嗟に女を吊橋で突き落としたと暴露した。

 

阿仁は吊橋の上に落ちていた女のペンダントを拾い、自分のポケットに入れ旅館に持ち帰った。

女の所持品であったハンドバックは、近くの林の木下に埋め、土の上に草で覆い隠した。

 

証拠隠滅に時間がかかり、旅館の者に怪しまれない為に大急ぎで吊橋を渡り、たまたま通りかかったトラックの後ろに飛び乗り、旅館近くまできて飛び降りたと自白した。

その時、誰にも見られなかったとの事。

 

だが弁護士はまだ、阿仁の言葉を信じられなかった。

すると阿仁は弁護士の心を見透かしたかのように、自分の自白を立証する為、自分が女を殺害後、埋めたと告げた土に汚れたハンドバックを、弁護士の前に差し出した。

薄汚れたハンドバックの中からは、杉山千鶴子が勤めていたバーの名前が入った請求書などが発見された。

 

もう逃れる術はない。阿仁と弁護士の立場が逆転した瞬間であった。

阿仁は弁護士に対し、

 

「先生は、私のおかげで出世した。もし私が真相をバラせば、先生の弁護士としての信用はガタ落ちである」

 

とぬけぬけと述べた。阿仁は弁護士を脅迫し始めた。

この時、弁護士には、阿仁に対する明白な殺意が芽生えた。

 

追記

タイトルの『種族同盟』とは、おそらく「一蓮托生」の意味と同じではなかろうか。

ホステス殺しの裁判は既決。阿仁の無罪が確定した。

 

以前紹介した清張作品『一年半待て』も、裁判制度の欠陥と言われる「一事不再理」を利用したもの。

今回も同じケース。阿仁は主人公の弁護士から、自分はもうホステス殺しの裁判で裁かれる事がないのを確認している。

 

真犯人の阿仁は勿論の事、主人公の弁護士・助手の岡橋の二人は、阿仁の無罪に手を貸した共犯者。

共犯関係が成り立つ故、種族(共犯)の同盟関係と名付けたと推測される。共同謀議と言えるかもしれない。

否、共犯というよりも阿仁は「二人の弱みを握る、脅迫者」だろうか。

 

清張は作中にて、

「検察には検察一体の原則がある。それは一種の種族(検察)同盟のようなものであり、弁護士側には検察と対抗する連帯意識が働き、これも一種の同盟意識とかもしれない」

と述べている。

 

更に二つの同盟意識は、

「永遠に交わることのない存在である」

と付け加られている。

 

既に3人は、同じ船に乗った(呉越同舟)。

一人でも事実を漏らした途端、身の破滅が訪れる運命。

 

犯人の阿仁はよいとしても、主人公の弁護士は阿仁の裁判で名声を勝ち取った故、社会的失墜が著しい。

弁護士生命が絶たれてしまうと言っても過言でない。

それ故のタイトルと推測される。

 

作品は短編小説にもか関わらず、映画・TV等で何度も映像化されている。

それ程、映像化しやすい作品と言えるのかもしれない。

 

映像化の際、大概犯人役は男性ではなく、女性が犯人役。

その方が映像的に面白く、耳目を引き易いのが理由かもしれない。

今でも、今回の作品に類似したモノが製作されている。

 

参考までに

・1972年、映画版『黒の奔流』

・1979年、TV朝日土曜ワイド劇場、『松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件』

・2002年、TV朝日土曜ワイド劇場、『松本清張没後10年記念企画・黒の奔流』

・2009年、TV東京系列「水曜ミステリー9」、『松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流』

 

(文中敬称略)