拳銃を盗まれた若い刑事が、犯人を追跡する話 黒澤明監督『野良犬』

★懐かしい邦画名作シリーズ

 

・題名    『野良犬』

・監督    黒澤明

・脚本    黒澤明、菊島隆三

・製作    本木荘二郎

・編集    後藤敏男

・音楽    早坂文雄

・配給    東宝  1949年公開

 

出演者

 

◆村上刑事     :三船敏郎 (新米の刑事。バスの中で拳銃を掏られる)

◆佐藤刑事     :志村喬  (淀橋署のベテラン刑事)

◆並木ハルミ    :淡路恵子 (レビュー場の踊り子)

◆並木ハルミの母  :三好栄子 (並木ハルミの母)

◆捜査一課 中島係長:清水元  (村上刑事が所属する一課の係長)

◆捜査三課 市川  :河村黎吉 (本庁三課の刑事、村上にスリの情報を教える)

◆阿部捜査主任   :永田靖  (淀橋強盗での担当主任)

◆佐藤刑事     :志村喬  (淀橋署の刑事、強盗犯事件で村上とコンビを組む)

◆遊佐新二郎    :木村功  (淀橋の強盗事件の犯人)

◆スリのお銀    :岸輝子  (バスの中で村上刑事の拳銃を掏った女)

◆拳銃屋のヒモの女 :千石規子 (拳銃取引で、村上刑事に逮捕される)

◆本多(立花)   :山本礼三郎(拳銃取引の米穀通帳管理人)

◆遊佐の姉     :本間文子 (遊佐の実姉)

◆遊佐の夫     :東野英治郎(遊佐の姉の旦那。遊佐の義兄)

◆リーゼントの清  :生方功  (サクラホテルのボーイ)

◆レビュー場の支配人:伊藤雄之助(並木ハルミが勤めるレビューの主人)

◆チンピラ     :水谷史郎 (村上刑事の拳銃取引を持ち掛ける男)

 

あらすじ

 

新人の村上刑事は、勤務明けの射撃訓練の帰りのバスの中で、拳銃を男に掏られた。拳銃はコルト自動小銃で、弾丸が7発入っていた。

上司の係長に報告した際、掏り専門の三課の相談しろとの事。三課の刑事に相談し、過去の前科者カードをあたった。

三課の協力もあり、どうやら村上刑事のピストルを掏ったのは、掏りのお銀という中年女性と判明した。村上刑事と三課の刑事は、早速お銀に会いに行く。

お銀は犯行を否定する。村上刑事はお銀を尾行する。村上刑事に根負けしたお銀は、村上刑事に拳銃の闇取引の存在を教える。

 

翌日から村上刑事は、落魄れた復員兵の様な恰好をして、東京の街中を歩き回った。何日かした或る日、疲れて寝転がっていた処に、怪しげな男が近づいてきた。

男は村上にパチンコ(はじき:拳銃の事)の取引を持ち掛けてきた。男は金がないなら、米穀配給通帳米をもって来いと村上に告げた。

翌日、村上は指定された場所にむかった。猥雑とした場所に、女が待っていた。村上を取引を装い女に近づき逮捕するが、女は只の窓口で大した手掛かりは得られなかった。

 

或る日、淀橋で拳銃強盗事件が発生した。現場に残された弾丸からどうやら村上が盗まれた拳銃が、事件に使用されたらしい。

村上は責任を感じ、係長に辞表を提出するが係長に、ピンチをチャンスに変えてみろと励まされ、強盗犯の捜査に加わる事になる。

 

捜査では淀橋署の佐藤刑事とコンビを組む事になり、早速先日村上が挙げた拳銃屋のヒモ女を取調べた。取調べの結果、本多(立花)という男の名前が浮かび上がった。本多は大の野球好きと言う事が判明。二人は本多を逮捕する為、野球場に向かった。

野球場で逮捕した本多から、淀橋強盗の犯人の名が判明。名は遊佐新二郎と判明した。遊佐の姉の許を佐藤と村上が訪ねた際、遊佐は復員の途中、全財産のリックを誰かに盗まれたらしい。其処からぐれ出したようだ。

 

遊佐の姉の話では、遊佐を訪ねてきたリーゼント髪のボーイがいるらしい。リーゼント頭のボーイが訪ねるホテルにいき男に尋ねた処、遊佐はレビユー屋(ダンス劇場)の踊り子の一人と幼馴染と言う事が分かる。

二人はレビュー屋に向かう。レビュー屋で幼馴染と云われた並木ハルミに会う。佐藤刑事の尋問に並木は泣き崩れる。

これ以上の尋問は無理と悟った二人は諦め、二人は佐藤刑事の自宅にいき、酒を飲みながら、今後の方針を話し合う。

 

後日、ピアノを弾いていた裕福な家の奥さんが、拳銃強盗の犠牲者となった。使用された拳銃は、やはり盗まれた村上刑事の拳銃と判明。とうとう遊佐は殺人犯と成り果てた。

二人の刑事は遊佐の行方を追い、再び並木ハルミの許に訪れる。遊佐は直前まで、並木の自宅にいた。佐藤刑事は遊佐が置いていったマッチを手掛かりに、ホテルを当たる。村上刑事は万一に備え、並木ハルミの宅を見張る。

 

佐藤はホテルの宿帳の偽名(並木晴夫)から、遊佐を割り出す。偽名の並木春夫は勿論、並木ハルミを捩ったもの。

佐藤はホテル以後の、遊佐の行動を追跡した。そしてとうとう遊佐の宿泊しているホテルを突き止めた。佐藤刑事が村上刑事の電話している最中、ホテル主の妻の不用意な発言で、遊佐が佐藤を刑事と気付く。

 

佐藤刑事が電話中、遊佐が逃げる。逃げる遊佐に気付いた佐藤刑事は追いかけるが、遊佐の拳銃で撃たれてしまう。

遊佐は雨の中、逃走する。佐藤刑事は懸命の処置の末、一命を取り留める。佐藤刑事の容態を心配した村上刑事は一晩、病院で過ごした。

その時、並木ハルミが村上刑事の許を訪ねてきた。並木ハルミが云うには、遊佐から電話があり朝の6時、駅で待っているとの事。

 

並木ハルミの話を聞き、村上刑事は病院を飛び出す。村上刑事は、間待ち合わせの駅に向かう。駅の待合室に着いたは良いが、村上刑事は遊佐の顔を知らない。

村上刑事は、待合室の人物全ての様子を眺めた。眺めた末、村上刑事に名案は頭を過った。遊佐は昨夜の雨に濡れ、服装が汚れていると。

 

再び眺めた挙句、村上刑事は遊佐を断定した。村上刑事の僅かな仕草で遊佐に悟られ、遊佐は逃亡する。村上刑事は遊佐を追いかける。

村上刑事の執念の追跡の末、遊佐は逮捕される。遊佐を逮捕後、一命を取り留めた佐藤刑事を見舞う村上刑事の姿があった。

 

見所

 

新人の村上刑事は、バスの中で拳銃を掏られた。拳銃を掏った人間は、掏り専門の刑事の間では「お銀」と云われている女性だった。村上刑事は拳銃を取り戻すべく、必死にお銀に食い下がる。

やがてお銀が根負け。村上刑事に拳銃の行方の手がかりを与える。村上刑事が自分の拳銃を取り戻す事に必死に外を這いずり回る姿が、野良犬の様に見えたため、付けられた題名と思われる。

 

追加で、野球場で佐藤刑事が村上刑事に語った言葉の中に、

「一度強盗を犯した犯人は、野良犬。二度犯行を犯した犯人は、狂犬になる」が存在する。

 

村上刑事は自分の拳銃の行方を追いかける中、一人前の刑事として目覚めていく過程が描かれている。

しかし村上刑事のあまりのしつこさに根負けしたお銀が、刑事にビールと食べ物の差し入れをする場面は、何か戦後の古き良き日本を彷彿させると思われる。

 

当時の占領下の日本では、米は配給制となっていた。米の配給を受ける為には、米穀配給通帳が必要であった。米穀配給通帳は、1981年に廃止された。

街のチンピラから拳銃の取引を持ち込まれ、取引場所に向かった村上刑事が捕まえた女は、拳銃の闇取引の窓口役だった。

女が村上刑事に捕まり交番で尋問を受けた際、「叩きを叩く」とわめいたが、叩きとは警察用語で「強盗」の事。

つまり

「強盗をする為にピストルを貸し、強盗とした後、返しに来る時、強盗犯から金を踏んだくる」

という意味。

 

淀橋の強盗事件で現場に残された弾丸の線条痕を調べる為に、村上が射撃練習場で打ち損じた弾丸を木の幹から外し検査に持ち込む場面は、1973年作:『ダーティ・ハリー2』でも使われた。

村上の拳銃が強盗に使われた後、村上は捜査一課の係長に辞表を提出した。その時、係長は村上の辞表を破り捨てる。

更に係長は村上刑事に述べる。

「不運は時に人間を不幸にするか、その人間を叩きあげるかのどちらか。君(村上)はどちらか、不運を幸運に変えてみろ」と激励される。

 

激励された村上は、淀橋強盗の捜査に加わる。再度村上が挙げた拳銃取引のヒモ女を取調べた結果、女の口から本多(立花)という名が浮かぶ。本多は大の野球好きと言う事を聞きつけ逮捕する為、後楽園球場に向かう。

野球場では、戦後の往年のスターの映像が見られる。貴重かもしれない。今はなき後楽園球場も見れる。

劇中にて本多を呼び出す際、迷子のアナウンスをヒントに本多を呼び出す設定は、後の映画でも使われた。

1992作:『リーサルウェポン3』にてアイスホッケー場で、犯人を誘き出す際、リックス刑事(メル・ギブソン)が使った手法も同じ。

 

佐藤刑事が仕事の後、若い村上刑事を自宅に誘い、配給のビールとカボチャをご馳走になる。

二人で酒を酌み交わしながら、若い村上刑事は、ベテランの佐藤刑事に自分の復員の際、遊佐の様にリックを盗まれた事を告げる。

因みに、戦後は食料難でカボチャが主食である事が多かった。

 

二人は会話を交わしながら、互いの世代間を理解すると同時に、刑事としての使命を分かち合う。余談だが、二人が会話をしている際、電灯の為、虫が周りに飛んでいるのが分る。村上刑事のワイシャツの袖に虫がへばりついている。

強盗でとうとう殺人を犯した遊佐。佐藤刑事は村上刑事に、

殺人を犯した遊佐は、狂犬だ。狂犬は真っ直ぐな道しか見えない。奴は必ず、並木ハルミの許に現れる

と語る。

言葉は、何か松本清張『張込み』にも通じる。年代から言えば、松本清張が映画を題材にし、小説を書いたのかもしれない。

佐藤刑事が村上刑事に述べた直後、二人の乗る列車の線路が映し出されるのも、何か黒澤明監督独特の設定と思われる。線路は人間の行く末、つまり人生を表したもの。

 

遊佐の居所を突き止める為、高円寺の並木ハルミの自宅を訪れた際、村上刑事と並木ハルミの会話が印象深い。当時の世相を反映しているとでも云うのだろうか。戦後の混乱した日本社会の一面が垣間見られる。

遊佐に買って貰ったドレスを母(並木ハルミ)が娘から剥ぎ、ベランダに放り出す。ドレスが雨に打たれ濡れているシーンが印象的と言える。

所詮、強盗して手に入れた金で高価なものを買っても、全く無意味である事、心の虚しさを表している。

 

村上刑事が、並木ハルミから遊佐との待ち合わせ場所を聞き、駅の待合室に向かう。村上刑事は遊佐の顔を知らない。

待合室全員の様子を眺めた後、遊佐は昨夜の雨に打たれ、服装が汚れている事に気付く。

村上刑事は再び待合室の人間を眺め、一旦遊佐本人を通り過ぎ、服装が汚れている事を発見する。再び視線を遊佐に戻す場面は、1971年作:『フレンチコネクション』でも使われている。

年代から見て、フレンチコネクションが此方の作品を真似したと思われる。此処の場面は、映画の最大の見所かもしれない。

 

村上刑事が遊佐を追跡。対峙した際、遠くからピアノ音が聞こえる。このシチュエーションは黒澤明監督がよく使う手法。

同監督作品『生きる』で、主人公勘治と元部下であった女性が喫茶店で話をしていた際、隣の席から「ハッピー・バースデー」の曲が流れた時と同じ演出効果を狙ったものと思われる。

遊佐の逮捕後、二人が疲れ果て寝転んでいた時、聞こえた童謡も同じ。

 

遊佐を逮捕後、村上刑事が佐藤刑事を見舞う。村上刑事は、逮捕された遊佐の心情が分からなくもないと佐藤刑事に告げる。

しかし佐藤刑事は、

「自分も若い頃はそんな気持ちになった事もあったが、忙しさに紛れ、終いには感傷的な心情もなくなる」

と村上刑事に諭す。

 

村上刑事は、佐藤刑事の言葉を聞き、今後刑事としての使命を実感するのであった。

 

追記

 

映画が1949年に製作されている為、まだ占領中の日本の貴重な映像が劇中に見られる。おそらく村上刑事が街を練り歩く際の人物たちは、エキストラではなく、本当の人物、つまりぶっけの撮影ではないかと思われる。

劇中で登場する、闇市の商人、パンパン(売春婦)、子供達もおそらく本物ではないかと思われる。

劇中にて野球場が映る場面があるが、いかに戦後の娯楽が少なく、野球が当時の娯楽で庶民に人気を博していたのか分る。

 

初代「黄門様」を演じた、若かりし頃の東野英治郎が、桶屋の主人として出演している。しかし睫毛以下のほんの僅かしか面影が見当たらないのも不思議。かなりイメージが異なる印象を受ける。

劇中で登場するレビュー屋(ダンス劇場)の当時の職場環境の劣悪さが見て取れる。何か高度経済成長での飯場のタコ部屋の様にも思え、時代を感じさせる。

一見華やかに見える踊り場も、裏に回れば重労働である状況が描かれている。

追加で、楽屋にて七輪のようなもので、何か焼いているのも面白い。

 

レビュー屋に勤める遊佐の幼馴染を演じる淡路恵子は、当時16歳。映像からは、とても16歳とは感じられない。

毎度述べているが、今回出演している数多くの出演者は、後の黒澤明作品にも数多く出演している。

 

(文中敬称略)