精神的幸福と物質的幸福、あなたは何方が満足? 芥川龍之介『運』

★芥川龍之介短編小説シリーズ
・題名 『運』
・新潮社 新潮文庫
・発行 昭和43年7月
・発表 大正6年 1月 『文章世界』
・原作 今昔物語及び、宇治拾遺物語
目次
登場人物
◆若侍
作品中で登場する侍。時は平安時代。
若侍と表記されているのみで、おそらく身分の低い侍と思われる。名前すら表記されていない。
作品中では老人の陶器師と会話するが、陶器師にも名がない。
それ程2人は、ありふれた人物。然したる興味も湧かない、ごく平凡な人物として登場している。
◆陶器師
若侍と会話する、陶器師の老人。前述したが、名もないありふれた人物と思われる。
若侍に人間の運について話合う。
◆績麻の(うみお)店の女
若かりし頃、器量善しで知られていた。
或る時、願掛けに清水寺にお籠りをした満願の夜、観音様のお告げを聞く。
女はお告げに従い男と契りを結ぶが、相手の男はなんと、盗賊(物盗り)だった。
その事を知るや否や、何とか女は男の許を脱げ出した。逃げ出した後の、女の運とは。
※績麻(うみお)とは、細く裂いて糸として縒(よ)った麻糸の事。
◆物盗りの男
京を荒らしまわる盗賊。満願明けの帰宅中の娘を襲い、手籠めにする。
手籠めにした後、自分の塒に娘を連れていき、無理やり夫婦を契りを結ばせる。
◆老婆の尼法師
物盗りの塒にいた老婆。おそらく物盗りに拉致され、男の世話をさせられていたと思われる。
手籠めにされた娘に逃げられないようにするも、女に逃げられ、挙句に絶命する。
あらすじ
梲の上がらない若侍が、清水寺へと繋がる往来をなんとはなしに眺めている。
往来に面した陶器師の家に屯していた若侍は、退屈で思わず家の主に話しかけた。
家の主は聊か迷惑そうだったが、若侍に話し掛けに応じた。
若侍はあまりにも清水寺の観音様に願掛けに行く人間が多い為、陶器師に人間の運について質問した。
運と云うものは、本当に存在するのだろうかと。
陶器師は仕事中で迷惑だったが、仕事が一段落した折、昔見聞きした績麻(うみお)売りの女の話をした。
陶器師の話は、30、40年前の績麻売りの女の過去。
陶器師によれば、績麻売りの女は若かりし頃、それは器量よしで有名だったらしい。
その女が善い運が授かるように、清水寺の観音様に願掛けをした。
37日の御籠りをした満願の夜、女はうとうとしている際、観音様からのお告げを聞いた。
女は有難いお告げと思い、不思議に思いながらも帰宅した。
やがてお告げ通りに男が現れた。男は無理やり女を八坂寺の塔に引きずり込み、女を手籠めにした。
手籠めにした後、男は此れも何かの縁と思い、女に夫婦の契りを申し出た。
女も観音様のお告げと思い、渋々了承した。
女は夫婦になった暁に、男から綾十疋、絹十疋を貰い受けた。
男は女に授け物をすると、外出した。男の外出後、女は男の塒を探索した。
すると男の塒からは、数々の財宝が保管されていた。
その財宝をみた女は、男はきっと物盗りに違いないと睨み、其の場を逃げようとした。
女が逃げようとすると其処には今迄気づかなかったが、なにやら年老いた尼法師がいた。
尼法師はどうやら、男の世話をしていたらしい。
老婆はのらりくらりと娘の話をはぐらかし、時間を稼ごうとする。
しかし歳のせいか、やがて船を漕ぎ始めた。
女はしめたと思い逃げ出そうとするが、咄嗟に男から貰った反物が惜しくなり、取りに戻った。
戻った拍子に何かに躓き、物音で老婆が起きた。
老婆は女を逃がすまいと、必死に女に縋りつく。女は逃げようと思い、必死の老婆を振り払う。
両者格闘となるが流石に若さには勝てず、老婆は女が投げつけた砂金袋を頭からかぶり、その場に蹲り絶命した。
女は男から貰った反物を抱え、知人の家に隠れた。
隠れた家から夫婦の契りを交わした男が、数人の役人(放免)に囲まれ、連行されているのが見えた。
その男の姿を見た女は思わず、自分の身の憐れさを嘆いた。
しかし女は男から貰った反物を売り、そのお金を元手にして商売を始めた。
そしてなんとか今日に至った。
若侍曰く、「人を殺めても、物盗りの女房になっても、する気はなかったから仕方がないと」。
更に男から貰った反物がお金になったのだから、女は幸せだと呟く。
一方、陶器師の老人は歳を取ったのか、既に物欲はなく「私は、そんな運などまっぴら」だと若侍に呟く。
果たして一体、何方が幸せなのだろうか。
要点
作品の内容は、 物質的なものを得る事が幸福と感じるか、精神的安らぎを幸福と考えるかの違い を述べている。
当然歳の若い侍は、物質的なものを得る事で幸福を感じる。
一方、年を召した陶器師は既に物質的欲求は消え失せ、精神的満足感を幸福と感じる。
文中で陶器師が若侍に語る場面がある。引用すれば
神仏の御考えなどと申すものは、貴方がた位の御年では、中々わからないものでございますよ
※芥川龍之介『運』 引用
とはっきり表記されている。
若侍は陶器師の述べた言葉の真意が分からず、更に陶器師に質問する。
陶器師は再び若侍に次のように述べる。
いやさ、神仏が運をお授けになる、ならないと云う事じゃございません。そのお授けになる運も善し悪しと云う事が
※芥川龍之介『運』 引用
と若侍に返答している。
此れが今回の重要なキーワードであり、作品の要点と云える。
登場する績麻の店の女の過去の話は、具体的な例を述べたに過ぎない。
歳をとった績麻の店の女に現在の心境を改めて聞けば、果たしてどのような答えが帰ってくるであろうか。
もし聞けたならば、その返答も興味深いものとなろう。
因みに績麻の店の女は若かりし頃、物盗りに無理やり手籠めにされた。
男の塒に連れていかれた後、一度は観音様のお告げと思い、物盗りの男と契りを結んだ。
契りを結んだ後、男から綾十疋、絹十疋を貰い受けた。
※疋とは、織物の単位。二反を一続きとしたもの。一反とは、幅約37センチ、長さ約12メートル50センチくらいが目安。
因って二反とは、×2で計算すれば、幅約37センチ、長さ約25メートル40センチとなる。
文中では十疋とある為、更にそれに×10となる。まさに途方もない長さ。
女は逃げ出す際、一体どうやって男の塒から持ち去ったのかは、聊か疑問。
文中では、女は小脇に抱えてと書かれてある。
兎に角、女の持ち去った反物は、相当な値段と思われる。
女は男の許を逃げ出す際、成り行きではあるが、男の塒にいた老婆の尼法師を殺害。
殺害後、知人宅で身を潜めている際、手籠めにされた物盗りの男が放免に逮捕され、連行されているのを目撃している。
女は確かに途方もない財産を手にいれたが、過失ではあるが尼法師を殺害。
契りを交わした男は、役人に捕らえられてしまった。
果たしてどちらが幸せだったのかは、決して分からない。
当時女は自分の身が憐れに思い、泣き出したと書かれてある。
若かりし時、操の問題があったに違いない。
しかし歳を取った現在の女は、今にして思えば果たしてどちらが幸福だと答えるであろうか。
それを考えるもの又、興味が尽きないかもしれない。
皆様はどうお考えであろうか?
決して正解はないと思う。答えは人それぞれな為。
それが世の中と云うものかもしれない。
追記
作品中にて登場する老婆の尼法師は、どのような経緯で物盗りの塒に居ついたのか。
おそらく物盗りがむりやり拉致してきたのではないかと思われる。
尼法師は男が連れてきた女に逃げられまいと、女に他愛もない事を話しかけ、時間稼ぎをした。
やがて老婆がうとうと始めた時、女は逃げ出そうとする。
逃げ出そうとするが、女は男から貰った反物が惜しくなり、引き返した。
戻った拍子に何か躓き、その物音で老婆が目を覚ました。
老婆は女に逃げられては困ると、必死に逃げようとする女しがみつく。
女は逃げ出そうと必死で、老婆と格闘となる。
格闘の末、女は辺りにあった砂金袋を投げつけ、老婆を死に至らしめる。
老婆の運命や、憐れなり。
観音様は老婆には、運を授けなかったと見える。
一方、逃げ出した女は精神と操を犠牲にしたが、大金を手にいれる事が出来た。
(文中敬称略)