ラストに少年の絶叫が荒野に谺する 西部劇の名作『シェーン』

★西部劇の名作、最後のシーンはあまりにも有名

 

・題名     『シェーン』

・公開     1953年 米国

・配給     パラマウント映画

・監督     ジョージ・スティーバンス

・脚本      A・B・ガスリー  

・製作     ジョージ・スティーバンス

・音楽     ビクター・ヤング

・原作     ジャック・シェーファー

 

出演者

 

◆コム・シェーン    :アラン・ラッド     (流れ者のガンマン、ジョーに家で世話になる)

◆マリアン・スターレット:ジーン・アーサー    (開拓民ジョーの妻)

◆ジョー・スターレット :バン・ヘフリン     (南部に遣って来た開拓民)

◆ジョーイ・スターレット:ブランドン・デ・ワイルド(ジョーとマリアンとの子)

◆ルーフ・ライカー   :エミール・メイヤー   (南部の牧畜主、ジョーと対立する)

◆ジャック・ウィルソン :ジャック・パランス   (ライカーに雇われた殺し屋)

◆クリス・キャロウェイ :ベン・ジョンソン    (ライカーの手下、しかし後に裏切る)

◆ルイス・フレッド   :エドガー・ブキャナン  (開拓民、仲間の死で土地を離れようとする)

◆モーガン・ライカー  :ジョン・ディークス   (ライカの弟)

◆トーリー       :エレン・コービー    (開拓民、早撃ちウィルソンに撃たれる)

◆アクセル       :ダグラス・スペンサー  (ジョーと同じ開拓民)

◆グラフトン      :ポール・マクビ     (町の雑貨兼、酒屋店主)

 

作品概要

 

アメリカ南北戦争(1860年:内戦)後、荒廃した南部開拓の為、米国政府は移民政策を奨励。開拓民が増大した。開拓民の増大に伴い、先住していた地主と開拓民との間でしばし争いが勃発した。

物語はアメリカ南部、ワイオミング州で開拓民家族(スカーレット家)と流れ者ガンマン(シェーン)との触れ合いを描いた作品。

 

シェーンは流れ者のガンマンだった。偶々通り掛かった開拓民一家(スカーレット家)の牧場を横切り、主人のジョーから水をご馳走して貰う。

水をご馳走して貰っている途中、以前から土地の件で対立していた先住地主(ライカ―一味)がやってきた。ジョーはシェーンがライカーの一味を勘違いし、シェーンを追い出す。シェーンは違うと否定。

一旦、部外者と言う事で、その場を離れた。

 

ライカ―とジョーの会話では、ライカ―は此処は以前から自分の土地である為、冬になるまでに土地から出ていけとジョーに迫る。

ジョーは政府の開拓民奨励政策があり、れっきとした自分の土地であると主張。両者は対立する。

 

双方のやり取りを見ていたシェーンは、さりげなくその場に登場する。それとなく、ジョー一家に加勢する。思わぬ助っ人が現れた為、ライカー一味は、一時退散する。

シェーンはジョーの牧場を立ち去ろうとするが、争いに加勢した為ジョーに気に入られ、一家の夕食に招待される。

夕食時、主人ジョーを初めとして、ジョーの妻(マリアン)・子供(ジョーイ)にも気に入られ、暫くシェーンはジョーの牧場を手伝う事になった。

 

シェーンはジョーに頼まれ、町に買い物に出かけた。買い物にいくだけなので、ショーンは丸腰(銃を持たない状態)だった。

シェーンが雑貨屋兼、酒場の店に入れば、其処にはライカ―一味が屯していた。

シェーンはジョーに頼まれた買い物を済ませ、ジョーイ少年に頼まれたソーダ水を買おうと酒場に入った。

 

酒場に入り買い物をしようとした時、ライカー一味のクリスがシェーンに絡み、難癖をつけてきた。シェーンは無駄な揉め事と思い、その場は屈辱に耐えた。

その晩、開拓民の仲間内で会合が開かれた。開拓民仲間のアニーがライカ―一味の嫌がらせに耐え兼ね、よその土地に移住すると主張した為。

ジョーを中心として、開拓民仲間の今後の対策が話合われた。

 

シェーンは部外者であり、参考人と云った立場で一歩離れた位置で、会合に参加した。その席で開拓民の一人が昼間の町でのシェーンの話を切り出した。

シェーンは腰抜けで頼りにならないと云われ、その場を退出する。

マリアンはシェーンを慰めるが、シェーンは部外者である事を噛みしめ、其の場を後にする。

 

或る日、安全を帰す為、開拓民は集団で町に買い物に出かけた。先日シェーンが侮辱を受けた店である。

その場で再びシーンは侮辱を受ける。シェーンは一度ならずとも二度までもと堪忍袋の緒が切れ、酒場でライカ―一味と大乱闘を始める。

乱闘騒ぎを聞きつけジョーも加わり、二人でライカ―一味と大喧嘩。二人は見事勝利する。

 

ライカー一味を大乱闘を演じた事で、ライカーは怒りが頂点に達し、開拓民を追い払う為、殺し屋(ウィルソン)を雇う。

ライカ―一味の開拓民に対する嫌がらせが、日増しにエスカレートした。

 

シェーンはライカー一味との争いの中、ジョーの妻マリアン、ジョーイ少年と心の繋がりを深めていく。

特にジョーイ少年はシェーンに対し、子供が持つ冒険心と英雄性を感じたのであろうか。シェーンに懐き又憧れを感じていた。

妻マリアンも何気にシェーンに対し、良い心象を持ち始めていた。

ジョーも何気にマリアンの気持を感じていたが、シェーンに対し嫉妬を露わにする訳でなく、そのまま見つめていた。

 

7月4日、アメリカの独立記念日。開拓民は仲間同士で独立記念日を祝うパーティーを催した。

開拓民の仲間トーリーが、町に酒を買いに出かけた。酒場ではライカー一味が屯していた。

トーリーはライカー一味との軽い言葉のやり取りを交わした。その中でライカー一味の新顔(ウィルソン)を見つけた。

パーティーに戻ったトーリーは、皆にその事を話した。

シェーンは、その男はおそらく早撃ちで名の知られる「ウィルソン」ではないかと呟く。

開拓民一同に、動揺が広がる。一同は不安になりながらも、パーティーは終了した。

尚、シェーンがトーリーの話を聞いた際、瞬時にウィルソンではないかと思ったのは、おそらくシェーンもその筋の仕事をしていたのを匂わせている。傭兵ガンマンか賞金稼ぎであろうか。

 

パーティー後、スカーレット一家とシェーンは自宅に戻るが、自宅ではライカー兄弟がジョーを待ち受けていた。

ライカーはジョーに取引を持ち掛けた。ジョーの土地を買い取り、自分の許で働けと。

ライカーはジョーに告げる。

しかしジョーはあくまで開拓民仲間でコミュニティを作ると主張。ライカ―の話を拒否する。

 

後日トーリーと開拓民仲間は、連れ立って町に買い物に出かけた。

店に到着後、トーリーはライカ―に雇われているウイルソンの挑発に乗り、銃を先に抜いてしまう。

しかし逆にウイルソンに撃たれてしまった。

 

トーリーが撃たれた為、開拓民に動揺が走る。中には、すぐさま土地を離れ逃げ出そうとするもの(フレド)も現れた。

ジョーは必死に開拓民仲間を宥め、せめてトーリーの葬式が終わっからにしてくれと懇願する。

 

トーリーの葬式がしめやかに行われた。葬式中、土地を立ち去ろうとしたフレドの家が、ライカー一味に焼かれた。

家を焼かれたフレドは反って怒りの炎を燃やす。開拓民仲間も結託。逆に開拓民の結束を強めてしまった。

必然的に両者は平行線のまま、抗争に発展する。

 

ライカーは開拓民の中心人物であるジョーを誘き出し、罠に嵌め殺害しようと計画する。

一方ジョーもライカーを始末して、今迄のイザコザに決着をつけようと計画する。

互いが相手の殺害を計画していた際、ライカーの手下であり嘗てシェーンを侮辱したクリスが、シェーンの許を訪れた。

 

ライカーはジョーを罠に嵌め、殺害を計画している事をシェーンに告げる。あまりに卑劣なやり方に、クリスは付いていけなくなり、ライカーの許を去った。

クリスの話を聞いたシェーンは、ジョーを説得しようと試みる。

ライカー一味との話合いは、自分(シェーン)が行くと主張。

しかしジョーは聞き入れず、二人は互いの意地の張り合いで、殴り合いを始めてしまう。

 

なかなか聞き入れないジョーを行かせない為、シェーンは銃尻でジョーを殴り気絶させる。

ジョーが気絶した隙にシェーンは、ライカー一味との対決を覚悟する。

シェーンは同時に、ジョーの牧場を離れる決意。

マリアンとジョーイに別れを告げ、ライカー一味が待ち受ける町の酒場に馬を走らせる。

シェーンの身を心配したジョーイと飼い犬は、必死にシェーンの跡を追いかける。

 

酒場に着いたシェーンは、ジョーの代理で話合いに来たと告げる。当然話合いは決裂。

殺し屋ウィルソンとの決闘が始まる。

ウィルソンはシェーンより先に銃を抜いたが、シェーンはホスルターから銃を抜き、ウィルソンを撃ち抜いた。

ウイルソンが撃たれたのを目撃したライカーは、シェーンを撃とうとするが、いち早くシェーンがライカーを撃ち抜く。

 

決着が付いた為、酒場を立ち去ろうとするシェーン。しかし酒場の二階から、ライカ―の弟がシェーンを撃とうとしていた。

シェーンの身を心配して、物陰に隠れていたジョーイ少年が咄嗟に、「シェーン、危ない」と叫ぶ。

叫び声にシェーンが反応。二階にいたライカ―の弟を撃ち抜いた。

危うく難を逃れたシェーンであったが、左腕に弾丸を受け、傷を負ってしまった。

 

傷を負ったシェーンは馬に跨り、立ち去ろうとする。

ジョーイ少年は深手を負ったシェーンに対し、家に戻ろうと呟く。

しかしシェーンは少年の求めに応じず、ジョーイ少年に告げる。

 

「人を殺してしまった。もう牧場には戻れないよ」と。

 

ジョーイ少年を宥め、山の向こうに立ち去っていく。

 

馬で立ち去るシェーンを見ながら少年は、「シェーン、come back」泣きと叫ぶ。

少年の声が草原に谺するが、シェーンは振り返る事なく、山の向こうに立ち去っていく。

 

見所

 

結論から先に述べれば、最後に流れ者シェーンが敵に撃たれ傷を負う。

傷を負ったシェーン、もう此の地にはいられないと告げ、立ち去る場面が見所。

ジョーイ少年が「シェーン、come  back」と叫ぶのはあまりにも有名なシーン。

 

何故シェーンは立ち去ったのか。シェーン本人は、

「人を殺めてしまった為、もう此の地はいられない」

と述べているが、シェーンが此の土地にくる以前、同じ理由で他所から流れてきたのを物語っていると思われる。

 

つまり此処に来る以前、全く同じ状況を経て、此処に逃れてきた。

流れ者のガンマンの為、今迄に稼業として色々用心棒(傭兵)として雇われた過去があり、仕事として相手を殺めた事もあれば、逆に相手に敗北して逃走した経験もあろう。

シェーンの少年に対する言葉の意味は、おそらくその事を物語っているのではないかと思われる。

 

映画の舞台設定が、そのまま今日のアメリカ社会の原型とも言える要素を含んでいる。

アメリカは元々移民の国。南北戦争後、政府は南部の移民政策を推奨した。

移民を推奨したのは良いが、当時は内戦後であまり政府の機能・治安は、決して良好とは言えない状態だった。

 

おまけに入植者、元来の土地所有者との争いは絶えなかった。

争いから自分達の身を守るものは何かと云えば、やはり銃。

イギリス移民から始まり、西部開拓に至るのは或る意味、「銃の歴史」とも言える。

アメリカは銃の力で社会を切り開いてきたと言える。

 

当然利権が対立すれば、抗争が起きる。抗争が起きれば当事者たちは、助っ人として生業としているガンマンを重宝がる。

主人公シェーンも、その一人と言えるのではないかと思われる。「争いを飯のタネ」にしているとも言える。

 

劇中最後にシェーンが立ち去る際、ジョーイ少年に

「自分の生き方を変えてみたが、ダメだったよ」

と呟くのも、何か今迄のシェーンの過去を推測できるセリフとも言える。

一つの仕事が終われば、お尋ね者(wanted)・報復を避ける為、その土地を離れ、各地を転々とするものと思われる。

今回の敵役のウィルソンも同じ。偶々今回は敵になっただけで、立場が逆転していても可笑しくない。

 

土地所有のイザコザに関しても同様。ご存じ米国は「訴訟大国」。常に何かしら問題が起これば、訴訟に発展する。

土地所有のイザコザも昔は映画の様に、銃でのドンパチして解決したのであろうが、現代ではそうもいかない。自ずと裁判沙汰になる。

実は此のイザコザが、現代まで続く米国の訴訟社会の原型ではないかと思われる。

 

開拓者たちは自分達の生命・財産を死守する為、お互いに協力し合い、西部劇に出てくるような町を作った。

「ゴースト・タウン」という言葉があるが、ゴースト・タウンとは、町の住民がこれ以上住めなくなった際、土地を捨てて廃墟になった町を指す。当時米国では集団疎開は当たり前だった。

 

西部各地で町が誕生。町同士の抗争・強盗などの揉め事が多発した為、それを取締る目的で誕生したのが、シェリフ(保安官)。

ガンマンの発祥も元々は自警団的存在。

町を外敵から守る事、或るいは町の治安維持の役目を果たしていた。此れは何も米国に限った事ではない。日本も同じ。ガンマンは日本の侍(武士)の発祥とも似ている。

 

日本の武士も元々、荘園などの土地を守る為に発生した自警団。昔は非合法的な存在だった。

私軍とも言える。非合法組織だった武士を社会的地位に押し上げたのが、鎌倉幕府で有名な「源頼朝」。

頼朝が目指した政治は、武士の地位向上と政治の参加を意味している。

土地訴訟でも同じ。建武の新政で後醍醐天皇が設けた「雑訴決断所」は、土地所有をめぐるイザコザを解決する為に設けられたもの。

それを考えれば人間は古今東西、やる事はあまり変わりがないのかもしれない。

 

以前紹介した映画『荒野の七人』も似たような設定。盗賊に苦しむ村が、強盗を退治する為、ガンマンを雇う。雇われたガンマン達は、命をかけ戦う。

やがて戦いが終われば村を去っていく物語。

 

ガンマンは所詮孤独で、一匹狼。

定住せず、去っていくのが常で、又粋(いき)とも云える。

流離うのが、ガンマンの宿命とも言える。だからこそ、絵になるのだと思う。

劇中のマリアンの言葉がそれを物語っている。

 

マリアン:ジョーイ、シェーンを好きになってはダメよ
ジョイ―:何故、ママ
マリアン:シェーンは何れ去っていく人間。別れの際、悲しくなる為

 

此の言葉が全てを物語っている。同じくルーフ・ライカー(敵役)の語ったセリフも米国西部開拓時代の背景が滲み出ている。

 

「俺たちははインディアンがいた頃やってきて、奴らを追っ払い時に襲撃を受け、腕に矢を受けた事もある。家畜を殺すインディアンを片付けた。その後やってきた奴らは、そんな事などしらん」

 

此れが先に西部に移住した住民と、後から来た開拓者との意識の違いと対立の原因と思われる。

当時のアメリカ政府は内戦後、南部開拓の為に奨励した政策に問題があった。

アメリカ政府は内戦後、荒廃した南部の土地開発を促進する為、開拓民を増やす目的で自らの力で土地で開拓し、5年もすれば自分の所有地となる政策を実施していた。

その為、先住民地主と開拓民との間には、しばし紛争が発生した。

明らかに政策に欠陥があったと言える。大人になり見直せば、両方に言い分があり、何方が正しいと言い切れない。

しかし元を質せば、インディアンから見れば、両方が侵略。

因みに白人のインディアンの迫害は、アメリカ社会ではタブーとされている。

 

酒場で侮辱された時、シェーンが耐えたシーン。

トーリーが殺され、ルイスが家を焼かれ、ジョーがライカ―と決着を付けにいくとジョーがマリアンと揉めている時、シェーンがぐっと堪え、何も言える立場ではないと引き下がるシーンが何とも言えない。

シェーンはどんな事が起ころうとも限界まで我慢し、最後に堪忍袋の緒が切れた為、銃を抜いたのが理解できる。

しかし銃を抜いたが最後。必ず誰かが傷付き、血を流す結果となる。

それを理解している為、シェーンはぎりぎり迄、銃を抜かなかった。

 

最後のマリアンとシェーンとの別れは、何か1941年作:『カサブランカ』に似ている。男のやせ我慢と云えば良いであろうか。

 

決闘後、シェーンが馬で立ち去った時、馬に乗り乍、左手をぶらぶらさせているのが見てとれる。

これは酒場の撃ち合いで、二階からライカーの弟に撃たれ、左腕の自由が利かない事を表現している。

 

尚、シェーンは立ち去るが、劇中ではその後の行方は分からない。

立ち去った後、他所の土地に行った。

それとも酒場で撃たれた傷が基で自分は助からないと悟り、一人で死を迎える為、山の麓の墓場に向かったとも云われている。

結局、何方なのかは分からない。

 

追記

 

劇中にて、西部の大自然が鮮やかに映し出されているのが素晴らしい。古き良きアメリカを彷彿とされる映像と言える。

 

ジョーの開拓民仲間のトーリーが早撃ちウィルソンに撃たれるシーンがあるが、当時の西部の法律では、銃を先に抜いた方が負けで、抜かれた側は正当防衛が認めれていた。

初めて見た時、意味が分からなかった。

 

参考までにマリアン役を演じている「ジーン・アーサー」は、この時52歳であるのが驚き。

劇中にてジョーイ少年を演じた「ブランドン・デ・ワイルド」は、僅か30歳で早逝している。

 

映画鑑賞後、何故か日本の有名な曲、『辿り着いたら、いつも雨降り』を思い出した。

シェーンにとり、当にそんな心境だったのではなかろうか。

 

(文中敬称略)