幼い子供の殺意 松本清張『潜在光景』

★短編小説:松本清張シリーズ

 

・題名    『潜在光景』

・新潮社    新潮文庫 【共犯者】短編小説収録 

・発行     昭和55年 5月

・発表     昭和36年 婦人公論4月号 

 

登場人物

 

◆浜島

しがない会社勤めの36歳のサラリーマン。

結婚して妻がいるが、二人の間には子もなく、冷めた結婚生活を送っていた。

 

会社から帰宅中、昔の知り合い小磯泰子と出会い、深い関係となる。

関係を持つようになったが、泰子には6歳になる健一と云う息子がいた。

 

泰子の家に繁く通う浜島だが、徐々に泰子の息子健一と微妙な関係になっていく。

 

◆小磯泰子

嘗て浜島の近所に住んでいた女性。今は36歳の未亡人、6歳の息子(健一)と二人住まい。

浜島と偶然通勤バスの中で再会。その後、深い関係となる。

 

関係を持った後、健一と浜島の中を取り持つが、二人の関係はあまり良好とは言えない。

泰子は二人の関係に気付かないまま半年が過ぎ、浜島が健一に殺人未遂を犯した事に仰天する。

 

◆小磯健一

小磯泰子の6歳になる息子。暫し泰子の許に通う浜島に対し、敵対心を示す。

さりげない行為で浜島を心理的に追い詰める。

最後に浜島に対し露骨に殺意をあらわし、浜島に首を絞められ、窒息寸前までいく。

 

◆浜島の妻

浜島の妻だが、作品には直接登場しない。浜島との間には子もなく、既に冷え切った夫婦関係。

浜島が泰子の家に通うにようになっても、気付いているのかいないのか全くわからない。

そこまで二人の関係は冷え切っていた。

 

◆浜島の母

若くにして夫をなくし、女手ひとつで浜島を育てる。

次第に母子に供に面倒を見てくれる、亡き夫の義理の兄と深い仲になる。

 

◆浜島の伯父

若くにして夫をなくした義理の妹(浜島の母)の面倒を見る。

面倒をみるに従い、浜島の母と深い関係になる。

実母と深い仲になった為、浜島(子供時代)に恨みを買う。

 

釣りの最中、子供だった浜島に事故を装った殺人をされ、命を落とす。

事件は事故として処理された。

 

あらすじ

 

浜島は会社勤めの、しがない36才のサラリーマン。

結婚して妻もいるが、二人の間には子もなく、既に冷え切った結婚生活を続けていた。

 

帰宅途中のバス中で20年程前、近所に住んでいた小磯泰子と偶然出会う。

浜島は通勤で5,6年近く、バス通勤をしていたが、泰子と出会うのは今回が初めてだった。

 

二人は昔話に花が咲き、近況を話し合う。

どうやら泰子は夫を無くし、現在6歳の息子と二人でアパート暮らしの様だった。

 

泰子は浜島がいつも利用するバス停留所の、一つ手前の停留所を利用していた。

二人は偶然再会した一週間後、再会した。偶然が二度、重なった。

 

運命とは不思議なもの。

今迄数年バスを利用していたが、此れ迄一度も遭う事はなかった。

何時しか二人は、深い関係となる。

 

浜島は泰子との関係を続け、度々泰子の家を訪ねる。

浜島の懸念は、泰子の家に通いつめ半年になるが、息子の健一が、なかなか浜島に懐かない事。

浜島は健一の機嫌を取ろうと努力した時期もあったが、無駄と分かり諦めてしまった。

 

健一は浜島を露骨に毛嫌いする訳ではない。

しかし浜島は健一の陰気な、そして浜島の存在を不気味に観察するような態度に幾度か恐怖を覚えた。

何気ない行動であったが、節々に健一は浜島に対し、殺意らしきものを見せる時もあった。

 

しかし浜島は表立って泰子に、健一の様子を告げる事ができない。

泰子はそんな状況など露しらず、寧ろ健一が浜島に懐き始めたと思っている状況。

 

浜島は泰子が自分に向けるひたむきな愛情。

又、泰子の家に通う状況を失いたくない為、泰子に対し健一の敵愾心を言えずにいた。

 

或る日、浜島が泰子を迎えに行こうとした時、健一が自分に対し殺意を露わにした。

浜島はとっさに防衛本能が働き、健一の首を絞めた。

健一は意識不明になったが、なんとか一命を取り留めた。

 

浜島は殺人未遂で逮捕された。

逮捕後の取調べ中、警官は浜島が殺意に至った動機を理解できなかった。

 

浜島は警察官を納得させる為、嘗て自分は健一と同じ境遇で相手の男(伯父)に殺意を持った。

その為、事故に見せかけ殺害した過去を警察官に告白した。

 

要点

 

梲の上がらないサラリーマンの浜島は通勤途中、昔近所に住んでいた当時高校生だった女性(小磯泰子)に、偶然出会う。

泰子は夫を亡くし、今は6歳の息子と二人で暮らしていると知らされる。

 

泰子は未亡人で生計を稼ぐ為、保険の集金・外交をしていた。

朝早くでかけ、夜遅く帰宅する日々。心の支えは、一人息子の健一ぐらい。

 

そんな味気ない暮らしをしている時、ひょっこり昔の顔馴染みの浜島に出会う。

二人が深い仲になるには、左程時間を要しなかった。

 

浜島が泰子の家に通い詰めて半年経ったが、ひとつだけ気懸りな事があった。

それは泰子の一人息子、健一の存在。

 

健一は浜島を嫌う訳ではないが、浜島にあまり懐かず、一定の距離を置いていた。

健一は浜島が出現で、

「今迄は自分だけが母の愛情を独り占めしていたが、泰子(実母)を浜島に取られてしまった」

という嫉妬心があったと推測される。

 

更に浜島と泰子が懇ろになるにつれ、健一は何か自分の母が浜島に汚されていくような気になったに違いない。

それは決して浜島の思い過ごしではなかった。

 

健一は泰子の帰りを浜島と一緒に待っている時、しばし浜島に対し、恐怖心を与えるような行動をとった。

直接行動を下した訳ではないが、浜島に間接的な恐れを抱かせる行為を繰り返した。

 

浜島は健一の示威的行動に対し、恐怖を抱く。

何故なら自分も幼い頃、健一と同じ体験をした過去があった為。

 

浜島が幼い頃、夫を亡くした母の許に伯父が事ある度に訪ねて来た。

伯父はまるで自分達親子を、本当の家族のように扱った。

伯父は浜島に対し、本当の父親の様にふるまった。

浜島は逆に、父親面する伯父を嫌っていた。

 

健一と同様、何か自分の母が伯父に汚されていくように感じた。

 

実際伯父と母は、深い関係になった。浜島は母が不潔に思え、堪らなく嫌だった。

 

或る日、伯父と一緒に釣りに出かけた。伯父は何時も危険な場所で釣りをしていた。

浜島は伯父を事故に見せかけ、殺害する事を計画。実行した。

 

警察は単なる事故死として処理した。

此れは、浜島が幼い頃の記憶である。

 

浜島は当時の記憶が蘇った。

蘇ったが故、健一の存在が恐ろしくなった。

無意識の中に健一の首を絞め、殺人未遂で逮捕された。

 

逮捕後、警察は浜島の動機をなかなか理解できなかった。

警察は浜島が述べる子供の殺意など、真っ向から否定する。

警察は6才の子供に、殺意などあり得ないと。

 

浜島は警察に健一の心情を理解してもらう為、又過去に自らが犯行に至った動機を納得してもらう為、幼い頃に自分がしでかした事件と当時の心境を告白した。

 

6才の子供でも十分に殺意を持ち、犯行を実行する意思がある事を証明する為に。

 

追記

 

今回の作品で三島由紀夫を始めとする他の作家は、子供が殺意を持ち、大人を殺害する展開は考えられないと主張した。

しかし現代では、完全に否定された。

 

当時三島は清張の今回の作品を、真っ当に受け入れる事ができなかった。

以前も話したが、三島は清張を毛嫌いしていた。

 

三島の文壇仲間が同人誌に清張を加えようとした際、三島は「清張を入れるなら、俺は脱退する」と宣わった。

その時、川端康成が三島を必死で宥めた。

 

清張本人にしてみれば、当時の文壇界では自分は異色の作家だと自覚していた。

その為、清張本人もあまり望んでなかった。清張本人は、どうでも良かった。

 

三島・川端の作品と清張の作品を見比べれば、あまりにも作風が違い過ぎる。

清張は文壇仲間は、所詮仲良しグループの利権集団としか映らなかったのであろう。

 

言葉汚く述べれば、三島・川端の作品はどちらかと云えば「上層階級・優雅さ」が漂う。

一方、清張作品は「下層階級・泥臭さ」が漂う。

 

それを証明するかの様に、川端の作品『伊豆の踊子』と清張の作品『天城越え』を比較をしてみれば分り易い。

清張が川端の作品を、皮肉ったかのようにも見える。

冒頭部で何気にそのような文面がみられる。

 

結局、清張の生い立ちが深く関係しているのであろう。

凡そ清張の作品の主人公は、決して派手な人物ではない。ごくありふれた人物が主人公になる事が多い。

使われる題材も、身近なものが多い。此れは清張作品の特徴とも言える。

 

今回の作品も暫しTVでドラマ化、リメイクされている。何気に題材にし易いテーマなのかもしれない。

 

(文中敬称略)