クリント・イーストウッドの名台詞 『ダーティ・ハリー』
★懐かしの洋画映画シリーズ
・題名 『ダーティ・ハリー』
・公開 1971年 米国
・提供 ワーナー・ブラザーズ
・監督 ドン・シーゲル
今回のブログから、私の趣味の映画に関するブログをシリーズ化していきたいと思います。
今回は「クリント・イーストウッド」主演の『ダーティ・ハリー』です。
凶悪犯相手にサンフランシスコ市警のキャラハン刑事が、アウトロー的な手法で事件を解決していく物語です。
目次
出演者
◆ハリー・キャラハン:クリント・イーストウッド (SF市警殺人課刑事)
◆チコ・ゴンザレス :レニ・サントーニ (キャラハンの相棒)
◆スコルピオ :アンディ・ロビンソン (無差別殺人のライフル魔)
◆アル・ブレスラー :ハリー・ガーディノ (殺人課の警部補、キャラハンの上司)
◆フランク・ジョージ:ジョン・ミッチャム (殺人課刑事、キャラハンの同僚)
◆マッケイ :ジョン・ラーチ (SF市警、警察本部長)
◆市長 :ジョン・バーノン (SF市長)
SF:サンフランシスコの事
あらすじ
内容ははぼ、単純明快。
精神的に支障を来しているライフル魔が、無差別に一般市民を銃撃。市に身代金を要求する内容。
最後は幼稚園バスをジャックした犯人をキャラハン刑事が追い詰め、銃撃戦の末、犯人を射殺するという結末。
日本で云えば、勧善懲悪もの。キャラハン刑事が愛用する銃(44マグナム)を豪快に撃ち、事件を解決していくストーリー。
時代劇で云えば「水戸黄門」、「桃太郎侍」、「必殺仕事人」のような類。
ストレスが溜まっている時に見れば、スカッとするかもしれない。
映画中での有名な台詞
映画の中で有名な台詞があります。ご存知かと思いますが明記します。
確かこの様なニュアンスだったと思います。英語版の引用は割愛します。
子供の頃テレビで見た「クリント・イーストウッド」の声の吹き替えが、アニメ『ルパン三世』の主人公「ルパン」の声を出していた「山田康雄」さん。
皆さんの中にも、ルパンの声と記憶している人も多いと思います。
この台詞、キャラハン刑事が行きつけの店でホットドッグを食べている時、銀行強盗が発生。
犯人を追い詰めた際、劇中最後にて無差別殺人犯を追い詰めた際、発せられた名台詞。
銀行強盗の時は発砲されず、無差別殺人犯(ライフル魔)の時は犯人が抵抗した為、キャラハン刑事に撃ち抜かれ、映画の幕切れとなります。
面白い印象的なシーン
キャラハン刑事がホットドッグを頬張り乍、銀行強盗を追い詰める際、キャラハン刑事が「ホットドッグ」をとても美味そうに食べているシーン」が何とも言えない。
犯人に対し、キャラハン刑事が銃を突きつけ「止まれ!」と叫んだ時、「ホットドッグが口から飛び出す映像」が、妙に現実味を帯びて興味深い。カットされていない処が良い。
現代映画と違い、アナログ的な部分が逆に面白い。古き良き時代だったのかもしれない。
子供の頃、理解できなかった言葉
映画の良い点は、見た当時は理解できなかったが、何度も見直す中に、何気ない劇中のワンシーンが理解できる事。子供の頃は理解でなかったが、大人になり見直せば、理解できる処であろうか。
だいぶ後になり見直した時、気づいた箇所を述べたい。
先ず「ダーティ・ハリー」と云うネーミング。
英語の覚えたての頃、「ダーティ」と云う言葉の訳は「汚い」という意味で理解していた。
その為、訳のまま「汚いハリー」と理解していた。
しかし汚いと言う意味が、何が汚いのか分からず、そのまま見過ごしていた。
大人になり見直した際、漸く言葉の意味が理解できた。劇中でキャラハン刑事も述べていたが、「ダーティ」はモノの綺麗・汚いの意味ではなく、
の事。
汚い仕事の処理役が、いつも自分の処に回ってくる。その仕事をいつも引き受け、処理する。
人はいつしかキャラハン刑事を、「ダーティ・ハリー」と呼ぶようになったと。
劇中で登場した相棒の新米刑事も初めは理解できず、キャラハンとギクシャクした関係だった。
しかし一緒に事件を解決するにつれ、キャラハンの立場を理解。やがて同情するようになる。
相棒は事件中、怪我を負い入院。その時、今迄キャラハンが発言していた言葉の隠れた意味を理解。
相棒は退職を決意する。
相棒は「命が欲しければ、決して長くやる商売でない」と悟った。
何気に埋め込まれたシチュエーション
当時のアメリカ社会の状況が、さり気なく所々に盛り込まれている。
劇中最後で犯人が逃走する際、持っていた拳銃がワルサー(ドイツ製の銃)。
バスジャックをして逃走する途中、バスが車と衝突するシーン。衝突した車は、ホルクス・ワーゲン(これもドイツ製の車)。
つまりこの時期、第二次大戦後のアメリカの繁栄(パックス・アメリカーナ)と云われていた時代が終焉。
自動車等の分野でアメリカ市場が、諸外国勢に押されつつあった事情を、劇中にて表現している。
1980年代、アメリカ人がハンマーで日本車を叩き壊すシーンが映像として流れのも、全く同じ意味。
日本もドイツと同じ敗戦国であったが、見事に復興を遂げた。
今や戦勝国である我が国アメリカが、敗戦国に市場を脅かされるまでになった。
当時のアメリカ国民はそんな現状を苦々しく思い、鬱積した感情を打ち砕く為、態々盛り込まれたシチュエーションでないかと予測する。
つまり「アメリカ VS ドイツ」を描き、アメリカ製の銃(S&M M29)がドイツ製の銃(ワルサ ワルサー社)を打ち負かすといった構造ではなかろうか。
車の件も全く同じ。アメ車とドイツ車の構造。「大戦の栄光よ再び」といった感じであろうか。
実はこの手法、後述する映画「リーサルウェポン」、「ダイ・ハード」等にも見られる。
機会があれば、随所に述べたい。
結末
劇中の最終場面で、キャラハン刑事が犯人を射殺する。
事件解決後、キャラハンは刑事のIDバッジ(番号2211)をまじまじと眺め、意を決したかのように左手でバッジを炭鉱のため池に投げ捨てる。
事件解決のけじめ・官僚主義的な警察機構に対する、自分なりの抵抗だったのかもしれない。
それを強調するかの如く、解決した事件現場に直行するパトカーのサイレンが、遠くに虚しく鳴り響き、映画は終了する。
追記
監督・クリント・イーストウッドも、この映画は一話限りで終了する予定だった。
しかし公開後、爆発的ヒットとなり、その後パート5まで続く作品となる。
クリント・イーストウッドは、此れまで西部劇ではそこそこ名の知れた存在だったが、この映画が切っ掛けで、ハリウッドでのスターの地位を不動のものとする。
全く人生、何が幸いするか分からない。
(文中敬称略)