得体の知れない物を見た時、人間の驚きと戸惑い。カフカ『変身』

今回は洋書の名作を取り上げてみた。或る日突然自分が変身を遂げた。

結果として周囲の者から差別と偏見の目でみられた時、あなたはどう感じるであろうか?

 

・題名   『変身』 

・作者   フランツ=カフカ

・国    ドイツ

・執筆   1912年11月

・発表   1915年

・訳者   高橋義孝

・発行   新潮社 昭和27年 7月

登場人物

 

◆グレーゴル・ザムザ

外交販売員の青年。或る日、当然目が覚めると人間の姿でなく、害虫に変身する。

害虫に変身後、厳格で蟠りのあった父との距離が益々広がり、父の投げたリンゴが体にできた傷がもとで、最後に絶命する。

 

◆グレーゴル夫妻

父はグレーゴムが人間の頃から厳格に接し、二人の間に僅かな蟠りが生じていたが、グレーゴムが害虫に変身した事で、決定になる。

変身した後は、徹底的にグレーゴムを排除しようと試み、最後には自分の投げたリンゴの傷が基でグレーゴムを死に追いやる。

母はグレーゴムを心配している素振りはするが、厳格な父に逆らえず、父の命に従う。

 

◆グレーテ・ザムザ

グレーゴルの妹。グレーゴルが突然害虫に変身した事に驚く。

恐る恐るグレーゴムの世話をするが、徐々に煩わしくなり、最後には雇われた老婆にグレーゴムの世話を任せてしまう。

 

◆支配人

グレーゴルが勤めていた会社の上司。グレーゴルが出勤しない為、グレーゴルの家を訪ね、様子を伺いに来る。

グレーゴムが害虫に変身した姿をみて驚き、逃げ出す。

 

◆手伝いの老婆

グレーゴルが変死後、雇われた老婆。グレーゴルの変身した姿に驚かず、時々からかいもする。

妹グレーテが次第に変身した兄の世話をしなくなり、代わりに兄の世話をする。最後はグレーゴルが窶れ、死んだ姿を発見する。

 

作品概要

 

外交販売員をして暮らしているグレーゴルには、厳格な父、父に従順な母、妹の4人で暮していた。

或る日、グレーゴルが目を覚ますと、人間の姿ではなく、醜い害虫に変身していた。

グレーゴルが出勤時間になっても部屋から出てこないのを心配した家族だが、何もできない。

 

漸く無断欠勤したグレーゴルの様子を見に来た職場の支配人と父が、部屋を伺う。

しかしグレーゴルの姿はなく、其処には人間が忌み嫌う、害虫がいるだけだった。

恐れ戦く支配人は逃げ出し、家族3人は訳が分からず、ただ怯えて暮らす毎日。次第にザムザ一家の生活と家族の心は荒んでいく。

 

初めは恐る恐る世話をしてくれた妹グレートも徐々に煩わしくなり、新しく雇った老婆に世話を任せる始末。

徐々にグレーゴルの3人の家族との距離は離れていった。

グレーゴルと父は人間の姿の時から蟠りがあったが、グレーゴルが害虫に変身した為、親子の間柄は険悪となり、修復しがたいものとなる。

 

ある時、父が投げつけたリンゴが変身したグレーゴルの体にめり込み、グレーゴルは深手を負ってしまう。

やがて妹グレーテは両親以上の冷たい言葉を、グレーゴルに投げかける。

やがてグレーゴルは食欲もなくなり、父から受けた傷が原因で死んでしまう。

 

グレーゴルが死んだ事で、今まで絶えていた3人に心の安らぎが戻った。

3人の心に芽生えていた、グレーゴルに対する怒りと憎悪がなくなった為。つまり厄介払いができたから。

厄介払いができた3人は、その日休暇をとり、散歩しながら3人で此れからの将来を語りあうのであった。

 

まとめ

 

主人公グレーゴル・ザムザが寝床で目が覚めれば、何時の間にか人間ではなく、一匹の害虫に変身していた。

グレーゴル変身した事で、家族はグレーゴルを冷たい目で見始め、世間から隔離する。

 

ハッキリ述べれば支障がある為、比喩的な表現をするが、人間が今迄みた事もない出来事に出くわした時、人間の驚きと戸惑いを現した作品と言える。

人間が隠し通したいものに偶然、触れてしまったとでも言えば良いであろうか。ある種のタブーに触れてしまった時、人間の取る行動と同じかもしれない。

 

人間がタブーに触れてしまった時、何を思い、どのような行動をとるのか。

恐れ戦き混乱してしまう人間。驚きのあまり、何も出来なくなってしまう人間と反応は様々。

 

小説が執筆、発表されてから既に100年以上経過しているが、小説の内容は100年経っても、変わっていない。

主人公は突然害虫に変化。世間に出られず隔離され、ひっそり人目に知れず生き続けるが、やがて朽ち果ててしまう。

 

現代社会も主人公の如く、突然何が起こるか分からない。

もし自分が小説の様に、突然人目に触れる事のできない状態になってしまった時、本人は基より、家族共々、誰しもが小説と同じ行動をとるのではなかろうか。

 

私は変身したものが害虫でなく、人間社会のタブーに当て嵌めてみれば分かり易いと思う。

更に時代の変化で、害虫を色々なものに置き換えれば分かり易い。

 

例えば執筆・発表した時代に即して考えれば、丁度、第一次世界大戦の直前と真っ只中。戦争があれば、当然兵役がある。

当時、兵役検査で不合格になった人間を「作品の害虫」に充て嵌めて見れば、分かり易い。

 

戦争中、成人男子であれば、兵役で戦場に赴くのが当然と見做される。

しかし何かの理由で、兵役検査で不合格であれば、決して一人前と見做されなかったであろう。それと同じであろうか。

考えれば、何でも当て嵌めれる。

 

同様に、何時の時代でも世間から弱者として、隔離されている人間がいる。その事を想像すれば、理解し易い。

誤解を招くおそれがある為、敢えて明記はしないが。

 

周りの人間の無知・偏見からくるものもある。また伝染病・病気・ケガの類も同じ。

何であるのかは明確でないが、時と状況により様々。世間からすれば、いわゆる「厄介者」という部類であろうか。

 

最後に両親・妹は、変身して死亡したグレーゴルを見捨て、散策に出掛ける。

やがて3人は、グレーゴルが見つけて来た家とグレーゴルに頼っていた生活の放棄を決意する。

漸く肩の荷がおりたといった処か。

 

3人はグレーゴルは、既に最初からいなかったものとして意識し始めていた。煩わしいものが、なくなったと言った心境。

更に両親は、知らずに魅力的に育っていた娘を認識。

自分達の子供は娘だけだったと言い聞かすように、「早く娘に見合うお婿さんを見つけねば」と思うようになっていた。

 

つまり害虫に変身したグレーゴムは「既に3人の心の中になく、見捨てられた存在」になっていたという結末で小説は終わっている。

 

害虫はあくまで象徴であり、何にも考える事が可能。何か人間社会の醜い一面を見せつけられた様な気がした。

何気に示唆に富んだ作品と言える。

 

(文中敬称略)