日本が最も輝いていた時代、創られたスペクタクル作品 井上靖原作『敦煌』
★懐かしい邦画 スペクタクル超大作
・題名 『敦煌』
・公開 1988年 日本・中国合作
・配給 東宝
・監督 佐藤純彌
・製作会社 大映・電通
・脚本 佐藤純彌・吉田剛
・製作総指揮 徳間康快
・原作 井上靖
目次
出演者
◆ 趙行徳 : 佐藤浩市 (中国宋代、科挙に落ちた人物)
◆ 朱王礼 : 西田敏行 (西夏国、漢人部隊の隊長)
◆ ツルピア王女 : 中川安奈 (ウイグル王女)
◆李元昊 : 渡瀬恒彦 (西夏国、皇太子)
◆曹延恵 : 田村高廣 (敦煌の太守)
◆尉遅光 : 原田大二郎(元尉一族の末裔。砂漠の狡猾な商人)
◆西夏女 : 三田佳子 (宋の都開封で売春婦として売られる)
1988年、日本経済が一番輝いていたバブル全盛期、一つの映画が公開された。
当時の日本を反映して、協賛会社に有名な会社が名を連ねている。
莫大な予算を費やし、大々的な宣伝をする映画が度々あるが、期待外れが多いのも事実。
そう思い乍、原作と映画を見比べて見たが、此れがなかなかの作品。
大人になり作品を見直せば、公開当時を見た時とは異なり、全く違った目線で作品を見る事ができた。
いつも述べるが、年をとり、映画の見る目線が変わったと云えるであろうか。
若い頃よりも年を取って見た時の方が、味わい深い映画ではないかと思われた。
作品の初めに
原作と殆ど変わることなく、物語が進行している。
小説では描く事のできない兵士・戦場・砂漠・戦闘の映像等がふんだんに盛り込まれ、なかなか見ごたえのある作品。
当時の国際情勢を鑑み、よく中国政府の協力の下、撮影できたと半ば感心する。
今から約30年以上前の映画である事を考慮すれば、上出来と思う。
物語の進行上、多少脚色を加えているが、原作と左程変わりなく、あまり違和感はない。
時折、歴史的建造物が登場。作品に味を添えている。
映像美が素晴らしい。悠久な中国大陸の営みが、映像から犇々と感じられる。
広大な歴史を扱った作品だが、悠久な歴史の中で、
と思わせる要素を含んでおり、運命に翻弄される人間の儚さを描いた作品とも言える。
作品概要・経過
①殿試の失敗と、西夏女との出会い
趙行徳は宋の都開封で、科挙の最終試験である「殿試」に臨んだ。
殿試では、試験官から
「宋の西方を脅かす西夏について、その対策を述べよ」
と問われた。
行徳は西夏と言う国の知識を持ち合わせておらず、まともな回答ができなかった。
結果は当然、不合格。次の科挙まで又、3年待たなくてはならない。
途方に暮れて行徳が街を彷徨っていた際、街中で人だかりを見つけた。
どうやら人売りの様子。売られる女は漢人でなく、異国の女。
女は西夏から騙され、連れて来られた。女の値段は、家畜の豚並みだった。
女はプライドをかけ、必死で抵抗する。
行徳は何か女の言動に、不思議な興味を抱く。行徳は男に金を払い、女を譲り受けた。
行徳は別に、女をどうこうする訳ではない。
行徳はその場を立ち去ろうとすると、西夏女はタダで助けて貰うには気が引けたのだろうか、
「自分の持っているもので一番大切なものをやる」と行徳に何かを手渡した。
更に女は、
「 自分は何が書いてあるのか読めないが、西夏に入国する際の大事な通行書だ」
と述べた。
行徳は女から貰った布切れを見ると、漢語ではない何か文字が書かれてあった。
どうやら西夏の文字らしい。行徳は布切れに書かれた文字に惹かれた。
文字を見た瞬間行徳は、目に見えない何か不思議な糸に手繰り寄せられるかのように、西夏の都イルガイを目指す。
②宋から離れた西域にて
行徳は都を離れ、宋の辺境地に遣って来た。
隊商(尉遅光)に混ざり、途中で離れイルガイ(西夏の首都:宝石の都の意味)に入国するつもりだった。
しかし隊商が砂漠を行進している道中、国籍不明の謎の部隊に襲わた。
謎の部隊に襲われ、行徳は拉致されてしまった。
拉致された先はどうやら、西夏軍の漢人部隊の模様。
行徳は無理やり軍に編入された。軍事訓練後、戦いに参加させられた。
或る夜、部隊が野営した際、敵ウイグル軍の夜襲を受けた。
行徳はたまたま、漢人部隊の隊長「朱王礼」の危機を救った。
翌日、行徳は朱王礼に呼び出され、今後側近として働く事を命ぜられる。
③ウイグル王女ツルピアとの出会い
西夏軍はウイグル軍を攻める為、ウイグル軍の本拠地、甘州城を攻めた。
城はあえなく落城。落城後、王礼隊は城内を偵察した。
狼煙台で狼煙を上げようとした時、行徳は物陰に潜んでいた人間の襲撃を受けた。
行徳は攻撃をかわし、相手を捕らえた。
相手は観念したかのようにうなだれた。行徳が相手の鎧を剥いだ瞬間、驚愕した。
鎧の人間は女だった。
女はウイグルの王女、「ツルピア」。
ツルピアは他の一族から逃げ遅れ、物陰に潜んでいた。
行徳は何を思ったのか、咄嗟に女を匿ってしまった。
御徳は甘州城にいる間、女を隠し続けた。
或る日、行徳は王礼から呼び出しを受けた。
以前、行徳が王礼に「西夏文字を学びたい」と話した。
その事を王礼は覚えており、行徳を「西夏の都イルガイに行かせてやる」と行徳に告げた。
行徳は即座に断った。
何故なら女(ウイグル王女)の世話で、何処へも行けない状態だった為。
王礼に真相を告白できず、仕方なく行徳は闇夜に、女と供に城を脱出する。
二人は途中で砂嵐に遭い、方向が分からず砂漠の中を彷徨う。
彷徨った挙句、再び甘州城近くに戻って来てしまった。
行徳は、自分の力ではどうにもならないと観念。
ツルピアを助ける為、甘州城の王礼に助けを求めた。
王礼は黙ってイルガイに行けば、罪を許してやると行徳に告げた。
行徳はツルピアを王礼に預け、イルガイ行きを決意する。
1年以内に西夏文字を取得して、必ず戻ってくるとツルピアに約束して。
④西夏の都、イルガイにて
イルガイ着いた行徳は、必死に西夏文字を学んだ。ツルピアとの約束を果たす為に。
しかし優秀すぎたのが災いして、行徳は西夏文字と漢語の辞書をつくるよう、教育長官から命ぜられた。
行徳は断る事もできず、仕方なく作業に着手。
作業に2年の歳月を費やした。(計3年、イルガイに滞在)
漸く作業を終え、王礼の部隊に戻るが、既にツルピアは王礼の部隊にはいなかった。
行徳は王礼にツルピアの所在を尋ねたが、王礼は只死んだとしか言わなかった。
或る日、西夏の皇太子「李元昊」が、戦場の視察に遣って来た。
その時行徳は、偶然にも李元昊の側に、ツルピアがいるのを見つけた。
王礼の話では、ツルピアを隠し続けたが、とうとう李元昊に見つかり、取りあげられたとの事。
皮肉にも行徳は、李元昊とツルピアとの婚儀前夜、李元昊の帷幕でツルピアと再会。
二人は互いに自分達の力では、どうにもならない状況と運命を悟った。
行徳は二人の婚儀の言葉を、漢語で書かされた。
映像に映る行徳の姿が物哀しく、切ない。
行徳の何ともやるせない表情を、見事に表現していた。
劇中での、一つの見せ場かもしれない。
趙行徳を演じた「佐藤浩市」氏の、其の後の活躍を思わせるような、才能の片鱗が垣間見られた。
⑤ツルピアの死と自暴自棄の行徳
李元昊との婚礼当日、ツルピアは城壁から身を投げ、自ら命を絶つ。
行徳はツルピアの死を目撃。あまりの悲しみから絶望感にかられ、自暴自棄となる。
戦場では無謀な突撃を繰り返し、自身の体に大怪我を背負う。
行徳が生死の境から目覚めた時、王礼の漢人部隊は他の戦場に赴く為、出発する直前だった。
行徳は「自分はケガで動けない為、殺していけ」と王礼に告げる。
しかし王礼は
と、何か意味ありげに行徳に述べた。
王礼は行徳のケガの世話を、狡猾な商人「尉遅光」に託した。
尉遅光は相変わらずの強欲ぶり。
尉遅光は旅の途中、行徳が持っている首飾りに目を付けた。
首飾りは行徳が西夏文字を学ぶ為にイルガイに行く際、ツルピアから譲り受けたものだった。
行徳は尉遅光の要求を、きっぱり断った。
尉遅光はその場は引いたが、決して行徳の首飾りを諦めたわけではなかった。
行徳は尉遅光の隊商と供に、敦煌に向かった。
敦煌に到着した行徳は、太守曹延恵の翻訳事業を手伝う。
翻訳業務をし乍ら、行徳は亡くなったツルピアの死を悼む心から、徐々に仏教に帰依し始めた。
敦煌で何日か過ごす間、行徳の許に度々、王礼から戦況を知らせる書を受け取った。
何通かの手紙が届いた後の或る日、王礼の部隊が近々、敦煌に立ち寄るとの知らせが届いた。
⑥王礼と行徳、反乱を決意
敦煌で行徳は、王礼部隊を迎えた。王礼は李元昊から曹延恵に対する、或る密命を受けていた。
密命の趣旨は、李元昊は近々、宋を攻める決意をした。
西夏が宋を攻める際、漢人が支配する敦煌は西夏の背後を突く恐れがある為、李元昊は敦煌の完全支配を決断。
更に西夏は西域との通商の権益を握る為、西夏本隊が直々、敦煌に遣ってくる旨を太守曹延恵に告げた。
西夏本隊が到着後、曹延恵は太守の座を失い、身分を平民に落とすとの指令も添えていた。
延恵は王礼からの指令を聞き、絶望する。
王礼はこの時初めて、今後反乱軍となり李元昊を討つ企みを、行徳と太守に打ち明けた。
王礼が行徳に対し「やらねばならない」と述べた言葉は、この事だった。
延恵は断るが、王礼は問答無用で延恵を無理やり計画に引き入れた。
「もう同じ舟に乗ってしまった、どうせ滅びるなら、可能性に賭けてみては如何か」
と延恵を脅かした。
反乱前夜、行徳は王礼からツルピアとの経緯を、初めて打ち明けられた。
西夏本隊が、敦煌に遣って来た。
王礼は李元昊を城に引き入れ城門を閉め、袋の鼠にして李元昊を倒す心算だった。
併しあと一歩の処で曹延恵がしくじり、計画が露呈。
王礼部隊は、あと一歩の処で李元昊を取り逃してしまう。
後は王礼部隊は反乱軍として、西夏軍に追われる立場に変わった。
反乱軍と西夏本隊との戦闘シーンは、映画の最大の見せ場だろうか。
⑦書物を守る為、尽力する行徳
西夏軍は反乱軍鎮圧の為、夜間敦煌に攻めて来た。敦煌はたちまち火の海に囲まれた。
行徳は火から延恵が集めた様々な書物を、安全な場所に隠す事に尽力した。
その時、強欲な商人「尉遅光」がやって来た。
行徳は咄嗟に書物ではなく、尉遅光に延恵の財宝だと嘘を付き、書物を安全な場所に隠す為の協力をさせた。
敦煌城が西夏軍に囲まれた為、王礼軍は西夏軍に向かい突撃を開始する。
突撃している最中、王礼は行徳に逃げろと指示。
王礼はツルピアから奪った首飾りを行徳に渡し、最後の別れを告げた。
書物の隠し場所は、敦煌郊外にある莫高窟の石窟の中だった。
行徳は尉遅光がいないのを見計らい、必死に書物を石窟の中に隠した。
隠し終える寸前、行徳は王礼から預かった飾りを、書物と一緒に石窟の中に埋めた。
⑧書物を石窟に隠した後
王礼軍は西夏軍に何度も突撃。善戦するが、とうとう力尽き戦死する。
書物を石窟に隠す作業が終わった。
行徳が丘に登り敦煌の街を見渡すと、敦煌の街は赤々と燃えていた。
戦場を見渡せば、王礼軍と西夏軍の戦いは、終焉を迎えていた。
勿論、王礼軍は全滅。
行徳が丘から石窟に戻った時、書物を運んだ人夫達は悉く殺害されていた。
どうやら宝の隠し場所を秘匿する為、尉遅光が全員殺害した模様。
行徳はあまりにも愚かな行為をした尉遅光に対し、宝物と思っていた荷物の中味は「書物」と尉遅光に告げた。
尉遅光は騙されたと気づき、怒りで行徳を殺そうとする。
二人は争い、砂の丘に転がり落ちた。
其処に騎馬隊がやって来た。二人は問答無用で、騎馬隊に蹂躙された。
行徳は全身に痛みを感じながら、目が覚めた。
這う這うの体で這いつくばりながら、砂漠のオアシスに辿り着き、水を飲んだ。
水を飲んだ後、漸く気持ちが落ち着いた。
落ち着いた後、自分が体験した人生を振り返り、人生の儚さを嘆き悲しんだ。
首飾りは馬に蹂躙され、糸が切れてバラバラになっていた。
映画はそこで幕を閉じた。
原作との相違
原作で登場する女はウイグル王族の娘だが、劇中ではウイグル王(ヤグラカル)の娘となっている。
原作では李元昊の側室となるが、劇中では、正室か側室かは不明。
劇中では、行徳が西夏の都イルガイに行った理由は、西夏軍に西夏文字を読み書きする人間が必要な為。
原作では、朱王礼が行徳の頼みを聞いた事となっている。
劇中では、敦煌の太守は曹賢順ではなく、曹延恵になっている。
延恵は甘州、涼州が西夏に征服された為、敦煌から臣下の礼を取る為、イルガイに赴いた設定。
原作では西夏は甘州、粛州、瓜州、沙州の順で征服するが、劇中では延恵が西夏に臣下の礼をとった為、既に敦煌は西夏の属国扱いの状態。
原作では、延恵の作業を手伝う為、行徳本人がイルガイで西夏文字を読み書き出来る人間を探す。
劇中では、尉遅光が翻訳事業ができる人間を探し、行徳が偶々加わった設定になっている。
原作の延恵は歴史・文化に対し、造詣深い人間として描かれている。
劇中では、何が欲が深い人間として描かれている。
朱王礼に関しては、原作より上手く描かれているかもしれない。
劇中では行徳が、首飾りを書物と一緒に埋めるシーンがあるが、原作にはない。
原作では行徳が尉遅光と争い、バラバラとなり宝石は砂に埋もれてしまう。
余談だが、劇中でツルピア王女を演じた安川安奈さんは、2014年、僅か49歳の若さで亡くなった。
この映画をみた時、亡くなった安川安奈さんは、当時「新人」。
何か時の経つのを、まざまざと見せつけられたような気がする。
(文中敬称略)