盗人から、一国城主となった男の数奇な運命を描く 黒澤明『影武者』

★懐かしい日本映画、黒澤明監督シリーズ

 

・題名      『影武者』    

・公開      1980年大映

・監督      黒澤明     

・脚本      黒澤明、井手雅人     

・撮影      宮川一夫    

・音楽      池辺晉一郎

・美術      松山崇     

・製作      黒澤明 田中友幸         

・外国版プロデューサー  ジョージ・ルーカス、フランシス・フォード・コッポラ

 

出演者

 

・影武者    : 仲代達矢     ・武田信廉  : 山崎努

・諏訪四郎勝頼 : 萩原健一     ・山縣昌景  : 大滝秀治

・土屋宗八郎  : 根津甚八     ・馬場信春  : 室田日出男

・内藤昌豊   : 志浦隆之     ・原昌胤   : 清水のぼる

・高坂弾正   : 杉森修平     ・小山田信茂 : 山本亘

・跡部勝資   : 清水紘治     ・お津弥の方 : 桃井かおり

・於ゆうの方  : 倍賞美津子    ・織田信長  : 隆大介

・徳川家康   : 油井昌由樹    ・森蘭丸   : 山中康仁

・丹羽長秀   : 山下哲夫     ・雨宮善二郎 : 阿藤海

・托鉢僧    : 江幡高志     ・原甚五郎  : 島香裕

 

あらすじ

 

時代は1572(元亀3)年、信長包囲網の真っ只中。

甲斐信濃を領国とする当時最強といわれた武田信玄が10月3日、約2万5千人を引き連れ上洛の途に就いた。

武田軍が徳川家康の領土三河に侵入。快進撃を続ける。

12月22日、家康の居城「浜松城」を素通りすると見せかけ、三方ヶ原で城から撃って出た家康軍を、鎧袖一触で撃ち破った。

 

年が明け、1573(元亀4)年1月12日、武田軍は東三河「野田城」を包囲した。

野田城は思ったより堅古で、なかなか落ちない。

 

野田城から毎夜、笛の音が聞こえた。笛の主は「村松芳林」と云われる。

笛の音が美しいとの評判を信玄が聞きつけ、大将みずから城外近くに行き、笛の音を聞こうと出かけた。

 

その時、城外から撃たれた火縄で信玄が命を落とす。

鉄砲主は、「鳥居半四郎」と云われている。

 

信玄死すの報が敵方にバレてはまずいと、武田軍が以前から用意していた影武者を立てた。

信玄の遺言「我が喪を3年伏せよと」の命で、信玄を影武者が務める事になる。

影武者を立て、軍は無事撤退。以後、影武者は信玄に成りすます。

 

しかし、影武者を務める元「盗人」は、生来の身の為、なかなか生来の癖が抜けない。

盗みを働き、逃亡を試みる。

更には、孫・側室等に、正体を見破られそうになる。

 

信玄の遺児「勝頼」は、もともと身分の低い影武者を快く思っていない。

その為、勝頼は何度も癇癪を起す。

 

勝頼は堪えきれず、無断で「高天神城」に攻め入る。

高天神城は、生前の信玄でも攻め取れなかった城。

要するに城を落とし、実力で後継者となろうと画策する。

 

独断専行で攻め入った勝頼を支援する為、影武者の武田軍本隊が加わった。

影武者は本物の信玄と違わぬ采配を振るい、ついに高天神城を落とした。

 

無事3年が過ぎようかと思われた或る日、影武者がふとした軽はずみな行動で素性がバレてしまう。

正体がバレてしまった影武者は、もはや用済み。

影武者は石もて追われるように、武田家から追放される。

 

影武者が去った後、重臣達はやむを得ず、勝頼を当主に奉った。

家督を相続した勝頼は、亡き信玄の遺言を無視。領土拡大に奔走する。

 

1575(天正3)年5月、徳川に奪われた「長篠城」を奪還する為、進軍。

しかし勝頼の無謀な采配で、武田軍は織田・徳川連合軍に大敗する。

有名な、「長篠の合戦」

 

元影武者は叢で合戦の行方を眺めた。

影武者は何を思ったか、戦死した武田兵の槍を拾い上げ、織田・徳川軍の陣に一人で突入する。

最後は鉄砲で撃たれ、重体。

 

川の中で意識を取り戻した元影武者は、無残にも川に沈んでいる「孫子の御旗」を見つけた。

其の後、元影武者は絶命する。

 

登場人物

 

◆影武者・武田信玄(仲代達矢)

盗人として捕らえられ処刑される寸前、武田信玄の弟信廉に助けられる。

信廉に信玄の影武者になるよう、説得される。

 

盗人は信玄が野田城で落命後、影武者の使命を果たす。

何度かバレそうになるが上手く乗り切り、戦場でも見事な采配をふるう。

しかしある時、馬から振り落とされ素性がバレ、追放され元の盗人に戻る。

 

◆武田信廉(山崎努)

盗人を影武者に仕立て、武田家の危機を乗り切ろうとする。

影武者を盛り立て、武田家繁栄を図る。

 

◆諏訪四郎勝頼(萩原健一)

諏訪頼重の娘と武田信玄との間に生まれた四男。

側室の子で正式な後継者でない為、諏訪で育てられる。

御守役は跡部大炊助。気性が荒く、身分の低い影武者に従う事を潔しとせず、何かと反発する。

 

実力で後継者の地位を獲得しようとして、独断専行で高遠城を攻める。

やむなく武田家本隊も参加。高遠城を落とす。この行為が反って、影武者の評価を上げる結果となる。

 

其の後、影武者の素性がバレ、武田家の後継者となる。

父信玄の偉業を超えようと躍起になり、長篠にて織田・武田連合軍に大敗。

武田家滅亡の原因をつくる。

 

◆山縣昌景(大滝秀治)

信廉同様、影武者を盛り立て武田家の繁栄に尽くす、筆頭重臣の役。

影武者がバレない為、奔走する。

しかし最後に影武者の存在がバレ、仕方なく勝頼を主君に立てる。

 

勝頼家督相続後、あまり重用されなくなり、長篠の合戦で戦死。

信玄以来の重臣馬場、高坂、原も同じ運命を辿る。

 

◆跡部勝資(清水紘治)

勝頼の守役。勝頼の家督相続に尽力する。勝頼が家督相続後、重用される。

その後長篠の大敗を招き、武田家滅亡の因をつくる。

 

◆土屋宗八郎(根津甚八)、雨宮善二郎(阿藤海)

武田家別宅の影武者の近習役。影武者が屋敷にいる際、影武者の教育をする役。

一番信玄の癖を知る者供と言える。側室などに影武者とバレぬよう、奔走する。

 

しかし最後に影武者が落馬、素性が知れる。

影武者を放逐するが、影武者を不憫に思い、僅かながらの路銀を手渡す。

 

見所

 

歴史の通例では、信玄は上洛の途で「胃癌」が原因でなくなったと伝えらえている。

だが劇中では、野田城包囲中、徳川方の足軽の鉄砲で死んだ設定。

 

戦国の世の習いとは言え、別働隊で進んだ本物の信玄が死んだ故、口封じの為、従者が殺害される。

何かやるせない。

 

影武者は、あまり乗馬が得意でない。

甲斐撤退時、各隊に勢いよく疾走するシーンを見せるが、見えない処で落馬。

これは後に、影武者の正体がバレる伏線。

 

盗人が甲斐に戻り、泥棒を働こうとして信玄の死体を見つけるシーンが何気に滑稽。

それまでの仕草が何か笑える。

 

子供は正直と言うか。影武者の存在を一番早く見破ったのは、皮肉にも信玄の孫。

子供は権威、偏見など持たないからかもしれない。

 

近習・小姓と対面後、下品な仕草をして嗜まれる。

しかし其の後、影武者が信玄の仕草をまねた処、あまりにも似ていた為、近習・小姓の態度が一変するのが面白い。

 

信玄の遺言で「我が喪を3年伏せよと」との命に背き、勝頼が勝手に高天神城攻める。

此れは亡き父信玄の影を乗り越えようと躍起になる勝頼の姿を描かれている。

 

勝頼はその後も徒に出兵を繰り返し、やがて長篠の戦で大敗。

国力を消耗させ、7年後の武田家滅亡の遠因を作る。

 

勝頼と重臣間に、数々の確執が生じている。

これも長篠の大敗した原因であり、又武田家滅亡の原因の一つ。

長篠にて、旧重臣たちがこぞって戦死する。

武田軍は信長の足軽鉄砲隊の(三連撃ちの)格好の餌食となる。

 

子供と同様、権威に諂わない、偏見を持たない馬が原因で影武者の存在がバレてしまう。

影武者は信玄しか乗り熟せない馬「黒雲」を乗ろうとして、影武者は落馬。

背中に川中島で上杉謙信から受けた刀傷がないのが判明。

影武者が信玄でないのがバレてしまう。

 

影武者が雨の中、屋敷を立ち去るろうとする時、向こう側から新当主の勝頼がやって来る。

暗に当主の交代の陰と陽が描かれているのが、興味深い。

 

影武者が下級武士等に悪態をつかれ、屋敷から放り出されるシーンが印象的。

世の中の人間の矛盾を、端的に表している。

今で自分に跪いていた人間が、コロっと豹変する姿が見事。

更に、石もて終われる象徴的とも云える。

 

誰もが一度や二度、見た経験があるかと思われる。

今迄権力者として崇めていた人間が、その場から滑り落ち、その堕ちた偶像とかした人間を、こき下ろす人達を。

 

何気に徳川、織田の間者たちが重要な役を果たしている。

間者同士の会話も、なかなか面白い。登場するキャラクターも、アクが強くて興味をそそる。

 

長篠攻めに向かう場面で勝頼と旧重臣達と湖畔で会話をしている際、勝頼の馬が妙に落ち着きがない。

気性が荒いか、臆病かのどちらか。しかし此の場面、流石に撮り直しが利かなかったのだろうか。

当時の信長の居城は「岐阜城」だが、劇中の城は「姫路城」。

 

最後の長篠の合戦シーンは、なかなかの見応えがある。

無謀に突撃を繰り返す武田軍が、見事に描かれている。

 

その突撃を繰り返す武田軍が、織田・徳川鉄砲隊の格好の餌食となっているのが、此の戦を象徴している。

 

合戦後、武田軍の屍の山が築かれる。

馬が倒れて、哀しくいななく場面が、武田軍が大敗の姿を見事に描いている。

 

瀕死の元影武者が川に辿りついた際、川底に無残に捨てられた孫子の御旗があった。

旗に近寄ろうした瞬間、男は息絶える。

男は無残な死体となり、川に流されていった。

 

追記

 

当初は「勝新太郎」が主役だった。処が撮影開始直後、黒澤明監督と勝新太郎が衝突。

勝新太郎が役を降板する。代役として「仲代達矢」が抜擢された。

 

「七人の侍」などの黒澤明監督に影響を受けた

「ジョージ・ルーカス」「フランシス・フォード・コッポラ」が製作に加わっている。

 

(文中敬称略)