無意識だが、心の中の投影 松本清張『内なる線影』

★松本清張短編小説シリーズ
・題名 『内なる線影』
・新潮社 新潮文庫
・昭和 昭和51年 5月 発行 【「巨人の磯」内】
・発表 小説新潮(1971年 9月号)
目次
登場人物
◆枝村
東京の付属大学病院精神科医局に勤める医師。夏の東京を離れ、福岡にやってきた。
福岡のホテルのロビーにてヒッピー風の青年、白水阿良夫と出会う。
枝村はふとした事で青年から、青年が描いた作品を譲りうけた。
その事が切っ掛けで、後に田舎の旅館で白水青年と知り合いの目加田夫妻と知り合い、事件に巻き込まれる。
◆白水阿
ヒッピー風の絵描き。枝村が福岡のホテルで滞在中、ロビーで出会う。
枝村はヒッピー青年に面識はなく、ただ白水がロビーで絵を描いているのを目撃しただけの関係だった。
◆目加田繁盛
63才のR会の巨匠画家。最近体調が優れず、ややノイローゼ気味。
心身ともにリフレッシュする為、東京を離れはるばる福岡までやってきた。
福岡の旅咲きで白水青年を通じ、枝村と知り合う。
◆目加田美那子
目加田画家の後妻。年齢は38才。目加田画家とは、25才離れている。
体調が優れない夫に東京から福岡の貸し別荘まで随行。
現地にて夫と供に精神科医の枝村と出会う。
あらすじ
東京の大学付属病院で精神科に勤める医師の枝村は、夏の東京を離れ、はるばる福岡にやってきた。
明確な目的はない。ただ喧騒とした東京を離れ、魚介類が豊富な田舎で、何か美味いモノを鱈腹食べるのが趣旨だった。
田舎の旅館に行くまでの途中、枝村は福岡のホテルに滞在。
滞在中ホテルのロビーで、一心不乱に絵を描くヒッピー風の青年、白水阿良夫に出会った。
白水青年は決して好奇な目で見つめていなかったという陳腐な理由で、描いた絵を枝村に手渡した。
その事が切っ掛けで、後の旅館で白水青年を通じ、目加田夫妻と知り合う。
その後、事件に巻き込まれる。
目加田夫妻の夫は、半年前から原因不明のノイローゼに悩まされていた。
今回の旅は病気の治療と気分転換を兼ねたもので、はるばる東京から福岡までやってきた。
旅先で夫婦は過ごすが、なかなか夫の体調は良くならない。
それに加え美那子夫人には、何かしらヒッピー青年の白水阿良夫の影が付きまとう。
3人の微妙な関係が続く中、ほぼ同時に目加田重盛と白水青年が亡くなった。
果たして事件の真相と行く末は。
要点
結論を先に述べれば、
結論を先に述べてしまえば、話の展開が全て読めてしまい、何ら面白さもなくなる。
しかし結論が分からず作品を読み込めば、話の節々に作者の心理学・科学の知識の深さ、慧眼に関心する。
ほぼ半年前から歳の離れた夫を神経衰弱の状態に陥らせ、挙句に自殺に見せかけ殺害。
殺害に協力させた若いヒッピー風の画家を、謎の死に見せかけ殺害する内容は、まさに稀代の悪女そのもの。
2人の殺害方法は、以前薬学部に在籍していた白水青年の知識と協力の下でなされた。
白水青年は、自分が手掛けた手法に因り、最後は自分も殺された。
殺害方法は、巧妙かつ大胆とも云える。
一つ疑問が湧くとすれば、白水青年の殺害時、犯人の美那子も何かしら影響は受けなかったのかと思われた。
風向きにが悪ければ、自分も被害を受けた可能性が高い。よく美那子が無事でいられたのか不思議。
今では屎尿は下水処理場で処理されるのが当たり前だが、当時はまだ海洋投棄されていた。
今日ではおそらく自然環境に何かしらの影響がある為、社会問題になるかもしれない。
まさにヒッピー、ゴーゴー等と供に、時代を感じさせる話と思われた。
追記
作中にもあるが、ヒッピー青年白水阿良夫が福岡のホテルのロビーで描いていた絵の題材は、目加田夫妻の美那夫人の心の中を投影したもの。
つまり変身願望。今の環境から抜け出し、又新たな世界に旅立ちたいと願う心の現れ。
白水青年は美那子の心中を的確に捉え、鳥に似た得体の知れないモノをスケッチブックに描いた。
作中では心理学の解説がされているが、心理学的に言えば
「鳥はまさしく現状に満足せず、今の環境から抜け出したい」と思う変身願望の憧れ。
他に喩えれば、蝶も同様。自分の身が、徐々に変化する生き物。
美那子は前回と同様、今回の結婚に飽き足らず新たなパートナーを求め、次のステージに旅立ちたいと願っていた。
しかし美那子には、大きな誤算があった。
一つ目は、現在の夫重盛をなき者にする為に協力をさせた白水青年が、美那子に好意を抱き、執拗につきまとった事。
二つ目は、夫をなき者にしようと計画した旅先で、偶々居合わせた精神科医の枝村と出会った事。
皮肉にも夫重盛を始末しようとした旅先で、今迄の殺害計画を暴露される事になるとは、美那子は夢にも思わなかったに違いない。
同様に、美那子にかいがいしく仕えていた白水青年は、まさか美那子に殺されるとは夢にも思わなかったであろう。
お互い様と云えば、それまでだろうか。
(文中敬称略)