未必の故意、それとも 松本清張『なぜ「星図」は開いていたか』

★松本清張短編小説シリーズ

 

・題名         『なぜ「星図」が開いていたか』

・双葉社         双葉文庫

・発行         1995年5月 発行 【「顔」内】

 

登場人物

◆藤井都久雄

都内の私立高校(東都中央学園)に勤める38才の教師。勤め先の学園の理事長が急死。その跡目を廻り、二つの勢力が対立。藤井は反対勢力の抗議の意味も含め、同僚の教師と供に、3日間のハンストを実行する。

 

◆藤井滝子

藤井都久雄の妻。3日間のハンストを行った後、帰宅した夫を書斎で発見。倉田医師に連絡するも、夫は急死する。滝子は倉田医師に、夫の死亡を確認して貰う。

 

◆倉田医師

東京都世田谷区で開業医を営む。7月の或る夜、近所の家から急患の連絡を受ける。連絡を受けた家は初めての患者で、近くに住む藤井都久雄と云った。倉田医師は往診後、急死と断定。死亡を確認する。

死亡を確認するも、藤井の妻滝子から死亡した都久雄が死亡する寸前まで、3日間のハンストを行っていた事を聞かされる。

妻滝子から話を聞かされ、満を持す為、倉田医師は自分以外の医師の判断と、警察の連絡する事を選択する。

 

◆矢島敏夫警部補

倉田医師から死亡した藤井都久雄の死亡状況の連絡を受ける。連絡後、一通りの検視を行うも、事件性なしと判断。藤井都久雄は、心臓麻痺による急死と断定する。

 

◆筒井

藤井が勤務する私立高校の同僚教師。死亡した藤井都久雄と供に敵対勢力に抗議する為、藤井と一緒にハンストに参加する。

 

◆山岡

筒井と同じく、藤井が勤務する私立高校の同僚教師。死亡した藤井都久雄と供に敵対勢力に抗議する為、藤井と一緒にハンストに参加する。

 

◆森

筒井・山岡と同じく、藤井が勤務する私立高校の同僚教師。死亡した藤井都久雄と供に敵対勢力に抗議する為、藤井と一緒にハンストに参加する。

 

作品概要

7月の下旬(旧暦では大暑と呼ばれる季節)、都内で開業医を営む倉田医師は或る夜、一本の電話を受けた。

電話の主は近所に住む女性で、自宅にて主人が倒れた為、至急往診に来て欲しいとの事。

倉田医師は電話の主に覚えがなかった。どうやら初めての患者と判断した。

 

倉田医師は電話の主の自宅に直行した。書斎に倒れている女性の主人らしき男を診察。男は既になくなっていた。男は心臓麻痺による急死と診断された。

死因は確かに心臓麻痺に違いないが、倉田医師は亡くなった男の妻から告げられた言葉により、死因の断定に対し慎重を期す事にした。

何故なら死亡した男は死ぬ直前まで、3日間のハンストを行っていた。

3日間のハンスト後、抗議活動を終え帰宅したばかりだった。

直前までハンストを行っていたと聞きいた倉田医師は、他の医師の判断を仰ぐと同時に、念のため警察に連絡する事にした。

 

倉田医師から連絡を受け現場に赴いた医師の診断は、倉田医師と同じく心臓麻痺による急死と診断した。

連絡を受けた警察も検視の末、事件性なしと判断。

遺体を解剖する事なく、妻の滝子に普段通りの遺体処理を許可した。

 

全て疑問が解決。問題なしと判断され、事件は一件落着したかにみえた。

急死した藤井都久雄は帰宅後、書斎で調べものをしている最中だった。

藤井は百科事典で調べものをしていたらしく、百科事典のページは何故か星図のページが開かれていた。

 

藤井都久雄の死から約1ヵ月経った頃、倉田医師は偶然に急死した藤井都久雄が勤務していた学園の生徒を診断した。

生徒の自宅に往診した際、生徒が学園から貰った学園便りを目にした。

学園便りには、先日急死した藤井井都久雄を悼む記事が書かれてあった。

 

記事を何気に読んだ倉田医師は、不思議な気持ちに駆られた。

藤井教師は同僚3人とハンストの最中、仲間の一人である山岡教師からある質問をされたとの事。

質問された藤井教師は、質問された内容を山岡教師に調べてみると答えていた事を、傍で聞いていた森教師が証言していた。

倉田医師には、ある種の疑問が湧いた。

急死した藤井教師は調べものをしていたが、開かれていた百科事典のページ山岡教師から質問された内容のページでなく、全く別の星図が描かれたページだった。

 

倉田医師は疑問を解くべく、学園便りに書かれていた筒井教師と山岡教師を訪ね、自らの疑惑を質問した。

二人の教師を訪ね質問した結果、亡くなった藤井教師は大の蛇きらいであり、藤井教師に質問した山岡教師の内容は、「続日本紀」の編者「菅野真道」の経歴であることが判明した。

 

倉田医師は、何か心に引っ掛かるものを感じた。

疑念を解く為、図書館で死の直前まで藤井教師が調べていた百科事典を捲ってみた。

倉田医師は疑問をそのまま、矢島警部補に話した。矢島警部補は倉田医師の話を聞いたが、あまり乗り気でない答えをした。

乗り気のない警部補だったが、倉田医師は自分が拘っていた疑問を吐き出した解放感で満足し、その事は全く忘れてしまった。

 

後日、矢島警部補から倉田医師に電話があり、お陰で犯人が逮捕できたとの連絡があった。

実は藤井教師の死は自然死ではなく、綿密に計画されたものだった。

藤井の自然死に見せかけ殺害したのは、妻の滝子と同僚の教師の山岡だった。二人は藤井に内緒で、深い関係になっていた。

その為藤井が邪魔になり、二人が事故死に見せかけ、殺害した模様。

 

二人の計画は以前から心臓があまり強くなかった藤井を学園騒動に託け無理やりハンストに誘い、藤井を弱らせた後、藤井にショックを与え殺害する事だった。

学園便りにも書かれていたが、藤井は大の蛇きらいだった。

藤井の蛇きらいを利用して、藤井にショックを与え、死に至らしめる算段だった。

 

その方法はハンスト中、何気に山岡が藤井に質問を投げかける。

真面目な藤井は自分が調べると山岡に述べ、ハンスト後に帰宅。

弱り切った体であるにも関わらず、百科事典で質問の内容を調べ始めた。

共犯である妻滝子は、百科事典に或る細工をした。

滝子は山岡から告げられていた内容を把握していなかったが、何とか目的は達成された。

 

繰り返すが、藤井は大の蛇きらいだった。

蛇きらいの藤井が弱り気った状態で蛇を連想させるものをみた時、どういう状態に陥るか。決して想像に難くない。

パニック起こすか、以前から心臓が弱かった為、心臓麻痺を起こす事は十分あり得る結果だった。

 

二人の思惑は見事に的中。物の見事に藤井都久雄は心臓麻痺で急死した。

診断した二人の医師・警察も、藤井の急死を自然死と判断。二人の計画は、完成する寸前だった。

妻滝子が夫都久雄を死に至らしめたものは、栞に見せかけた「蛇の抜け殻」だった。

 

どうして藤井都久雄は山岡から質問された「菅野真道」でなく、星図のページを開いていたのか。

それは山岡から指示された妻滝子が「菅野真道」の事を忘れてしまい、咄嗟に星図のページに蛇の抜け殻を入れてしまった為。

因みに「菅野真道」は「スガノノマミチ」と読むらしい。らしいと書いたのは、私も読めなかった為。

妻滝子もおそらく読み方が分からず、いい加減なページに蛇の抜け殻を入れたと思われる。

 

要点

暫し裁判にて争点となる、「未必の故意」。

未必の故意とは、必ずしも犯罪が発生するとは限らないが、発生しても良いと認めている場合の事。

「かもしれない」と「起こればよい」と思っている場合で若干異なるが、それでも両方起こってもよいと許認している処が難点と云える。

今回の場合、明らかに夫都久雄の同僚である山岡教師と妻滝子が不倫関係であり、双方が夫殺害の意図を持ち行為に及んでいる為、明らかに未必の故意以上の刑が科せられると思われる。

 

今回の作者の意図はあくまで急死した藤井都久雄が何故調べものをした際、山岡教師から質問された「菅野真道」のページではなく、星図のページが開かれていた点を重要視している為、裁判の争点、量刑はあまり問題ではないと思われる。

今回作が述べたい点は、夫を殺害に至らしめた動機・手法であると推測する。

 

後は倉田医師の何気ない疑問がファインプレーとなり、事故死として処理されていた事件が、動機を帯びた殺人事件と判明。全貌が明らかにされた事であろうか。

作品概要でも述べたが、急死した藤井都久雄が大の蛇嫌いであり、殺害意図を持ち都久雄に質問を持ち掛けた山岡教師の質問内容が、続日本紀の編者である「菅野真道」だった事。

 

普通の人間であれば、「菅野真道」が「スガノノマミチ」と読めると分かる人は、なかなかいないと思う。

作者の松本清張も、ちょっとした悪戯心があったのであろうか。

最後の一文は、落語などでいう「オチ」の要素かもしれない。

そう思わせるような作品の終わらせ方だった。

 

(文中敬称略)