ベトナム後遺症に悩まされる青年の姿を描いた『タクシー・ドライバー』
★懐かしい洋画シリーズ、ロバート・デニーロ主演
・題名 『タクシー・ドライバー』
・公開 1976年米国
・配給 コロムビア映画
・監督 マーティン・スコセッシ
・製作 マイケル・フィリップス、ジュリア・フィリップス
・脚本 ポール・シュレイダー
目次
出演者
◆トラビス・ビックル : ロバート・デ・ニーロ
ベトナム帰還兵。不眠症に悩まされる
◆アイリス : ジョディ・フォスター
家出した、13歳の少女。売春婦として働く
◆マッシュー : ハーベイ・カイテル
アイリスを食い物にする、ポン引き
◆ベッツィー : シビル・シェパード
次期大統領候補の事務所に勤める女性
◆ウィザード : ピーター・ボイル
トラビスのタクシー仲間のリーダー格
◆パランタイン上院議員 : レナード・ハリス
次期大統領候補、上院議員
あらすじ
主人公トラビス・ビックル(以下トラビス)は、ベトナム帰還兵。
ベトナムシンドローム(不眠症)に悩まされていた。
なかなか定職に就けず、ようやく夜のタクシー運転手の仕事にありついた。
夜のタクシーのガラス越しに見えたニューヨークの街は麻薬・酒・売春などが溢れ、退廃していた。
トラビスは夜ごとタクシーを走らせ、夜の街に屯する人間を嫌悪した。
トラビスの心は、益々荒んでいった。
趣味と言えば、あてもなく夜の街を彷徨うか、映画を見る程度。
タクシー仲間からは一定の距離を置き、毎日孤独な生活を続けていた。
或る日、たまたま次期大統領選挙に立候補する、上院議員の選挙事務所近くを通りかかる。
その時トラビスは、選挙事務所に勤めるベッツィーを見かけた。
トラビスは何とかベッツィー近づきたいと思案。
選挙事務所にボランティア志願者として入りこみ、何とかデートにこぎつけた。
しかし結果は見事に失敗。
なんとか修復しようと試みるが、彼女は拒否。
徐々にトラビスの心は屈折していく。
或る日、少女(設定は13歳)が自分のタクシーに逃げ込んできた。
しかし少女はすぐさま、ヒモらしき男に連れ出された。
トラビスの心に何かが蠢いた。
トラビスは闇ルートから拳銃を買い、己の肉体を鍛え、戦う為の武装を始めた。
戦いの矛先は、自分を振った女が支援する次期大統領候補に向けられた。
トラビスは変装して次期大統領候補の演説をする広場に行き、暗殺を実行する。
現場に到着したトラビスだが、暗殺直前にシークレットサービスに見つかり、逃亡する。
暗殺に失敗したトラビスの怒りの矛先は、以前自分のタクシーに乗り込んできた少女を食い物にする、街のチンピラに向かった。
さてチンピラを退治する為、敵のアジトに向かったトラビスの結末は。
見所
第二次大戦後、アメリカは繁栄を謳歌。ベトナム戦争まで不敗神話を続けていた。
しかしベトナム戦争においてアメリカは、一転して敗戦。不敗神話は崩れた。
開始直後のアメリカは、国民の世論が戦争を後押し。諸手をふっての歓迎だった。
だが戦争は長引き、泥沼化。
やがて敗戦が濃厚となった時、アメリカ社会は手の平を返したように政府を非難した。
あれだけ出征時、手を振り出征兵を歓喜の渦で送り出したアメリカ市民は、帰還兵に冷たい目線を浴びせ、軽蔑・嘲笑した。
そんな社会情勢の下、トラビスはベトナムから帰還した一人の青年。
トラビスは帰還後、ベトナム・シンドローム(不眠症)に悩まされ、屈折した日々を過ごす。
屈折した青年はやがて怒りの矛先を、社会の腐敗とあらぬ方向へと向かわせた。
トラビスは終に、攻撃性を爆発させた。
米国映画「ディア・ハンター」も、同じ時代背景。
出征前に何処にでもいる陽気な青年達が、戦争を境にその後の人生を大きく変えてしまう話。
1970年代、ベトナム戦争の敗戦で人心は、荒み社会は荒廃。
アメリカ国民は自信を失っていた。
そんな時代背景を踏まえ、映画をみれば分かり易い。
アクション映画、シルベスター・スタローン主演「ランボー」も、同じベトナム帰還兵の話。
「ランボー」は鬱積した帰還兵の心に、風穴を開ける作品だった。
劇中にて、1970年代のニューヨークの景色が伺えるのが貴重。
ほぼ同時期、ジーン・ハックマン主演映画「フレンチ・コネクション」も似たような街並みが登場する。
この時代のアメリカ社会の荒んだ社会の世相、状況がよく分かる映像。
主人公は夜のタクシー運転手をしているが、社会的に孤立した状態。
職場の仲間と深く付き合う訳でなく、乗客と話す事もない。
乗客も又、運転手と話す事など望んでいない。
今の日本で言われている、「ニート・引きこもり」の状態。何か現代社会を象徴しているかの様な時代背景
まるで現在の日本社会の如く閉塞的・退廃的な雰囲気が漂う。
昨今、似たような状況下の人が、社会を揺るがす事件を起こす。
何か鬱積した感情が、ある時に爆発。社会に対し攻撃的になるのは、何時の時代も同じ。
トラビスのタクシーに乗り込んできた、若かりし頃のジョディ・フォスター(アイリス)が見れるのが貴重。
そのヒモ役のハーベイ・カイテルも同じ。
監督本人が、タクシーの乗客に扮し出演している。
自分の妻が浮気しているのではないかと疑っている乗客が監督。
トラビスがタクシー仲間のボス的存在ウィザード(ピーター・ボイル)に悩みを相談した時、ウィザードのセリフが印象的。
「俺たちには選択肢はない、所詮クズの様なもの、そんな俺たちに何ができる。どうにもならないよ」
※劇中『タクシー・ドライバー』より引用
人生を達観していると言うよりは、諦めの心境と言えば良いかもしれない。
若かりし頃、誰もが夢をみる。
しかし歳をとるにつれ、いつの間に日々の忙しさに紛れ、夢を忘れてしまう。
やがて多くの人間は夢など忘れ、歳を重ねる。
ふと或る日、自分自身の人生を振り返った時、歩んできた人生の虚しさを感じる。
鬱積した感情が外に向けて爆発する姿は、古今東西を問わず同じかもしれない。
トラビスが筋トレ、射撃訓練に励むシーンなども同じ心境であろうか。
トラビスが買い物をしている最中、雑貨店に強盗が押し入り、トラビスが犯人を射殺する。
射殺後、トラビスと店の主人がやけに冷静なのが印象的。手慣れているとでも言おうか。
次期大統領候補のパランタイン上院議員の暗殺に向かう際、何故あれだけ目立つ姿に変装をしたのか疑問。
あれでは反って怪しまれると思うが。
議員暗殺に失敗した面当てであろうか。
街のチンピラにトラビスの怒りの矛先が向かったのは。
トラビスが売春宿に乗り込み、撃ち合うシーンは壮絶。
トラビスが首を撃ち抜かれても生きているのが不思議。
売春客が銃を持っているのも、何か当時の社会を反映している。
最後にトラビスも自殺を遂げようとするが、偶然にも弾切れでトラビスは生き残る。
トラビスは奇跡的に蘇生。少女を救った英雄としてマスコミに祭り上げた。
トラビスは、直前まで大統領候補を暗殺しようとした人間。何か皮肉めいている。
しかし何かふっきれたのであろうか。
事件がきっかけでトラビスは社会復帰後、仲間と打ち解け急に明るくなる。
事件後、アイリスが無事両親の許に帰った事が、唯一の救いかもしれない。
仕事に復帰したトラビスのタクシーに、嘗て自分を振ったベッツィー(シビル・シェパード)が乗り込んできた。
ルームミラー越しに見える彼女は、以前とは全く対象的な態度。
だが両者の立場が逆転したかの如く、トラビスは彼女に目もくれない。
彼女を目的地に降ろした際、彼女がトラビスに何か話かけようとする。
しかしトラビスは、全く彼女に興味を示さない。
遂に彼女は、トラビスとの会話を諦める。
彼女を置き去りにし、再びタクシーは夜の街へと走りだす。
それはトラビスが忌まわしい過去を振り切る為、トラビス自身の再出発を描いた行動なのかもしれない。
少なくとも私には、そう思えた。
追記
主人公のロバート・デニーロが若い。
痩せて疲れた表情は、帰還した人間が、ベトナム後遺症に悩まされている様子をよく表している。
尚、ロバート・デニーロは役つくりの為、果敢なダイエットを決行した。
タクシードライバーが鬱積した気持ちで日々を過ごし、或るとき怒りを爆発する映画は、後の『陰謀のセオリー』も使われたパターン。
メル・ギブソン、ジュリア・ロバーツ主演の『陰謀のセオリー』は、この映画をヒントにしたのであろうか。
邦画『野獣死すべし』の主演松田優作は、おそらく役作りの為、過酷なダイエットを敢行。
松田優作はおそらく、此の映画の主人公「ロバート・デ・ニーロ」を参考にしたのではないかと思われる。
松田優作も映画に出演する際、ストイックなほど役にのめり込んだ役者の一人。
(文中敬称略)