アメリカのもう一つの顔 シドニー・ポワチェ主演『夜の大捜査線』
★懐かしい名作洋画シリーズ
・題名 『夜の大捜査線』
・監督 ノーマン・ジュイソン
・脚本 スターリング・シリファント
・原作 ジョン・ボール
・製作 ウォルター・ミリッシュ
・音楽 クインシー・ジョーンズ
・配給 ユナイテッド・アーティスツ
・公開 米国 1967年
・編集 ハル・アシュビー
目次
登場人物
◆バージル・ティッブス:シドニー・ポワティエ
母が病気の為、自宅に帰る途中のペンシルベニア州フィラデルフィアの腕利き刑事。
駅で列車の乗り換えで待合室にいた際、殺人容疑者として地元警察に連行される。
署長の尋問後、嫌疑は晴れた。
バージルは不当な扱いを受け足早に町を立ち去ろうとするが、地元署長に捜査協力を受け、渋々捜査に協力する。
◆ビル・ギレスピー:ロッド・スタイガー
アメリカ南部の片田舎で警察署長を務める。南部特有の極端な人種差別の偏見をもつ人物。
部下の警官が殺人事件後、乗り換えの為たまたま駅にいたバージルを逮捕する。
署長が尋問の末、無罪と判明。
バージルが腕利き刑事と分かり、屈辱を感じながら事件解決の為、黒人のバージルに事件捜査の協力を求める。
◆サム・ウッド:ウォーレン・オーツ
殺人事件の地元警官。殺人死体の第一発見者。品行はあまり宜しくない。
署長と同じく、人種差別の考えを持つ。途中に容疑者と疑われ、留置される。
◆レズリー・コルバート:リー・グラント
殺害された被害者の妻。夫は企業の工場を町に設立する為、イリノイ州シカゴからやってきた。
しかし地元の有力者、エンディコットと対立していた。
夫が何者かに殺害され、地元の警官が信用できず、北部(フィラデルフィア)から来たバージルを捜査に加えるよう市長に直訴する。
◆エンディコット:ラリー・ゲイツ
殺人事件が起こった町の有力者。
公では、大らかな態度をとっているが、実は極端な黒人差別主義者。
自分の農園でも多くの黒人を使用しているが、黒人の権利を認めようとしない。
刑事であるバージルに侮辱されたと怒り、バージルを殴りつける。
◆ロイド・パーディ:ジェームズ・パターソン
サム(警官)が妹を妊娠させたと、署に怒鳴り込んだ白人女性の兄。
他の人間と同じく、激しい人種差別主義者。
◆市長:ウィリアム・シャラート
殺人事件が起きた町の市長。本音は部外者の黒人刑事に、町をウロチョロされたくない。
殺人の被害者が北部の企業の実力者で企業誘致をする為、否応なしにバージルを捜査に加えるよう、署長に命令する。
しかしバージルとエンディコットの諍い後、トラブルを避ける為、バージルを町から追い出すよう、署長に勧告する。
◆ジョージ・コートニー:ピーター・ウィットニー
署内の事務員。署長の前では平身低頭だが、サムと供に内心は署長を馬鹿にしている。
◆デロリス・パーディ:クェンティ・ディーン
殺人容疑者ハーベイの女友達。サムがパトロール中、女性の家を暫し覗きにいく。
妊娠してその相手がサムと主張し、兄と供に署長室に怒鳴り込む。
堕胎をする為、闇商売の黒人女性の許を訪れる。
◆ママ・カレバ(ベラミー):ビア・リチャーズ
白人の闇堕胎を、格安で引き受ける黒人女性。
生きる為に仕方ないと思い、白人を嫌い乍も、格安の報酬で仕事を引き受ける。
◆ハーベイ・オバースト:スコット・ウィルソン
殺人容疑で逮捕されるも真犯人でなく、殺害された人物の財布を盗んだだけの男。
しかも財布の中味は、空っぽだった。
初めは差別主義者でバージルを毛嫌いしていたが、後にバージルを信頼。バージルの捜査に協力する。
◆ラルフ:アンソニー・ジェームズ
町郊外の軽食者の店主。彼も他の人間違わず、極端な人種差別主義者。
店に来る警官サムを、半ば小馬鹿にした態度をとる。
署長がバージルにサービスを提供するように要求した際、人種差別者故、頑なに拒否する。
あらすじ
アフリカ系米国人の差別が激しい米国南部の小さな町で、イリノイ州シカゴから来た白人男性が殺害された。
偶々列車の乗り換えの為、駅の待合室にいたバージル・ティッブス(シドニー・ポワティエ)は、巡回中の警官サム・ウッド(ウォーレン・オーツ)に差別に満ちた屈辱的な尋問を受け、殺人容疑で逮捕された。
問答無用で反論する間もなく署に連行されたバージルは、極端な人種差別である署長の尋問を受ける。
尋問の末、嫌疑は晴れた。
尋問の際、バージルはペンシルベニア州(都会の)の腕利きの刑事と判明した。
署長は南部の片田舎で起きた殺人事件に対し、どう処置して良いか分からなかった。
署長は不本意であったが、バージルにしぶしぶ捜査の協力を求めた。
バージルは屈辱的な扱いを受けた為、初めは断固拒否する。
署長は列車の乗り換えの時間にはまだ十分な余裕があると、バージルを無理やり説得する。
バージルを死体の検視場所に案内する。
検死場所に着いたが、署長以下、検死医・助手も死体をどう扱って良いのか分からない。
バージルは見るに見兼ね、死体の検死を始める。
成り行き上、いやいや捜査に加わったバージル。
数々の場所で差別を受け乍ら、捜査に着手する。
その中、ギクシャクしていた署長も次第にバージルの実力を認め始め、バージルの捜査に協力する。
捜査が進むに連れ、次第に二人の間には奇妙な友情が生まれ始める。
事件解決後、署長が駅でバージルを見送る際、二人の間には人種を越えた厚い友情が芽生えていた。
二人は互いに満身の笑みを浮かべながら別れ、映画は終了する。
要点
米国南部ミシシッピー州の小さな町で起きた殺人事件。
米国南部と云えば表向きは誰も口にしないが、当時はかなり人種人種差別が激しい地域だった。
そんな田舎の町で、北部の都会から来た白人が殺害された。
たまたま夜中、駅で乗り換えの為、列車待ちをしていた北部(ペンシルベニア州フィラデルフィア)から来たバージル・ティッブスが、白人警官(サム)に連行された。
問答無用の尋問・連行は、当時公民権運動で揺れていたアメリカ社会を如実に物語っている。
バージル(黒人であるが故)は、かなり屈辱的な逮捕・連行をされた。
署長が尋問中、バージルは自分の給料に言及する。
バージルが週給を答えると、署長はこの地域では自分の月給並と発言する。
バージルを連行してきたサムも、思わずバージルの答えを聞き驚きの表情を見せる。
此れは如何に北部と南部にて、物価の違いが分かるシーンと云える。
バージルがペンシルベニア州のフィラデルフィアから来たと答えた際、署長はミシシッピー州のフィラデルフィアかと問い返している。
如何に署長の考えが狭いかを物語るシーン。
署長の屈辱的な尋問の結果、バージルは腕利きの刑事と判明。
北部では黒人刑事は存在するが、南部では考えられない事
。刑事どころか、警官ですら当時は存在していなかったと思われる。
バージルが署長の依頼で渋々検死の場に立ち会い、死体を検視する。
死体の検視に慣れていない田舎の人達は、死体をどう扱ってよいか分からない。
バージルは皆の右往左往するのを見かね、仕方なく死体を検死をする。
バージルが背広の上着を脱いだ際、医師の助手(白人男性)がはっきりバージルの上着の受取りを拒否する仕草が見られる。
検死の為、バージルが手を洗おうとした際、偏見と差別故、バージルの問いに答えていないのが分かる。
バージルが検死に必要なものを要求した際、町の検死医がそんなに必要なのかと驚いた表情している。
如何に此の町が田舎で、大きな事件を手掛けた事がないのを語っている。
殺人現場での検視の写真も、町の素人カメラマンに撮らせている。
バージルが検死後、署に戻って来た時、殺人容疑者が連行された。
男は被害者の財布を持っていた為、逮捕された。
バージルは連行された男が、シロ(無罪)と断定する。
理由はバージルの検視の結果、殺人犯は右利きである事が判明。
連行された男は、バージルの調べで左利きとだった。
署長以下、警官達の取調べが如何に杜撰なのかが分かる。
如何に決めつけ、いい加減な証拠集めと捜査だと云う事が、劇中から分かる。
検死結果と容疑者として逮捕された男の証言と状況が、あまりにも違い過ぎている。
バージルは署長等が誤認逮捕の恐れがある為、検死結果をFBIに送ろうとした。
しかし署長は拒否。
バージルは捜査妨害として、犯人と一緒に署内の留置所に入れられた。
よく考えれば、署長も振り上げた拳を降ろす為、取った行為とも言える。
結果的にバージルと容疑者(ハーベイ)は二人きりになり、バージルは取調べができた。
取調べ後、容疑者とバージルの間に不思議な信頼関係が生まれる。
当時、この様な誤認逮捕が横行していたと思われる。
しかし此れが功をなし、最後にバージルの活躍で男の無罪が証明され、事件は解決する。
バージルは事件を解決する為、町を駆けずり回るが、いろいな処で黒人故の差別・妨害を受ける。
黒人刑事所以、泊めてくれるホテルもない。協力者もいない。
殺害された白人の妻(バージルに捜査に加える事を市長に直訴した)レズリー・コルバートも、興奮していたレズリーを落ち着かせる為、イスに座るのを勧めたバージルの手を、一瞬拒否している。
因みに被害者の妻も市長との会話中、バージルの事をはっきり「ニグロ」オフィサー(黒人刑事:ニグロは黒人の蔑称)と劇中で呼んでいた。
バージルと署長、部下のサムが町外れの軽食屋に立ち寄った際、軽食屋の店主がバージルにサービスの提供を露骨に拒否するシーンがある。
これが今回の映画の象徴的なシーン。
店主の屈辱的な態度に我慢して、店の外に出ていくバージルも又、印象的。
幼い白人女性が妊娠した際、妊娠させた相手が警官サムだと主張して署長にどなり込んできた兄妹の会話を、黒人に聞かせ辱めたと主張する兄も、異常とも思えた。
極めつけは、バージルがエリック・エンディコット(ラリー・ゲイツ)を、ユリの温室で殴り返した時の報復だった。
バージルは危うく、他の白人達から殺されかける。
もし署長が間に入らなければ、バージルは殺されていた。
町長は初めはレズリー(被害者の妻)の依頼でバージルを捜査に参加させたが、エンディコットの一件を聞きつけ、バージルを捜査に参加させたのは自分の判断ミスだったとぼやく。
挙句に何もしなかった(バージルがエンディコットを殴った時)現署長に対し、
「もし以前の署長であれば、その場で射殺していた」
と述べる。
それは暗に、何故バージルを射殺しなかったのかと、市長は署長を叱責している。
つまりその場で射殺しても適当な理由をつけ、曖昧な処置で済ます心算であった事を示唆している。
それだけ南部では、「黒人の命は軽い」という意味。
署長は黒人を毛嫌いし乍も、バージルの実力は認めている事が分かる。
前述した地域のボスである白人主義者のエリック・エンディコット宅を訪ねる際、綿花農園が映し出されるが、農園で働いている黒人とバージルを比較しているセリフが劇中に存在する。
その際、署長は差別的に
「彼らと君(バージル)は違う」と発言している。
同様に南部の凝り固まった人種差別で知能が低い白人達と、頭脳明晰なバージルを比較した発言もしている。
再び誤認逮捕にて、警官サムが殺人事件として留置されるが、留置後のサムの姿が憐れ。
バージルが捜査に協力を求める為、最初の容疑者を訪ねた際、二人の後ろに映るサムの惨めな姿が印象的。
サムがバージルに声を掛けても、バージルは全く応じる気配はなかつた。
二人の立場が逆転した瞬間とも言える。
バージルが白人の闇堕胎をしている黒人女性を訪ねた際、バージルと黒人女性との会話が、米国社会のアフリカ系米国人の矛盾した立場を如実に示している。
端的に示せば、「白人社会の澱のようなものを、アフリカ系米国人(黒人)が担っている」と言う意味。
上記の似たようなセリフは、以前紹介した『ダーテイ・ハリー3』のムスタファ役を演じた「アルバート・ポップウェル」も呟いている。
因みにそのセリフは
「待つのさ、白人が起こした出来事で、面倒な事が我々の社会に降りて来る迄」
だったと記憶している。
バージルと署長が徐々に打ち解け、署長の自宅で互いに酒を酌み交わす場面がある。
その時署長はふと、自分の悩みをバージルに打ち明ける。
しかしバージルが署長の話を聞き、署長に対し同情を示した際、心の隅でまだ偏見・差別が残っていたのであろうか。
署長は露骨に、バージルの同情を拒否する。
此れはやはり、
其の後、最初に容疑者として逮捕された犯人の友人が署長宅を訪れ、バージルと供に出かける。
その際バージルに
「これは黒人同士の問題」
と云われ、バージルに同行を拒否される。
その時の署長の何か淋しそうな表情が印象的だった。
二人の会話中に署長は、
「所詮家族もいない。署内には味方もいない」
とバージルに、「自分は孤独な身の上だ」と呟いていた。
最後に自分が仲間外れになった心境だろうか。
劇中にて署内の警官は、表向き署長の前ではペコペコしているが、陰では平気で署長をこき下ろしているのが分かる。
最後に事件が解決。バージル・ティッブス(シドニー・ポワティエ)は、晴れて署長と和解。
互いに人種を越えた奇妙な友情が芽生え、二人は供に満身の笑みを浮かべる。
その二人の笑顔がとても素晴らしい。
駅までバージルを署長が車で送った際、後部席からバージルのトランクを署長が取り出すシーンが、それを象徴している。
尚、バージルが列車に乗り込み目的地に向かう場面が望遠カメラで映し出されるが、バージルの後ろに映る女性が途中で撮影に気付いたのか、顔を逸らすシーンが見られる。
当時の社会情勢を鑑みるに、おそらくエキストラではなく、全くの素人ではないかと思われる。
何故なら、途中でカメラの存在に気付いたのか、急に顔を顰め、背ける様な仕草をする。
それでなければ映画撮影とは知らず、前の座席にいる黒人のシドニー・ポワティエに気付き、嫌悪感を露わにして目を背けたのかもしれない。
咄嗟に、人間の心理・生理な嫌悪感が伺えるシーンだった。
追記
オープニング・エンディングで採用されている曲『In the Heat of the Night』を歌う人物は、云わずと知れた『レイ・チャールズ』である事は、あまりにも有名。
当時キング牧師を筆頭とした「公民権運動」が盛んな時期であり、主演の「シドニー・ポワチェ」は出演に難色を示していた。
米国南部は、1860年の米国内戦と云われた「南北戦争」でも有名。
嘗て黒人奴隷・差別が盛んな地域だった。自ずと作品の趣旨が伺われる。
シドニー・ポワチェは、同じ人種差別を扱った1958年作:『手錠のままの脱出』にも出演しており、名演技を披露している。
シドニー・ポワチェは、ハリウッドにて、アフリカ系米国人の地位を確立させた先駆者と言える。
同じアフリカ系米国人で、アカデミー主演男優賞 受賞した「デンゼル・ワシントン」も、シドニー・ポワチェを尊敬していた。
警官役の「サム・ウッド」は、『続・荒野の七人』のコルビー役でも有名。
シドニー・ポワティエが演じるバージル・ティッブスが蘭の温室で「エリック・エンディコット」を尋問するシーンがあるが、温室は本当に高価なユリばかりだった。
劇中最後の方で、バージルと闇堕胎をする女性との会話中、ライトに集まる大きな峨が飛んでいるのが分かる。
カメラが回っている為、二人は全く気にする事なく、演技を続けているのが見事。
まさにプロ意識が感じられた。
舞台となった南部の町は「SPARTA:スパルタ」となっているが、どうやら架空の町。
監督の「ノーマン・ジュイソン」は、今回の路線とは全く異なる、4年後の1971年ミュージカル映画『屋根の上のバイオリン弾き』でも監督を務めている。
作品は第40回アカデミー賞作品賞、主演男優賞(ロッド・スタイガー)、脚色賞、音響賞、編集賞の5部門を受賞している。
因みにその年は、ダスティン・ホフマン主演『卒業』。フェイ・ダナウエイ主演『俺たちに明日はない』を押さえての受賞だった。
まさに快挙と云える。
(文中敬称略)