夏休み中、危険な自転車の運転

間もなく小中高生の所謂「夏休み」が終わろうとしています。

今回はその期間中、気づいたことを話たいと思います。

 

今年4月に改正された自転車に関する法律の意味は?

いきなり今回の結論だが、

「夏休み中、多くの学生が移動手段として自転車を利用していたが、あまりも道路交通法を無視した運転が目立った」

ということ。

 

今年4月、自転車に関する道路交通法が改正された。

その趣旨は、あくまでも自転車は道路交通法の定義は「軽車両」と見做され、違反者は法の適用がなされるというもの。

簡潔に述べれば、自転車も違反すれば警察に摘発され罰金、或いは指導を受けるというもの。

違反者には、16才以上は青切符を切られ罰金刑。16才以下は警察から指導を受ける。

因って、今後自転車は手軽な移動手段ではなく、れっきとした道路交通法の摘発対象となった。

 

嘗て自転車に対する私の感覚は、幼少の頃は手軽に移動できる道具であり、又遊び道具だった。

免許制でもなく、各自宅に一台あれば、家族全員が利用できる移動手段だった。

その為、いつかは忘れたが私も知らず知らずに自転車の乗り方を覚えたものだった。

 

しかし大人になり自動車免許を取得後、いつの間にか乗らなくなった。

自転車はやはり、主に学生時代の移動手段だったと思う。

大学時代は東京にいたが、下宿先では自転車を置くスペースがなく移動手段は主に公共交通機関や徒歩に限られていた為、自転車の利用は高校までだった。

その為長い間、自転車を利用することはなかった。

 

更に社会人となり、殆ど自転車の運転をする機会がなかった。

処が今年の夏、それをハッキリと意識する機会が暫し訪れた。

それは前述したが、多くの学生が夏休みにはいった為。

 

あまりにも目立つ、自転車の交通違反

今年の夏、私が自転車を利用する人を見て感じたことを明記する。

それは、数々の交通違反。具体的には

夜間の無点灯、逆走、歩道走行、二重走行、スマホ、信号無視、二人乗り等。

思いつくまま記したが、ざっとこんな処だろうか。

 

一つ目は、無点灯。

これは、説明しなくとも分かると思う。

夕方から夜以降、日が暮れてからの自転車のライトが点いていないこと。

 

二つ目は、逆走。

これは自転車が軽車両と言う意識がない為、ついやってしまう行為。

自転車に乗る人は、つい歩行者のような感覚で、右側通行をしがち。

諄いようだが、自転車は本来軽車両扱い。因って、バイクや自動車と同じ左側通行が正しい。

自転車の歩道走行も同じ。

 

三つ目は、二重走行。

これは主に知人と話しながら自転車を運転する行為。

たまに集団で移動する自転車もあり、中には三重走行をする輩もいる。

同時期の自動車に対する道路交通法の改正では、自転車を追い抜く際、充分な安全距離と速度を保つよう定められた。

因って自動車が自転車を抜く際、狭い道路や混雑している時は基本的に自転車を追い抜くことはできない。

状況により自転車の後ろで渋滞が発生することがある。

 

四つ目は、スマホ。

これも説明しなくても分かると思う。これは決して自転車に限らず、全ての交通機関が対象となる。

しかし自転車に乗っている人達は、案外これをしがち。更に降雨の際など、傘を差しながらスマホをいじる人もいる。

自転車を乗っていた経験から言えば、降雨時、誤って濡れた鉄板などに乗りあげた際、転倒する場合がある。

これは誰もが一度や二度、経験したことがあるだろう。もし転倒の際、その横に自動車が通過することを考えた時、双方がヒャとするだろう。

 

五つ目は、信号無視。

これは自転車にありがち。自転車だからこそ、無視しても構わないという意識があるのだろう。

狭い道や交差点など、信号を守っている自転車は少ない。警察は是非、此れを取り締まった欲しい。

何故なら自転車で右折左折の際、此方が交通ルールを守っても、交差点から自転車が信号無視で平気で飛び出してくることがある。

これは本当に危険。バイクもそうだが、バイクはエンジンを切って人が押している場合は、歩行者扱い。

自転車も降りて押していれば、歩行者扱いとなる。それ以外は軽車両で、信号を守らなければならない。

 

おまけだが、譬え自転車に乗っていても飲酒をしていれば、立派な交通違反。

自転車の飲酒で摘発された際、赤切符を切られ、運転免許がある場合は免停。

免停の為、当然前科一犯となる。あとは、二人乗りだろうか。

 

大体私が車を運転していて、目撃した自転車による交通違反。

更に目撃して気づいたことは、上記に示した違反は決して一つではなく、大概複数、つまり2つ3つの違反が同時進行で行われていた。

スマホを見ながら、無点灯。或いは、信号無視など。

 

自らも歩行者で、危うく自転車事故に巻き込まれそうになる

今年の夏、自動車を運転。自転車と様々な道で出くわし、ヒヤッとする場面が何度かあった。

その中で私が遭遇した、一つの例を挙げてみたい。

それは私が歩行者の際、危うく自転車と衝突しそうになったこと。

 

具体的に述べれば、近所のスーパーで買い物後、車に戻る際、危うく中高生が運転する自転車と接触すると寸前だった。

時間は、夕暮れの黄昏時。自転車を操る人物は、自転車乗りながらスマホをいじっていた。

更に自転車は無点灯。当然運転手はスマホをいじっていた為、前を見ず下を向いていた。

 

大概スーパーの駐車場は建物から出た際、歩行者専用の通路がある。その通路を利用し、車に戻る。

今夏、私が自転車に接触しかけたのは、店を出て歩行者専用の道に出た直後だった。

 

まさか私は歩行者専用の為、自転車が通過するなど予期もせず、店から通路に出た。

その直後、もの物凄い勢いで自転車が横切った。まさに紙一重だった。

すれ違った直後、自転車は一瞬スピードを緩めたが、後ろを振り向くことなくその場を立ち去った。

勿論、手に持ったスマホに視線を向けたまま、何もなかったかのように。

 

因みに、自転車は右側通行。つまり逆走していたことも付け加えておく。

その状況から判断するに、譬え自転車は私と接触しても、そのまま立ち去った可能性が高い。

譬え接触してそのまま立ち去ったとしても今は監視カメラがある為、後日捕まったかもしれない。

しかし衝突後、打ちどころが悪ければ身体的損傷、或いは心理的損傷があったかもしれない。

それを考えた時、後にこの場面を振り返り、改めてゾッとした。

 

10年以上前は、全く逆のパターン

前章で述べたのは、私が歩行者で自転車と衝突しそうになった時の話をした。

もう10年以上前になるだろうか。一度だが私が運転する車と自転車が接触したことがある。

今回はそのケースを説明したい。

 

何故今回、敢えて自らが係わった事故を話す気になったのか。

それは、その事故は私にとり、甚だ納得がいかないものだった為。

何故、納得がいかない理由を説明したい。

 

それは「事故当時、今年4月に改正された法律があったとすれば、果たしてどちらが悪かったのだろうか」と判断しかねる為。

つまり私は 当時の事故判定に、今でも納得していない ということ。

運転者が感じる矛盾の一つに、事故が起きた際、譬え相手が悪くとも大きほうが悪くなるという傾向がある。

 

悪くなるという言い方には、語弊があるかもしれない。

言うなれば、自動車と自転車が接触事故を起こした場合、譬え自転車に過失があっても、事故の責任は自動車を運転していた側に過失が重くなるということ。

もし大型貨物と乗用車であれば、大型貨物の過失責任が重くなるという可能性が高い。

これは運転免許を取得後の、何か腑に落ちない事故基準の一つ。

軽自動車と大型二輪であっても、軽自動車に過失が大きいとされるケースもある。

 

だいぶ回りくどい言い方になったが、事故当時私は、車を運転していた。

歩道と約6メートル道路に接したコンビニから車で出ようとした際、接触事故が起きた。

一応、軽く状況を説明したい。

 

コンビニの駐車場から出る際、私は左右を確認した。その時は左右の歩道に通行人はいなかった。

運転の癖だが、私は先ず歩道に人がいないか確認。

その後、譬え左右に人がいなくても一旦歩道に車の先端を少し出して停車。

それは相手に車の存在をしらせる為の行為。

 

その後、再度走って来る人や急に飛び出してくる人がいないかを確認。

その後、歩道から車道に出るのが私の運転の癖だった。

 

処が接触が起きたのは車の先端を少し出して、再度確認し車道に出ようとした瞬間だった。

今でこそ冷静に話せるが、事故当初は気が動転。相手と接触後、自転車が横転。

その後相手は腕を打撲。「痛い」と叫び出した為、私は警察に通報。同時に救急車を手配した。

 

救急車で病院にいき、横転した相手に緊急治療を施してもらった。

ケガをした人物は、高校生。学校を終え、帰宅途中の出来事だった。

未成年の為、当然相手の親に連絡がいき、相手の親が病院に到着。

私は相手の親に謝罪。当然かかった治療費も、私が全額負担した。

 

因みに事故治療の場合、保険は適用されず全額負担。

その他、相手にかかった諸々の金銭を私が全額負担した。

更に後日、当然のことだが先方に菓子箱を持参。改めて謝罪に赴いた。

 

此処まで読まれた読者は、至極当然だろうと思われるでしょう。

私も当時は、そう思っていました。先方に対し、悪いことをしたという罪悪感に苛まれました。

その後のケガの経過ですが、ケガをされた高校生は治療の翌日に登校。

2・3日後には、部活(運動部)にも参加できるようになった。

要するに、軽い打撲で済んだということ。

 

重症ではなく軽い打撲で済み、私にちょっとした安堵感が生まれました。

安堵感が生まれた後、次に人間がすること。それは「反省と事故の冷静な分析」です。

冷静になり改めて事故を振り返れば、私にある疑問が湧いた。

ケガをした少年(高校生)は前方の歩道に自動車の先端が見えながら、何故車を横切ろうとしたのか。

 

実は私も中高生は、自転車通学でした。その為、自転車の乗り手の心境は分かります。

もし自分が自転車に乗った場合、 「前方に障害物が見えた時、果たして全力で進むだろうか」 という疑問。

 

この疑問を感じた時、私の心にある考えが浮かんだ。

あくまでも私の場合だが、前方に何か障害物が見えた際、徐行して停まるか、障害物の動向を確認する。

動向というのは、「障害物が停まっているのか、それとも動いているのか」の確認。

もし障害物が動くのであれば、その場で一旦停止する。停まっていれば、素早くその前を通り過ぎる。

 

もうお分かりかと思うが、その時の自転車を運転する高校生の心理状態を推測すれば、

車の先端が歩道に見えても、

「まだ車は動かないだろう。譬え動いても歩道には僅かな隙間があり、自転車で通り抜けるのは可能だろう」

だったと思う。

 

だからこそ自転車が私の車に接触時、自転車はスピードを緩めることなく、猛スピードのままだった。

今にして思えば自転車は、 「今のスピードと自分の運転技術であれば、車を楽々パスできる」 と判断した思われる。

私も嘗て同じ年代だった頃、無鉄砲であり自転車の運転技術を過信していた。

更に生まれてこの方、詳しい道路交通法など詳しく教わったことはなく、ただ赤信号と青信号の区別しか知らなかったと記憶している。

やはり道路交通法というものを意識し始めたのは、運転免許取得後だったと思う。

 

因みにその自転車は歩道を走り、しかも逆走していた。

繰り返すが道路交通法では、自転車はあくまでも「軽車両」扱い。

つまり歩行者は右側通行だが、軽車両である自転車は左側通行。それは当時から変わらない。

今年の自転車の法改正で罰則が厳格化されたが、自転車は左側通行であることは間違いない。

しかし今の法律が事故時にあった場合、果たして過失の度合いはどうだったのかと思わざるを得ない。

 

法の世界では、譬え法を犯してもその法律が制定されていない場合、過去の犯罪に遡及して法を適用してはならないというルールがあり、当然無効。

しかしいま改めて当時を振り返るに、私に一方的な過失があるとされたが、心の中で何か腑に落ちないものが残った。

 

余談だが、その接触事故は「人身事故扱い」にはならなかったが、後日警察から書面で連絡があり、半ば強制的な有料講習会に参加させられた。

別に参加不参加は各自の判断との通知だったが、書面の内容は頗る強制的な文面だった。

それ故、警察の心象をよくする為、しぶしぶ参加した。

 

参加して気づいたことだが、先ず各都道府県にある運転免許センターにいき、自宅に届いた通知書を持参。受付を済ませる。

これもその時は罪悪感で気づかなかったが、有料講習の為受付で講習料を納めたが、不思議なことに領収書が出なかった。

領収書の替わりに本日の講習のカリキュラムと採点表のようなものを渡され、その後「聴講と実地」が行われた。

実地は講師と称する人物が助手席に乗り、受講生の運転を判定。その採点が記入されたものを受け取り終了。

受付で渡されたカリキュラムと採点表を改めて見直したが、受講料として納めた金額は明記されていなかった。

つまり領収書がなかったということ。これも何か不思議な体験だった。

 

最後は結局、免許制

今回は今夏に感じた自転車の運転手による違反行為や、自らの自転車との接触事故による過去の体験談を話したが、最終的にいずれ自転車も、「免許制」になるのではないかと思われる。

そうでなければ、将来的に事故が多発。「自転車を免許制にすべし」という世論が起るだろう。

その結果、法的整備がなされるであろう。

 

私としても決して望ましくはないが、今年の夏休みを見る限り、そうせざるを得ない処に来ていると感じた。

初めに戻るが、学生が夏休み中、交通違反を犯し暴走。いつ事故が発生しても可笑しくない状況を見れば明らか。

私の時代とは比較しようもないが、現在ひとが自転車に乗る際、乗り手は道路交通法を理解しているのかという素朴な疑問。

私は一体、「どこで自転車に関する道路交通法を学ぶ機会があるのか」とさえ思う。

手軽に乗れるが、決して法律を理解しているとは思えない。

 

それを考えた時、全く理解せず自転車に乗っているものと推測する。

繰り返すが、私の時代がそうだった。

今にして思えば、たまたま事故もなく過ごせたと思う。全く運が良かったということ。

 

免許制になれば、必ずお上(政府)が関与。やがて利権が生まれる。管轄的にも、警察となるだろう。

本来であればお上が関与する前に、「自主規制や自浄作用」がされれば良いが、歴史を振り返れば大概されることはない。

自主規制や自浄作用がされなければ、結局最後は、お上が取り締まるしか方法がない。

古今東西、そうなった時、その業界全体として決して良い方向に進まない。

発展が止まり、縮小する可能性がある。不思議なことに、お上が関与した後、必ずこの道を辿る。

しかし将来、事故の不安を少しでもなくする為には仕方がない。あまり良くはないが、これが最終手段と言える。

 

繰り返すが、本来であれば利用する側が自主規制・自浄作用が出来ればよいが、ことは必ず悪い方向に進む。

そうならない為にも、自転車を運転する側の注意喚起を願いたいものだ。

 

(文中敬称略)

最後に、一応自転車に関する警察庁のHPのリンクを貼っておきます。

https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/portal/rule.html

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