疑心暗鬼で、没落を招いた男 松本清張『共犯者』

松本清張シリーズ 短編小説

 

・題名 『共犯者』

・新潮社 新潮文庫 【共犯者】 

・昭和55年 5月発行

 

登場人物

 

◆内掘彦介

福岡市内で5年前、家具屋を開業。成功を収める。

開業前の15年間は、食器具の販売員として全国を回っていた。

 

ある宿で、町田武治と同宿。互いの生活に飽き飽きし、意気投合。

今の生活から抜け出す為、銀行強盗を犯した過去がある。

 

商売をの元手は、銀行を襲撃。町田と二人で山分けした金。

商売が成功した為内堀は、嘗ての共犯者町田の動向が気になり始める。

 

◆町田武治

内掘と同じ全国を回る販売員。或る宿で内堀彦介と同宿。

互いの惨めで貧乏暮らしに愛想を尽かし、大金を得る為、銀行強盗を計画。実行する。

 

銀行を襲った後、内堀と金を山分け。

今後何があっても一切関係ないと約束。互いに分かれる。

内堀と別れた後、故郷に帰り、漆器商を営む。

 

◆竹岡良一

内堀彦介の偽業界新聞社「商工特報」に雇われた、宇都宮在住の通信員。

内堀から町田武治の動向を探るよう命令される。

 

作品概要

 

内堀彦介は食器具販売会社の外交員として働いていた。

全国のデパート、食器問屋などを渡り、商品の販売・代金の回収をおこなっていた。

足掛け15年勤めているが暮らしは一向に楽にならず、いい加減うんざりしていた。

 

自分の生活に嫌気がさしていた時、同じ販売員をして全国を渡り歩いている、町田武治に出会う。

二人は、似た者同士の境遇で意気投合。

互いに現在の生活から抜け出す為、銀行を襲い大金をせしめる事を計画。

二人は実行した。

 

犯行後、二人は今後一切連絡しない、係らない事を約束。金を山分けして別れた。

内堀は銀行を襲撃した金を元手に故郷の福岡市に帰り、家具を扱う商売を始めた。

 

商売を始めて5年、内堀は世間で認められる程の成功を収め、地位と名声を手にした。

人間成功すれば、今度は失う事を恐れた。

内堀は嘗て共犯者だった、町田の消息が気懸りとなった。

 

内堀の微かな記憶で、町田は宇都宮出身である事を思い出した。

内堀が調べた結果、やはり町田も自分と同様、故郷に戻り奪った金で商売を始めていた。

 

内堀は町田の動向が、気が気でない。

内堀は架空の偽業界新聞社を作り、宇都宮の現地通信員を雇った。

目的は、町田の動向を監視させる為。

 

現地通信員は竹岡良一といった。

竹岡は詳細な調査を行い、内堀の許に町田の動向を知らせてきた。

 

動向を報告した半年後、町田に変化が起きた。

竹岡から「町田の生活と会社の状況が、芳しくない」との報告が寄せられた。

内堀の杞憂は現実なものとなった。

 

更に次の調査報告では、「町田は宇都宮での商売は廃業寸前」との報告。

次にはとうとう宇都宮で商売を閉じ、千葉に移り住むとの報告。

徐々に町田の没落ぶりが報告から見て取れた。

 

そして遂に廃業。一家離散。

町田は西へ西へと、落ち延びていくとの報が竹岡から届く。

 

斯うなると、内堀は心中穏やかではない。

徐々に町田が、自分の所在に近付いているのが手にとる様に分った。

 

内堀は破滅した町田は、既に失うものは何もない。

最後の伝手で、一緒に事件を起こした嘗ての共犯者の許に行き、「強請・集り」を目論むであろうと推測した。

報告によれば、町田は自分のいる福岡に近付くにつれ、徐々に町田の身も落魄れているのが分かった。

 

内堀は遂に、尋常ではいられなくなった。内堀は悩んだ挙句、決心した。

今の自分の地位・名誉・財産を守る為には、町田をやるしかないと。

 

幸い町田は目と鼻の先の小倉で病気になり、寝込んでいるとの事。

生活は山の中で一人、乞食同然の生活をしている様子。

内堀は町田の許に出かけた。出かけた理由は勿論、自分の過去を知っている町田を消する為。

 

内堀は町田の住家を訪ねた。住家の小屋の中では、町田らしき人間が蹲っていた。

内堀が町田に声を掛け、町田に襲い掛かった瞬間、町田らしき人間が跳び起きた。

 

跳び起きた人間は、町田を装った「竹岡」だった。

何故竹岡が町田を装い、内堀を待ち受けていたのか。

 

竹岡は初めは内堀の指示通り、業界紙の通信員として何の疑いもなく働いていた。

しかし次第に疑念が湧き、内堀の調査目的が町田の調査のみであると気付いた。

 

調査が町田の監視である事に気付き、竹岡は内堀に偽の報告をしていた。

似せの報告をする事で、内堀から指令が町田のみが狙いとの確証を得た。

竹岡は網を張り、逆に内堀を待ち伏せていた。

 

竹岡は内掘に詳細を告げた後、何か合図をして人を呼んだ。

合図で近寄ってきた人間は、警察だった。

 

要点

 

過去に悪事を働き得た金を元手に商売を始め、成功を収めた内堀彦介。

内堀は自他供に認める程の地位・名声・財産を手に入れた。

 

人間成功を収めれば、今度はそれを失う不安・恐怖に怯える。

不安・恐怖に怯える理由は、彼の現在の生活を築き上げた元手の出処は悪事を働いた故の金。

悪事を働いた際、共犯がいた。

 

内堀は自分が成功者となった為、過去の犯罪を知る共犯者「町田武治」の存在が気になり始めた。

もし町田が没落していれば、必ず自分の許にやってきて金の無心をするだろうと予測した。

 

内堀は町田を監視する為、小細工をした。下手な小細工をした事が、反って身の破滅を齎す結果となった。

小細工が基で、過去の自分の犯罪と共犯者の存在を知らしめる形。

或る意味、成功したが故に起こる人間の率直な感情かもしれない。

 

過去に過ちを犯し、其の後ひっそり暮らしていた。

しかし、或る時に人生の転機が訪れ、成功者の階段を昇り始めた。

 

今後の輝かしい人生を想像すれば、ふと過去に犯した過ちが頭をもたげてくる。

すると人間は過ちの痕跡を消そうと躍起になり、下手な小細工をする。

しかしその小細工が反って不自然さを醸しだし、自分の過去の犯罪がバレてしまう事が多い。

 

此れは、同じ清張の作品『顔』も同じ。

顔も自分の犯罪の目撃者を始末しようと画策。

小細工が反って忘れかけていた過去の記憶を蘇らせてしまい、墓穴を掘ってしまう話。

 

『顔』と同様、今回も過去の犯罪の揉み消しを計り、馬脚を露わした内容。

何か、人間の宿痾を見せつけられたような気がする。

言うなれば、過去の過ちを覆い隠そうとするが故、再び犯罪に手を染めてしまうという人間の悲しい性。

 

清張作品を見る度、いつも人間の心の弱さを見せられたような気になる。

それは人間誰しもが持っている部分で、醜く脆い人間の心の中の一部ではないだろうか。

 

(文中敬称略)