男の偽証が、一人の男の命運を分ける話 『証言』

★松本清張短編シリーズ

・題名               『証言』

・新潮社      新潮文庫  

・昭和46年    10月発行  「黒い画集」内

・昭和33年    12月21日号 ~ 12月28日号「週刊朝日」

 

登場人物

◆石野貞一郎

48歳の会社勤めの人間。役職は、課長。

一ヵ月前に退社した元部下、梅谷千恵子を愛人として囲う。愛人の存在を世間に知られない為、用心を重ねていた。

 

或る時、偶然路上にて近所の杉山孝三に出会う。

この偶然の出会いが、後の二人の運命を大きく変えてしまう。

 

◆杉山孝三

石野貞一郎の近所に住む人間。保険の外交員をしている。

たまたま石野の愛人宅の近くで石野とすれ違い、ラ軽く挨拶を交わす。

その事が互いの運命を、大きく変えてしまう。

 

◆梅谷千恵子

石野邸一郎が勤めている会社の元OL。一ヵ月前、石野に囲われる事を条件に、退社する。

その後石野との関係を世間に知られない為、用心を重ねる。

ある時、石野を見送りに出た際、石野の近所に住む杉山孝三に出くわす。

 

あらすじ

石野貞一郎は、48歳の会社勤めのサラリーマン。

役職は課長。既に48歳であるが、まだ会社の出世を諦めた訳ではない。

 

石野は愛人を囲った。

囲った愛人は、一ヵ月前まで同じ会社に勤めていた元部下で22歳の梅谷千恵子だった。

 

石野は会社と家庭に愛人千恵子の存在が発覚するのを恐れた。

当然、自宅の大森と会社がある丸の内の線上に、千恵子を囲う事は出来ない。

全く方向違いの西大久保に一軒家を見つけ、千恵子を住まわせた。

 

家庭では石野と妻との関係は、既に冷え切っていた。

家庭内でも、石野の居場所は無きに等しかった。

その為、石野は若い千恵子に安らぎを覚えたのかもしれない。

 

石野は千恵子に夢中になった。

しかし千恵子との関係が明るみになれば、会社・家庭の身の破滅を招くおそれがある為、石野は用心を重ねた。

 

用心を重ねた二人だったが、或る時、石野は一つの過ちを犯した。

千恵子は石野が帰宅する際、必ず見送る事にしていた。

見送るといっても、双方だいぶ離れ、一見すれば二人が連れとは気付かない様相だった。

 

12月14日の夜、石野は愛人宅からの帰宅途中、近所に住む「杉山孝三」に出くわした。

出くわしたというよりも、石野は気付かなかった。

相手がすれ違い様に会釈をした為、咄嗟に石野も相手に対し頭を下げてしまった。

 

もし相手が会釈しなければ、おそらく石野は気づかなかった。

相手が頭を下げた為、石野は街灯で相手の顔を一瞥。

それが近所に住む、杉山孝三と分かった程度だった。

 

石野は咄嗟に頭を下げた事を後悔した。

それは、相手が自分の知り合いである事を認めた結果となる。

石野はこんな処に出くわした、杉山を忌々しく思った。

 

杉山とすれ違った後、千恵子が石野に尋ねた。知り合いの人かと。

石野は千恵子に、近所の人間だが「それほど付き合いは深くない」と述べた。

石野は千恵子に対し、杉山に二人の関係を悟られていないかどうか尋ねた。

千恵子は、杉山は気がつかなかったのではないかと述べた。

 

しかし石野の頭には自宅と会社間で全く関係のない西大久保で、杉山に邂逅した事を悔やんだ。

石野に、一抹の不安が過った。

 

2週間後、警視庁の刑事が石野の許を訪ねた。

話によれば、2週間ほど前、向島で起きた若妻殺しの容疑者に、杉山孝三が浮上しているとの事。

 

取調べ中の杉山は、殺人を否定。

アリバイとしてその時間には、西大久保にいたと主張。

アリバイ証言として西大久保の路上にて、近所の「石野貞一郎」と邂逅したと主張した。

つまりあの時、杉山とすれ違ったと証言すれば、杉山の殺人の嫌疑は晴れる。

 

石野は瞬時に、身の破滅を想像した。

もしその時刻に杉山に会ったと証言すれば、杉山は助かるかもしれない。

しかし自らは社会・家庭において破滅を招いてしまう恐れがある。

石野は自己保身に走り、警察に対し嘘の証言をした。そんな事実はないと。

 

石野は嘘の証言後、警察、検察、東京地裁・高裁に何度も呼ばれ、証言させられた。

その度石野は、嘘を突き通した。

地裁・高裁判決では、杉山は「死刑判決」が下っていた。

 

裁判で杉山が不利なのは、石野の証言もさる事ながら、強盗の際盗まれたカメラを質に入れた時の杉山にアリバイがない事だった。

質屋の人間が杉山に似ていると断言した事が、杉山に不利に働いた。

 

質入れの際、記入した文字の筆跡鑑定の結果、筆跡が杉山に似ていると云う杜撰な証言が、更に杉山を不利な状況に落とし込めていた。

 

作品中で筆者は、この様な状態を、 「不条理な陥穽」 と表記している。当に不条理な陥穽。

 

石野は自分が恰も被害者のように、自分も不条理な陥穽に落ち込んだと、勝手に都合よく理解した。

自分は愛人宅の帰り、不運にも杉山に出会ってしまった。

その為、自分が今、 嘘の罪悪感で苦しんでいる と。石野に云わせれば、世の中は全く「不合理な虚線の交差」と思われた。

 

やがて3年の月日が経ち、石野自身、嘘の証言の罪悪感が薄れ、偽証は過去のモノとなりつつあった。

しかし石野の身の破滅は突然やってきた。

それは石野が世間に関係を知られるのを恐れ、存在を隠し続けた存在「千恵子」からだった。

 

千恵子は石野の他に、若い愛人がいた。

千恵子は若い愛人に殺人事件の時刻、偶然西大久保の路上にて石野が、杉山に会っていた事実を話した。

 

千恵子の若い愛人は、その話を友人に話した。

話は徐々に広まり、杉山被告の弁護士の耳に届いた。

 

石野は即座に、偽証罪で告訴された。

石野は告訴された事で千恵子の存在が明るみとなり、石野は社会・家庭において身の破滅を招いた。

自業自得と言えば、それまでであろうか。

 

要点

簡潔に述べれば、石野は嘘の証言をした為、自らの嘘で身の破滅を招いたと言える。

身の破滅を招く発端となったのは、あれだけ石野が世間に秘匿していた千恵子が石野の意思に反し、千恵子本人が暴露してしまった為。

 

事件の経過から言えば、事件当時千恵子は、22歳。事件から3年経てば、25歳。

石野は事件当時、48歳。3年後は、51歳。いかに歳の差が離れているかが分かる。

千恵子は石野に飽き足らず、若い愛人を持つ。此れも当然の成り行きと思われる。

千恵子も初めは、そうでなかったかもしれないが、人間徐々に環境に慣れれば、不思議と図々しくなる。

 

石野が結婚した、現在の妻も同じ。

石野には、女の心の変化が計算できなかったのかもしれない。

それが蹉跌となり、石野の破滅を導いた。

石野は千恵子に愛人がいる事を知らなかった。

 

自分の嘘の報いが、千恵子の嘘により、自分に降りかかってきたと言えるのかもしれない。

因果応報とはまさに、此の事だろうか。

 

(文中敬称略)