死亡推定時刻の偽装 松本清張『留守宅の事件』
★松本清張 短編小説シリーズ
・題名 『留守宅の事件』
・文藝春秋 文春文庫
・発行 昭和51年 4月
・昭和46年 5月 【小説現代】掲載
目次
登場人物
◆栗山敏夫
34歳で車のセールスマン。東北に出発後、自宅に戻るが妻宗子は不在。
一日おいて妻の不在を怪しみ、自宅を探索。妻の死体を自宅の物置で発見する。
◆栗山宗子
栗山敏夫の妻、29歳。7年間、夫敏夫とは恋愛の末、結婚。
夫が出張中、度々家を空ける事があった。
今回も同じかと思われたが、夫が帰宅した一日後、自宅の物置にて死体で発見される。
◆高瀬昌子
殺害された栗山宗子の、5歳下の妹。年齢24歳で独身。高校の教師をしている。
事件解決の糸口は、妹が欲した姉のあるものが切っ掛けだった。
◆石子捜査主任(警部補)
事件発生後、栗山敏夫を尋問した刑事。
◆萩野光治
栗山敏夫の大学の一年下の後輩。福島で証券会社に勤める。
敏夫の妻宗子を密に慕う。後日、宗子殺害容疑で逮捕される。
あらすじ
西新井所轄の大師前交番に、「妻が自宅で殺害されている」と通報する男が訪れた。
男の名は「栗山敏夫」と言った。
男は妻の殺害された姿をみた後にも関わらず、妙に落ち着いていた。
男は車のセールスをしていた。セールスで東北に出張後、自宅に戻った際、妻が外の物置で殺害されていたと事情聴取で述べた。
事件の調査が進むに従い、敏夫の大学時代の後輩である「萩野光治」が、殺人容疑で逮捕された。
萩野は以前から宗子に好意を抱き、敏夫が主張中であるのを知り、上京。
栗山宅に無断で侵入。行為に及ぼうとしたが、騒がれ首を絞め殺害した嫌疑をかけられた。
萩野は栗山宅の不法侵入は認めたものの、殺人は頑強に否定した。
萩野が殺人犯でないとすれば、犯人は一体誰なのか?
捜査現場の刑事達の疑惑は、夫の敏夫に向けられた。
捜査陣が夫の栗山敏夫を調べた結果、意外な事実が判明する。
見所
しばし刑事ドラマ、推理小説等で問題になる死亡推定時刻に焦点を当てた作品。
犯人は如何に死亡推定時刻を狂わせ、その間に自らのアリバイを作るのがパターン。
アリバイとは、 「不在証明」 の事。
今回の鍵は、寒冷地に死体をおき、死亡推定時刻を遅らせる算段。
逆に温暖地に死体をおけば、死体の腐乱が早くなり、死亡推定時刻が早まる可能性があるという事。
しばし使われる方法で寒冷地でなくても、意図に作り出す事は可能。
エアコン、ストーブ、暖炉、冷凍庫等の器具を使えば、多少の死亡推定時刻をズラすことができる。
最も作品が発表されたのは、昭和46年(1971)の頃。
当時では、色々な工作が可能だったかもしれない。
しかし現代では医学の進歩(監察医)で、昔ほど有効でない。
医学にはあまり知識が乏しい為、詳細は分からないが。
事件を解いた鍵は、宗子の初七日の法要で宗子の遺品分けの時。
宗子の妹「高瀬昌子」が、昨年姉が新調したツーピースに服を敏夫にねだった事。
女の執念・嫉妬でも云うのであろうか。
妹昌子は、姉が新調した服を一目見て気にいり、自分もいつか手に入れたいと思っていた。
更には、敏夫の私生活が派手だった事。
約1年前、妻宗子に、多額の生命保険が掛けられていた。
その為、捜査陣の疑惑が、夫の敏夫に向けられた。
もう一つ挙げるなら、敏夫が妻の死体を発見して派出所に通報した際、敏夫の態度がやけに落ち着いていた事。
普通自宅で妻の死体を発見すれば、気が動転。慌てふためくのが当然。
しかし敏夫は、やけに落ち着いていた。まるで妻の死を予期していたような態度に思われた。
結婚して7年。妻に対する愛情も、若干失せていたのであろう。
皮肉にも、宗子に言い寄ろうとしていた萩野は、宗子の何処か冷たい感じがする態度を好いていた。
萩野の妻は、たいそう世話焼きな女房だった。
一方、敏夫は宗子の冷たい態度があまり気に入らず、寧ろ世話を焼かれる方を好んでいたと証言している。
萩野と敏夫はお互いに、結婚相手を間違えたと言う事。
しかし結婚した立場の人間にすれば、何か身につまされる話ではないかと思われる。
追記
作品は当時流行りつつあった、車(マイカー)を利用している処が時代を反映している。
犯人の夫も、車のセールスマンだった。
最後に敏夫は、妻宗子を仙台に呼び出し、会社の金を遣い込んだと述べているが、実際はどうだったのだろうか。
ただ単に宗子を殺害し、保険金目当ての殺人だったのかは不明。
尚、妻を殺害する際、心中を仄めかしているが、宗子は敏夫に殺害される際、抵抗したのだろうか。
それとも敏夫の言に従い、心中を受け入れたのかは最後まで謎。
あくまで清張は、わざと読者に一考させる形式で作品を終えたのかもしれない。
(文中敬称略)