地方私立大学の定員割れ報道について

時は春を迎えようとしている。3月と言えば、「別れ」のシーズンではなかろうか。
この時期は、4月の新生活がスタートする準備段階と云える。
そんな中、ネットで気になる記事を見かけた。今回はその記事を話題にしたい。
目次
地方私立大学の定員割れ
タイトルの報道を見た際、私の感想は率直に、「そうでしょう」、と云うのが本音だった。
何故なら、昨今の出生率の低下、少子高齢化の加速、地方人口の減少を鑑みば、そうならざるを得ない。
此れは、以前からブログで述べていた通りの現象。年金問題、高校無償化問題のブログでも取り上げた。
何を今更といった感じがする。
度々、述べているが、私は団塊二世で就職氷河期を経験した世代。
世代間が最も多かった時代(世代間約200万人)に生れた。
当然、高校受験、大学受験、そして就職と苦労した世代。人生の分岐点で、最も貧乏くじを引いた世代。
処が時代は移り、今は全く逆の傾向。少子化が進み、高校は定員割れ。
来年からの無償化の影響の為、一部の高校で更に定員割れが加速した。
就職も近年の報道では学生は売り手市場で、初任給のアップの企業も増加した。
当然の如く、高校生がそのまま大学に進学する為、高校入学時の状況が、そのまま大学受験となる。
結果、大学間で格差が生まれるのは当たり前。大学進学も今では、同世代の約半分が進学する。
私の時代は、4人に1人、つまり約25%だった。
此れはブログで過去、何度も述べた。改めて繰り返すまでもない。
高校無償化となれば次に出てくる論議は、当然の如く、大学の無償化。
高校無償化は、大学無償化の伏線とも云える。
高校無償化すら疑問、果たして大学無償化は必要か
以前ブログで、私は高校無償化には反対と述べた。
しかし今年の予算通過の3月4日前、政権与党が野党維新の高校無償化案を呑み合意。
予算が通過した。因って高校受験の直前で決まった為、今年の高校受験の志願者に大きな影響を与えた。
それに関しては以前ブログに述べた為、詳細は省く。
結局、無償化は高校の救済。此れに尽きると思う。地方の青色吐息の私立高校も、此れで安泰。
何故なら地方では、人口減少で国公立に行けば事足りる為。態々、授業料の高い私立に行く必要がない。
高校無償化は、地方私立にとり、大きな収入源。大学無償化は、高校無償化と全く同じ構造。
3年後の高校入試が、そのまま大学入試となる。結果、今度は大学関係者の救済にしかならない。
此れでは高校も大学も、ほぼフリーで行ける為、学生は必死に勉強する必要ない。
その結果、何が起きるか。そう学力の低下。
競争相手がいなくなれば、学力の低下が起きるのは自明の理。
その逆が、私の就職氷河期世代だった。つまり試験は、落とす事が前提で行われた。
同世代の約25%の人間しか、進学できなかった時代。或る意味、当然だった。
何時も述べるが、資本主義の下では、「ヒト・モノ・カネ」は需給で決まる。
大学受験も同じ。進学者が多ければ、狭き門となり、少なければ広き門となる。
今は少子化の時代。大学が淘汰されても仕方がない。
参考までに、首都圏で有名な私立大学ですら人材を確保する為、約4割近くが、AO入試。
残りの3割は、その大学の付属高校からの進学。残りの3割が一般入試との事。
一方、私の時代は頼まなくても人が来た為、推薦入学約1割、付属上がりが2割、一般入試が7割だった。
此れを見ても明らか。私の時代は、ほぼ一般入試の為、一浪、二浪が当たり前だった。
入学当時、約7割が一浪以上、現役が約3割。本当に酷い時代だった。
このデータを見ても明らかで、地方の私立大学が定員割れするのも無理はない。
過疎化が進む、地方私立大学の存在意義
甚だ厳しい意見を述べるが、大都市以外の地方私立大学で、有名な大学が果たして何校あるだろうか。
冷たい言い方をするが、殆ど数える程しかないと思う。
何故なら過疎化が進む地方では、旧国立大学があれば事足りる為。
過疎化が進む地方で、有名私立大学を挙げろと云われ、思い浮かぶ大学がない。
医学部を目指すのであれば、旧国立大学の医学部に進学すれば済む。
法律を目指すのであれば、同じく法学部を目指せばよい。何も問題はない。
実は現在、過疎化の進む地方の旧国立大学ですら、定員割れとなる学部が存在する。
やはり原因は、少子化。地域こそ挙げないが、現在の大学はそのような状態。
全く私の時代に比べれば、羨ましい限り。本当に時代により、当たり外れがあると実感する。
因って地方私立大学の受験難易度を考えた際、やはり多少はレベルが落ちると言わざるを得ない。
参考までに、私が在住する県の私立大学の状況を説明したい。
私が知る限り、5校になるだろうか。他に看護大、短大も存在するが、今回は省略します。
5校何れの偏差値を調べた処、首都圏にある「日東駒専」に及びませんでした。
確かに、偏差値が全てとは言いませんが。
以前も述べましたが、私は進学の為、上京。東京に詳しい為、敢えて東京の大学と比較しました。
関西、九州地区はあまり詳しくない為、その地域は分かりません。
分かり易いように具体的な名前を挙げ、説明しました。
何度も繰り返しますが、私の時代は進学率が約25%。現在は約50%。
此れを考えた時、私の時代に比べ地方私立大学に進学する学生の学力は、単純には比較できないがおそらく劣ると思います。
色々否定、批判される方もいるかもしれませんが、ほぼ事実だと思います。
理由は、前述した通り。やはり人数が少なくなれば、多い時代と比べ、難易度が落ちる為。
だいぶ回りくど言い方をしたが、もし地方私立大学が存続するのであれば、少子化が叫ばれた時点で企業努力で、魅力のある大学に変化すべきだった。
応募者が多く、黙っても学生が集まった時代と異なり、他の私立大学との差別化を図る戦略が必要だった。
少子化の波が訪れた現在、今更足掻いても遅いと云う事。
結局、大学存続の為、国からの補助金を目当てにしているとしか思えない。
そう思われても、仕方がない。今迄、何も手を打ってこなかった責任。
更に次の章では、大学無償化による、弊害を述べたい。
大都市でも見られる、有名大学の不祥事
高校無償化の時にも述べたが、高校と同じで私立大学は、甚だ民間企業に近い組織と云える。
つま利益優先主義。黒字でなければ、運営が成り立たない。
此れは高校と同じ。旧国立大学は赤字でも運営可能だが、私立大学の場合、赤字では不可能。
一応、旧国立大学は今では独立行政法人という扱い。しかし旧国立大学も国からの補助が徐々に減り、苦しい状況。
前述した過疎化が進む地方の旧国立大学では、学部の定員割れが続いている。
旧国立大学ですら赤字の状態で、地方私立大学まで救う余裕など、今の日本にはない。
理由はやはり、私立大学は民間企業に近い為。
具体的な例を挙げ、問題点を述べたい。
前述したように私は学生時代、東京にいた。
その為、東京にある有名私立大学で起きた不祥事を述べたい。
不祥事と云われるが、簡単に言えば 大学の私物化 。問題は高校無償化の際、述べた内容と全く同じ。
大学で強大な権力を持った人物が、自分の意のままに人や金を操り、私物化を図った事。
大学名を挙げれば支障がある為、少しボカシて述べるが。
一つは、アメフトで有名な大学。もう一つは女子ばかりで有名な医大。
何れも取引などで自分の一存で決めていたり、人事を壟断していた。
他の大学でも、寄付金の運営に失敗して、赤字を出した、土地の売買で失敗等、枚挙に暇がない。
何れも名前を挙げれば、必ず一度や二度、聞いた事のある大学。
そのような有名な大学でも、運営で杜撰な面がある。
他の全国の大学でも、知らべれば何かお金の問題で不透明な点が出てくる。
こんな状態で、大学無償化を行った場合、一体どうなるか。
結果、益々金銭面で杜撰な状況になると予測する。
ただでさえ私立大学の内部は、闇な部分がある。私は絶対に大学無償化には反対する。
闇と述べたが、外部では計り知れない医大など、巨大な金が動き、一番金の流れが曖昧な世界。
医大も無償化した際、莫大な利権となる恐れがある。止めた方が良いと思う。
もし無償化されれば、私立大学は挙って医学部を設置するに違いない。
その医学部設置も、文部科学書の許認可が必要。益々、利権の匂いが漂う。
結局は、増税
高校無償化の際に述べたが、問題はその財源を一体どこから捻出するか。
結局は税金で賄うしかない。財源がなければ、当然増税となる。
何度も述べているが、国民の税負担は既に年収の約50%近く。既に国民生活は困窮している。
幕末ですら、「五公五民」だった。それを超えれば、大概どの時代も民衆は暴動を起こす。
最近の財務省デモは、それと同じだろう。国民にこれ以上、税を負担する力はない。
それに反して物価は高騰。米価は顕著。更に政府は海外留学生に対し、年間約300万円支給している。
その他諸々の政策を見れば、政府は国民から搾り取り、他国にばら蒔いているとしか思えない。
当に本末転倒。来年、通称「独身税」を課し、減税どころか、更に「走行税」、「通勤税」も検討している。
結局、何でもかんでも理由をつけ、国民から税金を課そうとしている。もうそろそろ、国民も怒った方が良い。
政府の増税政策を一番敏感に感じとるのは、やはり私の団塊二世の就職氷河世代。
此の世代が、一番苦労した。従って、全く政府を信用していない。
如何に政府の圧政から防衛する事しか考えていない。自分自身で物事を判断し、生きる術を探すしかない。
大学無償化など、もっての外。もし無償化するのあれば、一番多かった私達の世代にすべきだった。
その時は日本にまだ余裕があった。譬え優秀だったが、経済的理由で進学を断念した者もいた。
その時に、無償奨学金制度を導入すべきだった。
更に進学率約25%の狭き門だった為、受験に失敗して進学を断念した者もいた。
もう既に遅すぎたと思う。少子化の時に無償化するのは、愚策の何ものでもない。
くり返すが、一番多くて、日本にまだ余裕がある時にすべきだった。
今日の少子化の原因は、団塊二世が盤石な経済的基盤を持ち、結婚。家庭を持ち、子供を2人もてば解消されていた。
此れも過去、何度もブログで述べている。この世代が、あらゆる社会組織の中で、すっぽり抜けている。
私の世代が抜けている為、今迄の社会構造が機能しなくなった。それが今日の日本が抱える問題に全てに直結する。
人間は長い歴史から見れば、ゴミのような存在。芥とも云える。
私が云うのも何だが、人間は所詮、次世代への歴史の継承者に過ぎない。
若い頃は、そんな事など考えもしない。
だが年を重ねるにつれ、自分の人生を振り返り、人生の意義を考えるようになる。
譬え生物学的に証を残さなくても、他の手段で自分の生きた証を残そうとする。
それが私がいう、「人の歴史の継承」という事。
そう考えた時、過疎化が進む地方私立大学の無償化をするよりも、もっと有効な税金の遣い方がある筈。
残念だが、魅力のない地方私立大学は、時代に淘汰されても仕方がない。
人口が少ないのであれば、一時的に資源(人や金)を集約。状況が底をついた後、状況は好転する。
右肩下がりの時は、何をやっても上手くいかない。
一度下がり、これ以上、下がらなくなった時、力を注ぐべきだと思う。大きくなる時は、一度縮む事も必要。
今回の報道を見て、その様に感じた。
(文中敬称略)
追記
ブログを挙げた後、調べてみれば、既に令和2年4月から一部で無償化がスタートしていた事を知りませんでした。
大学を卒業したのが遥か昔の事、更に進学する子供もいませんでしたので、全く知識外でした。
文部科学省のHPによれば、令和2年4月より「高等教育の修学支援制度」という名でスタートしていました。
内容を見た処、経済的に困窮している家庭の子が対象のようだが。
今年の令和7年4月、一部改正があり、お子さんが3人以上いる家庭も対象となるとの事。
徐々に対象の幅が増えているのが分かる。こういう制度は対象が徐々に増えていくのが特徴。
全ての人が対象となるのが、目に見えて分かる。きっと将来的にそうなるだろう。
結局、20年後、私のような団塊二世で就職氷河期を経験した世代の全てが年金受給者となる。
毎回述べているが、財源確保は難しいと思われる。するとどうなるか、当然廃止か減額。
その代わりに、次世代の為に投資するとの大義名分をかざし、全大学無償化に踏み切る可能性が高い。
私は断固、反対する。理由は上記で述べた通り。
政府には今後、何も望まない。ただ此れからの残り少ない人生、静かに全うさせてくれと願うばかり。
今後の政府を動きを、気を付けて見守らなければならない。
(令和7年3月29日付)